岸辺露伴は疾駆らない   作:大河原大河

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【注意】
以下の内容は、実写劇場版『岸辺露伴ルーヴルへ行く』の内容を一部含みます。ご理解の上、お読み下さい。


episode 4 - 黒に何を見る

「旅行中なのだから、笑顔の一つや二つ見せてやればいいだろうに」

「何のことだ?」

 

 湯の沸く音が聞こえる。

 白衣をまとったウマ娘は旧理科準備室の片隅に向かい、戸棚から茶器を取り出した。

 

「取材記録をまとめたブログだよ。何枚も写真が掲載されていただろう。せっかくフランスの観光名所を巡っているのに、仏頂面ばかりじゃないか。写真が苦手なのかい?」

「取材、つまり仕事に行ったんだぞ。遊びに行ったんじゃあない」

「ファンに応えるのも仕事だろう? ああ、そういえば我々もレース後にはライブをするんだった。なんとまぁ似た者同士だとは思わないかね」

「別に親しみは感じないが」

「うーん、まだ距離を置かれている気がするなぁ! 私としては、露伴先生ともっと仲良くなりたいと思っているのだけれどねぇ」

 

 紅茶とシュガーポットが運ばれてきた。

 乳白色のなめらかなカップからは、仄かに湯気が立っている。アグネスタキオンは角砂糖を二つつまんで落とす。

 一瞬だけ白と紅が混ざり、すぐに紅に戻った。

 どこか化学の実験を思わせる。

 

「〈岸辺露伴ルーヴルへ行く〉とは、実にストレートなタイトルだ。記事を読ませることが目的ならば、分かりやすさほど力を発揮するものはない。私は好ましく思うよ」

「つまり君はアイツと同じ感性なわけか。ふん」

「アイツ、とはルーヴル取材に同伴した担当編集のことかい? I.K……記事の末尾にイニシャルが載っていたな。露伴先生はその人の話になるとどうも熱くなっているような」

「なっていない」

「そうかな?」

「そうだよ」

 

 ティーカップのハンドルを三つ指でつまみ、薬指と小指で支える。目の前まで運ぶと、カラメルのような麦芽香が鼻孔をくすぐる。

 

「…………」

「どうしたんだい、カップの中を眺めて。自分で言うのもなんだが、そこそこ良い茶葉を用意したつもりだよ」

「確認していたんだよ。〈何が〉仕込まれているか」

「私が〈何か〉を仕込んでいることは前提か。ある意味での信頼を感じるなぁ」

「……うん、よし」

 

 じっくりと紅茶を見、浅く頷いてから露伴は口を付ける。

 

「おや。交換しようかと思っていたのだが、いいのかい?」

「構わないさ。だって、今回は()()()()()()()()()()()()()()だろう」

「……ハッハッハッハッ! それでこそ、だ! リアリティを重視するあまり、あらゆるものを体験しようとする精神性! 素晴らしいよ! モルモットとしての才がある! 私の第二のモルモットにならないか?」

「ぼくは漫画家だ」

 

 そもそも実験動物(モルモット)は〈なる〉ものじゃあない。

 ティーカップを空にして、テーブルに置いた。

 

「雑談はここまでにしよう。聞かせてくれ。()()()()()()()()()()()()の話を」

「もちろんだとも! ……とはいえ私と付き合いのある露伴先生だ、彼女とも会ったことがあるだろう。この旧理科準備室を折半している仲だからね。彼女の名は――」

 

 

 

 

 

「やぁ、カフェ! トレーニング中に失礼するよ! しばらく観客を一人迎え入れてほしいんだが構わないだろう? あの〈ピンクダークの少年〉を連載中の漫画家、岸辺露伴先生だ。トレセン学園を取材中でね、私のライバルに興味があるとのことで見学を希望された。君のトレーナーに許可は取ってある」

 

 まくし立てられた言葉を咀嚼するように、三十秒停止したのち、そのウマ娘は振り返った。

 黄色い瞳が露伴とアグネスタキオンを射抜く。

 

