アビス・プレデター 〜深淵に凄む終末の獣、無自覚な異世界転生者につき〜   作:春風駘蕩

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12.Orphans

「リサとロイは収穫物を仕舞ってこい。アイサは火の準備、シシリーは食材の準備をしてくれ。ティナは此奴に薬を塗ってやれ……ルラはその手伝いだ」

 

 今にも崩れそうな建物の中、外套を脱いだ少年少女達が、仲間の中で最も年上の少女の指示に従い、わらわらとあちこちに散らばっていく。

 その盗人の一人、ライアンと呼ばれた少女は気だるげに首を鳴らし、穴だらけになった椅子に勢いよく腰かけ脱力する。背中から飛び込むように座ったせいで、彼女の胸元の膨らみが凄まじい揺れを見せた。

 

 しばらく放心していた彼女は、やがて不意に感じた視線の訝しげに顔を歪め、自分を凝視する半森人の少女に胡乱気な視線を返した。

 

「……何だ、俺の顔に何かついているか?」

 

 ぎろり、と苛立たし気にエイダを睨み、鼻を鳴らすライアン。

 眉間にしわを寄せて犬歯を剥き出しにしているが、生憎そこまでの恐怖感はない。精々小型の犬猫が威嚇しているような、多少の迫力があるだけである。

 

 しかしそれでも、放心していたエイダははっと我に返り、先程と同じ敵意を見せ始める彼女にぶんぶんと首を横に振ってみせた。

 

「あ、いえ……お、女の子だったんですね」

「……何だ、俺が女だったら何か不都合でもあるのか、くそが」

「い、いえ! そんな事は!」

「……ふん」

 

 申し訳なさそうに肩を竦めるエイダに、ライアンは舌打ちをこぼしながら目を逸らす。勘違いされた事が相当不満なのか、眉間のしわがなかなか消えずに残っている。

 機嫌を損ねてしまったと、自分の不用意な発言に後悔するエイダはぽりぽりと頬を掻いて目を逸らす。

 

 見れば見るほど、着飾ればさぞ人目を惹くであろう少女なのに、身に纏う襤褸と汚れた顔の所為でその美しさが霞んでしまっている。身長はともかく、エイダよりも遥かに女らしい体付きをしているのに、台なしになっている気がする。

 荒々しい口調といい態度といい、その上分厚い外套で全身を隠されていては仕方がないと思うのだが、それでも間違えた事で気まずさを覚えてしまう。

 

「…あの、ライアン、ちゃん?」

「気安く俺の名を呼ぶな」

「ご、ごめんなさい……えっと、あ、あの子達は貴方の姉妹なんですか? 慕われてるみたいに見えましたけど…」

 

 目に見えそうなほどに分厚い壁を作っている盗人の少女に、余所者である半森人の少女は躊躇いがちに尋ねる。

 もっと他に聞く事があるだろうと自分でも思ったが、無遠慮に聞いていいものかと悩み、なるべく当たり障りのなさそうな話題を選んだつもりだったのだが、エイダは言ってから激しく後悔を抱いた。

 

「違う、血の繋がりなんてない―――でも、全員俺の家族だ」

 

 吐き捨てるように返答するライアンの声には、エイダに教えるというよりも、まるで自分に言い聞かせるような響きがあった。

 自分の意思ではなく、勝手に与えられた考えを無理矢理自分に押し付けているような、どこかぎこちない印象を受け、エイダは訝しみつつそれ以上の追及はやめた。踏み込んではいけない領域のように感じたのだ。

 

 知りたい事を何も知れず、どうしたものかと戸惑うエイダのすぐ傍から、不意に聞きなれた声が響いた。

 

「オ前、サッキ親ニ捨テラレタトカ言ッテイタガ……ドウイウ事ダ?」

 

 重苦しい雰囲気が漂い始めた時、それまで黙ってエイダの傍に佇んでいたアサルティが、二人の様子などまるで気にせず恐ろしく聞き辛い質問をぶつける。

 エイダは思わず血の気を引かせてアサルティに振り向き、ライアンはぎろりと鋭い目で一人と一体を睨みつける。だが、すぐに諦めたように大きなため息をつき、面倒臭そうに口を開いた。

 

「……言葉の通りだよ。あいつらは勝手に俺達を産んで勝手に捨てた。利用価値がなくなったのかとか、何にむかついたのか、理由も何も言わないで俺達を追い出した……殺されなかっただけましだけどな」

「何カシタノカ?」

「あ、アサルティさん、ちょっとそこまでに……」

 

 険しい顔で語るライアンに、全く遠慮なく問い続けるアサルティに、エイダが恐る恐る止めようとする。盗人達にどうこうされる心配はないが、あまり相手を不機嫌にさせては自分も巻き込まれかねないと思ったのだ。

 

 案の定、椅子から腰を上げたライアンは鋭い視線をアサルティに向け、懐の短刀に手をかける。

 が、やがて諦めたように溜息を吐くと、再びだらりと脱力した。

 