「本当ですか?」

「君の爪に効く軟膏を渡して、さらに効率的なケアの方法をアドバイスすると言ったら快諾してくれたよ」

「……そうですか」

 

 諦めたように息を吐く。黒い長髪が揺れていた。

 

「露伴先生。見るのは構いませんが……一つ訂正を」

「なんだ」

「私、この人のライバルではないので……」

 

「おいおい冷たいことを言うなよカフェ~!」と迫るタキオンを華麗に無視し、マンハッタンカフェは再びトラックを走り始めた。

 

 マンハッタンカフェ。

 物静かなウマ娘。

 過去、それこそアグネスタキオン絡みでトレセン学園を訪れたとき、夕暮れの三階教室で話をした覚えがある。

 

 タキオン曰く、存在感が薄いコーヒー党。いつも壁際に一人でいる変わり者。

 ただし本人が言うところには、一人きりの時間はない。常に彼女の隣には〈お友だち〉がいる、らしい。

 

 お友だち。

 不可視の幻。

 彼女自身によく似た、彼女より速い何者か。

 

 マンハッタンカフェは、自分によく似た姿の〈お友だち〉に追いつき、追い越すことを目標としてトゥインクル・シリーズを走っているのだという。

 

 走っている姿におかしな箇所は見当たらない。敢えて挙げるならば、どれだけ走ってもトラックを走るペースが一切変わらないことくらいか。

 見学前から同じペースで走っていたと想定すると、ウマ娘としても異常なくらいに強靭な肺機能を持っているように思う。

 長距離レースを走り切ろうとして付けた体力、というよりも、それは〈お友だち〉を追いかけ続けているうちに身に付いた体力なのだろう。

 

「自分によく似た姿の――」

 

 すなわち、影。

 或いは――

 

「……黒……」

 

 ほとんどこじ付けに等しい連想であれ、今の露伴にとっては気になる部分だ。

 マンハッタンカフェのことを調べてみたが、GⅠレースで着用する勝負服は暗闇に溶けるような漆黒だった。

 

 ルーヴル美術館の取材からひと月。

 気にしすぎと言ってしまえばそれまでだが……。

 

 何にせよ、以前会ったときに「怪異はたくさんいる」と告げた彼女だ。〈お友だち〉もそういった類のものである可能性は高い。

 取材の価値はある。

 

「……協力するのは止めてと言いましたよね」

 

 真後ろから声が掛けられた。

 振り返ると、カフェが露伴を睨みつけていた。

 息は整っており、汗もかいていない。先ほどまで走っていたことをまったく感じさせない。気配のない亡霊のよう。

 

「協力じゃあない。向こうからの一方的な情報提供だ。……少なくとも表面上は」

 

 非難するような視線に言葉を返す。

 

 そう、一方的なのだ。

 アグネスタキオンから「何か調べたいことはないか」と訊かれ、特に期待もせず「〈黒〉について調べている」などと口走ってしまったのが切っ掛けだ。その要望にピッタリ合致するウマ娘がいる、紹介してやろうと話が進み、こうして露伴はトレセン学園を訪れている。

 

 前回の調査――人間がウマ娘になる噂――は、互いに利があることを確認し合っての協力関係だったが、今回はそうではない。今回の取材は、岸辺露伴にとって有益でも、アグネスタキオンにとっては無価値だ。

 取材対象は、アグネスタキオンにとって身近な相手。

 マンハッタンカフェなのだから。

 だが……。

 

「表面上……。ではタキオンさんに裏がある、と。……私もそうは思います」

 

 少女は静かに頷いた。

 

「露伴先生。タキオンさんのライバルに興味があった、というのは本当の話ですか?」

「間違ってはいないが正確でもない。ぼくは〈黒〉を――〈影〉を追いかけているウマ娘がいる、と君のことを教えてもらったんだ。君を取材したいのは事実だが、アグネスタキオンのライバルだからじゃあない」

「あの人は……」

 

 嘆息する少女。

 

「〈お友だち〉は影ではありません……。露伴先生の興味を引くための表現でしょう。まったく……」

「影ではない。では君は何を追いかけている?」

「それは――、ッ!」

 

 直後、マンハッタンカフェは飛び退いた――能力の射程圏外まで。

 

 ……やはりダメか。

 何を追いかけているのか。露伴の言葉は問いかけではあったが、返事を求めてはいなかった。彼女が追いかけているものの正体は、彼女を本にして読めば知ることができる。

 本にすることができれば……だが。

 

「……何かしようとしましたか?」

「取材をしようとはしていたが」

 

 一番の難関はウマ娘に対して〈ヘブンズ・ドアー〉を発動させることだ。

 警戒を解くか、警戒しても離れられない状況を作らない限り、ウマ娘に〈ヘブンズ・ドアー〉は届かない。

 

「…………。タキオンさんが何を意図して私の情報を提供したのかは分かりませんが、私はトレーニングに戻ります。元々、見学というお話でしたし……」

 

 塩対応すぎる。

 このままだと本当に彼女を眺めているだけで終わりそうだ。

 トレーニングを眺めるだけでは、マンハッタンカフェに近づくことは難しい。彼女を読むためには、なんとかトレーニング外の時間を確保してもらい(物理的に)距離を詰めることが必要だった。

 

 露伴は大仰に頭を抱えて悲痛の表情を浮かべる。

 

「えぇェ~~~~~ッ! はるばるトレセン学園まで君に会いに来たのに? これっぽっちしか話に付き合ってくれないのか⁉ 君は! この岸辺露伴が、わざわざ、〆切前の貴重な時間を使って――いやぼくが岸辺露伴でなくともだ。自分に対して興味を持ち、応援したいと思ってくれている一般人を冷たくあしらうようなウマ娘なのかい君は? ぼくならばどれだけ忙しかろうと自分のファンは大切にするし、サインを求められれば応えるものだがねェ~~~」

「……私のファンなんですか?」

「君に興味を持っていると言っただろう」

 

 カフェはしばらく思案するような沈黙を挟んだあと、返事をした。

 

「……トレーニングが終わった後、でしたら……」

「はぁぁ~~ッ、そうかァ、トレーニング後なァ。本当は今すぐにでも話を聞きたいんだがなァ~~~~~~」

「そこまでは譲りません」

「チッ。分かった、待つよ……待てばいいんだろ……」

 

 落胆した雰囲気から一転、舌打ちを混ぜて愚痴る。

 少女の顔が後悔の感情でわずかに歪んだ。

 

「ところで、元凶のアグネスタキオンはどこに行った?」

「エアグルーヴさん……生徒会の副会長に連れていかれました。昨日、実験中に空き教室を爆発させたらしく……」

 

 空き教室を爆発させる学生……。

 直接的な被害を生み出す分、言動が異常なだけのゴルシよりタチが悪いな……。

 

「様子を見に行ってくる。トレーニング終了予定の時間を教えてくれ」

 

 

 


 

 

 

 アグネスタキオンが爆発させたという教室に向かうと、二人のウマ娘が室内を調べ回っていた。タキオンはいなかった。

 

 一人は眉間にしわを寄せ、しきりにため息を吐いている。

 茶褐色の髪をボブカットで揃えた少女。左耳に付いた黄色いリボンと金チェーンの髪飾りが麗しい。切れ長の目がクールな印象を周囲に与えている。

 

 もう一人は漆黒の髪を持つウマ娘だ。

 爆心地と思しき焦げ跡からメジャーを伸ばし、几帳面そうに距離を測っている。

 

「失礼するよ」

 

 教室に入ると、二人の目が揃って露伴を向いた。

 

「この教室がアグネスタキオンがやらかした場所で間違いないかい?」

「どなたでしょうか」

「ふぅ……岸辺露伴先生ですね。エアグルーヴと申します。こちらはエイシンフラッシュです」

 

 お堅そうな髪飾りの娘が名乗り、几帳面そうな娘が一礼した。

 

「〈やらかした〉が昨日の爆発騒ぎを指しているのならば、その通りです。しかしここに何の用が? 貴方はマンハッタンカフェへの取材で来訪したと認識しておりますが……」

「ぼくの用件まで把握しているのか」

「学園への訪問申請は生徒会でも確認しております」

 