「……何もしていない。みんなそうだ、何も悪い事なんてしてないのに、あいつらが気に入らないって理由だけで捨てられたんだ」

「……碌デモナイ親ダナ」

 

 虚空を睨みつけたまま、頬杖をついて答えるライアンに、アサルティもやや苛立ちを覚えた様子で呟く。

 ライアン達の境遇に対しては然して興味がない様子だったが、彼女達の親に対しては思う所があったらしい。低い唸り声をこぼしつつ、ライアンと同じく眉間に深いしわを刻み込んでいる。

 

 その時、ライアンの言う通りに盗んだものを運んでいた小さな盗人達がぞろぞろとやって来て、ライアンの影に隠れるようにしながらアサルティ達を覗き込んできた。

 

「……お父さんもお母さんも、みんな急に変わっちゃったんだ。この間までやさしかったのに、いきなりぼくたちのことをこわい目でにらむようになっちゃって……」

 

 余所者の他人種と得体の知れない怪物に怯える様子を見せながら、悲しみに満ちた声で自分達の境遇について話し出す小さな盗人達。

 まだ完全に心を許しているわけではないようだが、それでも今すぐに手を出してくるような存在ではないと察したのか、距離感を探りながらアサルティ達に話しかけてくる。

 

「……一度も叩いたりしなかったのに、わたしたちにどなりながらなぐるようになって……何度も死ぬかと思ったの」

「……おれの母ちゃん、人を傷つけるようなことは絶対にしなかったのに、おれのことを笑いながらなぐってきたんだ。おれがやめてって言ってもやめてくれなくて……たのしそうにずっとわらってたんだ」

「こわかったの……お父さんもお母さんも、しらないべつの人になっちゃったみたいだったの……」

 

 目に涙を溜めながら、震える声で話す小さな盗人達。中には当時の痛みを思い出してしまったのか、ぐすぐすと鼻を鳴らし嗚咽を漏らす者も出てくる。

 ライアンはそんな彼らから目を逸らし、黙り込んでいる。しかし自身もかつての苦しみを思い出しているのか、椅子の上に置いた手に力を籠め、表面に爪で傷痕を刻み込んでいた。

 

「そしたらある日、急に追い出されちゃったんだ。お父さんもお母さんもこわいかおになって、ぼくたちのくびをつかんで、ごみみたいにほうりすてて……やめてっていったら、くびをしめてきて……ころされる、って思ったから、ひっしににげてきたんだ」

「……そんな」

 

 そんな少年少女達の姿に、エイダは気づかぬ間に涙を溢れさせていた。血の繋がった両親から理不尽な扱いを受け、心にも体にも深い傷を負わされた彼らの痛みを想像し、ぶるぶると己が身を震わせていた。

 一方でアサルティは険しい視線で彼らを見つめ、一言も発する事なく小さな盗人達の話に耳を傾けていた。

 

「なんて酷い話でしょうか…! こんな小さな子供を追い出すなんて……それも、殺す事も厭わず、血の繋がった実の親がですよ…⁉」

「……オ前ガソレヲ言ウノカ、オ前ダッテ同胞ニ殺サレカケタクセニ」

 

 ぼろぼろと涙をこぼし、一塊になって寄り添い合う小さな盗人達。

 彼らの過去に必要以上に同情するエイダに呆れるアサルティだが、当の本人は相手の話に夢中で、その上自分が鼻を鳴らす音の所為で全く聞いていない。結果、話をした盗人達が引く程に酷い顔になり果てていた。

 

「マァ、イイ。トニカクオ前達ハ親ニ恵マレズ、似タヨウナ理由デ行キ場ヲ失クシ、集マッタ似タ者同士トイウワケダ」

「……その通りだ」

「アサルティさん…!」

 

 何の遠慮もなく、盗人達の事情を理解し吐き捨てたアサルティにエイダが抗議の声を上げるが、ライアンも子供達も然して気にした様子がない。もうとっくに割り切ったという事なのだろうか。

 

 やがて、ライアンは椅子の背凭れから体を起こし、アサルティとエイダを鋭く見据え出す。

 ついでに片手は懐の短刀に掛かり、何時でも抜いて目の前の相手に突き立てられるようにしながら、一切視線を逸らさずに口を開く。

 

「こっちの話はもう十分だろう。今度はお前達が教えろ……何者だ。お前はともかく、そっちのでかい化け物は一体何だ」

「あ、え、えっと……こ、この人は悪い人じゃ…!」

「……ソレガワカッタラ、苦労ハナイ。ダガ、事情ヲ語ラレタカラニハ、コチラモ語ラネバ礼儀ニ反スルナ」

 

 有無を言わさぬ威圧感と共に問われ、黒竜は呆れた様子で応じる。

 おろおろと困り顔で自分とライアンを交互に見つめるエイダを横目に見ながら、アサルティはずぶずぶと自らの身体を影の中から浮かばせ、遥か高くからライアンを見下ろした。

 

 

「―――俺ハタダノ化ケ物ダ。己ノ過去モ何モ知ラズ、コノ世ヲ彷徨ウ怪物……名ヲ、〝あさるてぃ〟ト言ウ」

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