 露伴は腕を組み、教室を見回す。

 

「少々時間が空いてね。彼女のトレーニングが終わるまで学内を散策、ついでにアグネスタキオンの様子を見に来た。どーせ事故現場の片付けでもやらされてるんだろうと思ったんだが……案外ぼくの勘も当てにならないな」

「……いえ。片付けをさせるつもりで、ここまで連れてきたのですが……」

 

 エアグルーヴは悔しげに口を結ぶ。

 

「逃がしたか?」

「はい。タキオンさんのポケットが突然発光して、驚いた一瞬の隙を突かれて逃げられました。彼女はとても速いので、追いかけて時間を浪費するよりも教室の片付けを優先した方がいい、と判断しました」

 

 黙ってしまったエアグルーヴに代わり、エイシンフラッシュが答えた。

 アイツ、本当に悪質だな……。

 

「はぁ……。アグネスタキオンを探しているのならば、人手を集めてきますが」

「いや、いい。それより君たちにも取材を申し込みたい。とりあえずは……いくつか質問に答えてもらうだけでいい」

 

 壁面の時計を見る。

 トレーニング終了予定まではずいぶんと時間がある。

 

 元々、露伴は何人かのウマ娘に話を聞く(あわよくば〈ヘブンズ・ドアー〉を仕掛ける)つもりでいた。相手が露伴の事情を把握しているウマ娘だというのなら、説明の手間が省けてちょうどいい。

 

「はぁ、多少であれば私は構いません。フラッシュは……」

「問題ありません。一日くらい自主トレを無視したところで影響は無いでしょう」

 

 二人は作業の手を止める。

 

「最初の質問。〈黒〉と言って思い浮かぶものはあるか?」

 

 露伴は〈ヘブンズ・ドアー〉の発動を控え、素直に質問を投げた。

 教室は広い。仮に彼女らに対し〈ヘブンズ・ドアー〉を使おうとしても、マンハッタンカフェと同じように距離を置かれて警戒されるだけだろう。

 

「カフェさんですね」

「同じく、マンハッタンカフェですね……ふぅ」

 

 エイシンフラッシュが答え、エアグルーヴが同意する。

 どうやらトレセン学園における〈黒〉のパブリックイメージはマンハッタンカフェであるらしい。

 

「では次だ。〈過去〉や〈血縁〉と言って思い浮かべるものは?」

「――――」

 

 血縁。

 その言葉を口に出してすぐ、エアグルーヴの全身が震えたのを露伴は見逃さなかった。

 

「……そうですね。血縁といえばメジロ家の皆さんでしょうか。メジロ家かくあるべしという理想を体現し、レース界の発展に貢献する様は尊敬に値します。ただ……」

 

 先に返答したのはエイシンフラッシュだった。

 エアグルーヴをちらりと横目で見つめる。

 

「トレセン学園に所属する生徒は大なり小なり血縁関係を意識していると思います。偉大な母に憧れて、レースを志す……というのはよくある話ですから」

「…………、そう、だな。その通り」

 

 途切れ途切れに呟く。

 つまり、エアグルーヴが〈そう〉なのだろう。

 偉大な母に憧れ、レースを志し――ため息を重ね、言葉をなくしてしまうほどの重圧を感じている。

 

「よくある話だ。こんなこと……」

「そういえば、血縁といえば」

 

 エイシンフラッシュは手を打ち、話題を切り替える。

 

「岸辺露伴先生はカフェさんの取材に来ているのですよね。彼女の血について聞いたことはありますか?」

「いや、無いな」

 

 アグネスタキオンからもそんな話は聞かなかった。

 

「彼女の身体には、ドイツの森から連なる魔女の血が混じっている――という噂があります。レッカーマウル……ご存知ですか」

 

 頷く。

 レッカーマウル……グリム童話〈ヘンゼルとグレーテル〉に出てくる魔女の名だ。

 

()()()()()()()()()()――カフェさんと同じレースを走ったウマ娘が、レース後に彼女を表現した言葉です。どういう意味なのか、私は考えつきませんが……露伴先生なら何か思い至ることがあるのでは?」

「…………」

 

 

 

 

 

『グリム童話〈Hänsel und Gretel〉』

 

 ヘンゼルとグレーテルの兄妹は、長く続いた飢饉の口減らしのため森へ捨てられる。

 森には魔女レッカーマウルが棲んでいた。魔女は兄妹を家に招き入れる。しかし、彼らを救ったかに見えたレッカーマウルの真の目的は、二人を肥えさせ殺して食べることであった。

 レッカーマウルは妹グレーテルに「兄ヘンゼルを肥えさせる料理を作れ」と命じる。

 数週間後、魔女は兄妹を殺すための準備を始める。その最中、グレーテルはレッカーマウルを窯の中に閉じ込めることに成功する。レッカーマウルは窯の中で焼け死に、グレーテルはヘンゼルを助け出した。

 ヘンゼルとグレーテルは魔女の家の財宝を持ち帰り、幸せに暮らした。

 

 

 ――――、

 伴侶。

 一緒に連れ立つ者。

 作中にそんなものは存在しない。魔女レッカーマウルに伴侶はいない――が。

 

 仮に、魔女に伴侶を宛がうのならば。

 魔女を殺さず、魔女に食われ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが〈レッカーマウルの伴侶〉と呼ぶに相応しいのではないか。

 

 マンハッタンカフェの〈お友だち〉が魔女レッカーマウルのような何かだとして。

 彼女は何を思い、考え、〈お友だち〉を追いかけている?

 

 知りたい。

 読みたい。

 彼女を読みたいという欲が、抑えられない――――。

 

 

 

 

 

「……ということだ。アグネスタキオンはいなかった」

「別にタキオンさんの所在はどうでもいいんですけど……」

 

 予定時刻ちょうど。露伴は息を整えているマンハッタンカフェの元に戻ってきた。

 彼女は目線だけでこちらの様子を窺う。

 

「エアグルーヴさんには会えましたか? タキオンさんのことで、また余計なストレスが掛かっていそうで……」

「会ったよ。タキオンからのストレス以前に、別のプレッシャーで潰れそうだったな。母親が優秀な成績を残しているそうじゃあないか」

「……潰れると感じるほど、辛そうに見えた……んですか?」

 

 カフェはわずかに首を傾げた。

 

「エアグルーヴさんの母親がオークスを勝利したのは事実ですが……」

「他には誰かと会いましたか」と問われ、エイシンフラッシュの様子も伝える。

「……〈血縁を重荷に感じているエアグルーヴさん〉と〈予定を無視するエイシンフラッシュさん〉……。…………」

 

 ストレッチを止め、腕で額の汗を拭う。

 

「気が変わりました。露伴先生、アナタの〈取材〉にお付き合いします……。喫茶店に立ち寄る時間はありますか?」

「もちろん、あるとも」

 

 露伴の返答を聞き、マンハッタンカフェは更衣室へ駆けていった。

 少々経ってから、制服姿に着替えた少女が帰ってくる。

 

「では、行きましょうか……」

 

 露伴はカフェに先導される形で道を歩いていく。喫茶店は彼女が生活している学園寮、美浦寮までの道中にあるという。学園を離れ、町中を進み、いくつかの細い路地を曲がって進む。

 横断歩道で止まると、視界で少女の耳が揺れた。

 

「…………」

 

 カフェの気変わりの理由は、間違いなくエアグルーヴとエイシンフラッシュだ。露伴の出会った二人が〈おかしくなっていた〉のか〈偽物だったのか〉は判断できないが、普段の彼女たちとは異なる言動だったのだろう。

 

 どうして取材を受ける気になったのか。

 エアグルーヴたちの変化に何を見出したのか。

 ああ、ダメだ……。

 ますます読みたくなってきた……。

 

「ッ、と」

 

 ピンと立った耳を見つめていると、肩をぶつけられた。

 犯人を睨みつける。ぶつかってきた男は、露伴に謝りもせずスマートフォンを見つめていた。

「おい」と声を掛けるもまったく反応しない。

 まるで電源の切れた機械のように、丸い背中でスマートフォンを見たままで、立ち止まっている。

 

「なんだッてんだ……あいたァ!」

 

 再び背中からぶつかられる。

 今度は中年の女。スマートフォンを見ている。

 

「いた、た、っ……」

「マンハッタンカフェ……? ぐゥッ⁉」

 

 三度目、四度目の衝突。横から、後ろから、しまいには正面から。

 人、人、人の群れ。

 満員電車でもない、ただの交差点に人が集結している。

 身体をぶつけられ、押し付けられ、身動きが取れなくなる。

 

 おかしい。異様だ。

 異常だ。

 人間が、集まりすぎている。

 

 人は露伴とカフェを取り囲むように群を成し、肉を潰す勢いでぶつかってくる。全身を万力で挟まれているようだ。

 押しつぶされて、押し上げられて、宙に浮く。

 足が地面を離れる。

 身動きが取れない。

 

 人々は一つの流れを形成する。まるで人の河。

 波に浮かされたまま、二人はどこかへと押し流されていく。

 

 逃げ出せない。

 抜け出せない。

 人に潰される。人に呑まれる。

 

「ろ……露伴先生……」

 

 マンハッタンカフェの声が聞こえた。絞り出すような、苦痛の滲む声。

 前触れのない怪異――こんなところで、急に……!

 

「くッ……〈ヘブンズ――どァ」

 

 しかし。

 能力を発動する寸前、急に人が消失した。

 

 露伴は顔面から地面に投げ出され、思いっきり鼻を擦った。

 

「痛ッてェ――――ッ! 何すんだよ!」

「ふぅ、ッ――。…………。……静かにして下さい」

 

 倒れた露伴の耳元で、息を整えた少女が言う。

 擦れた鼻から流れた血を拭い、露伴は顔を上げた。

 

「……なんだ、ここ……?」

 

 幾多もの土地と異変を取材して回った露伴でさえも、一瞬フリーズした。

 現実離れした異常な世界。すなわち――

 

 ――異界。

 

 

 ビルはある。道路も、横断歩道も、信号だって見えている。

 見える〈もの〉は普通なのに、それでも異界だなんて表現を用いたのは、毒々しいほどに眩い色彩が原因だ。

 

 赤、青、黄、緑、紫、白、黒。

 波打ち広がりぐるぐる廻る。

 たとえるならば、薬物中毒患者の描いた絵。虹の中に融けてしまったかのような幻覚色が、世界のすべてに塗りたくってある。

 

 自分の手足だって例外ではない。

 見ているだけで目が回る。

 見ているだけで吐き気がする。

 

 物体の枠線だけが引いてあって、残り全部が狂気。気を違えてしまいそうな光景が延々と広がっている。

 

 そんな異界にあって、唯一。

 マンハッタンカフェだけが元の色を留めていた。

 

「……失礼します。手を……」

 

 カフェが露伴の手を握る。彼女は露伴を立ち上がらせると、異界の四方を見渡し、迷いなく一方向へ歩き出した。

 

「出口まで案内します……」

「……分かるのか?」

「おおよそは。……決して私の手を離さないで下さい」

 

 露伴を支えるように、導くようにしながら、カフェはゆっくりと歩いていく。

 

「コレは……元は私に憑いていた怪異です。性質は〈思考を読み取り誘惑する〉といったもの……」

「〈誘惑する〉怪異……」

「アナタが見たエアグルーヴさんとフラッシュさんは偽物です。エアグルーヴさんは血族の偉大さを誇りに思っても辛いとは感じないし、フラッシュさんは予定を立て直すことはあってもなかったことにはしない」

 

 カフェは断言した。

 

「きっかけは分かりませんが、露伴先生に憑いてしまい……エアグルーヴさんと、フラッシュさんの姿を模して接触してきた。そして、私たちをこの異界に迷い込ませた」

 

 目に見えないものから露伴を守るように、黒の少女は目前に立つ。

 

「気を付けて下さい……。コレがどんな誘惑を仕掛けてくるのか、私には分かりませんから……」

「そうか……」

 

 誘惑する怪異。

 何を仕掛けてくるのか、マンハッタンカフェには分からない。

 

 だが()()()()()()()()()

 怪異の性質を聞いて、即座に理解した。

 

 怪異はエアグルーヴとエイシンフラッシュの姿を取り、マンハッタンカフェの血についての話を聞かせた。露伴の興味を煽り、魔女の血を受け継いでいるかもしれない少女――〈黒〉を追う少女の記憶を読みたいと思わせた。

 そして今、マンハッタンカフェは岸辺露伴を守るため、露伴の手を握っている。

 露伴が〈ヘブンズ・ドアー〉を発動すれば確実に能力を当てられる。そういう状況が出来上がってしまっている。

 

 つまり、この怪異は――。

 露伴はカフェの手を思いきり握りしめた。

 

「露伴先生……?」

 

 ――マンハッタンカフェに露伴の能力(ヘブンズ・ドアー)を当てることを目的としている。

 

「おそらく……いや、間違いなく。〈ヘブンズ・ドアー〉を発動すれば……ぼくは何事もなく、この〈異界〉から脱出できるんだろうなァ……そうして君だけが残される……」

「な、何のつもりですか……」

 

 露伴に妙な空気を感じ取ったのか、カフェが距離を取ろうと後ずさる。

 しかし手は繋がれたままだ。無理やりに引き剥がそうとはしてこない。

 できないのかもしれない。

 ウマ娘は人間よりも強靭であるが故に――すぐ壊してしまうから。

 

 好都合だ。

 あとは能力を発動するだけで、マンハッタンカフェを読むという目的を達成でき、脱出もできる。

 完璧に状況は整った。

 

 異界がぐにゃりと歪む。

 世界が笑っている。或いは怪異か?

 強大で、自在で、人間程度なら意のままに操れるという自負をまとった気配。

 

 早く使え。

 異界全体が命じている。

 マンハッタンカフェに能力を発動しろ。

 厄介なそいつの意識を断ち、俺を、俺を――!

 

()()()()

 

 ぴきり。

 亀裂の入ったような音が辺り一面に響き渡る。

 

「いいか、よく聞け。この岸辺露伴が最も好きな事の一つは、自分の思い通りになると考えているやつに『NO』を突きつけてやることだ……」

 

 露伴が言い切った途端――異界の雰囲気が一変した。

 迷い、惑わせるだけだった風景が、明確な敵意を持つ。ビルが形を変え、巨大な槍と化す。信号は曲がりしなり、鞭のように露伴たちに襲いかかる。

 

 露伴はマンハッタンカフェの手を離し、身体を縮めて転がる。

 信号の鞭が頭上を掠めていった。

 

「ッ……! 手が……! 露伴先生、相手を煽らないで下さい!」

 

 カフェは声を荒げながらも、さすがウマ娘の身体能力というべきか、次々と飛んでくる怪異の攻撃をかわしていく。

 

「ならどうすれば良かったんだ」

「静かにして、と……! 最初に言ったじゃないですか……!」

 

 脱出するまで刺激するな、という意図を含んでいたらしい。

 

「不可能だ。ああいうヤツには一言言ってやらないと気が済まない」

「……タキオンさんより面倒な人っ!」

 

 そこまで言うか? なんて突っ込みの一つでも入れてやろうとしたとき、急に地面がせり上がり、迫ってきた。

 舗装された道路がうねり、視界を埋め尽くす。

 

「壁……!」

 

 露伴は異界に誘われる直前の人波を思い出す。

 あの波でさえ身体が押し潰されそうだったのに、今度は人の波よりずっと硬い〈アスファルトの波〉だ。飲み込まれたら最後、たとえウマ娘が全力を出しても逃げ出すことはできないだろう。

 

「あそこから……いや間に合わん! 速すぎるッ!」

 

 残っていた隙間が次々閉ざされていく。露伴の速さなど問題にならず、ウマ娘の脚力でも間に合わない。

 アスファルトの波を目前にし、反射的に腕で目を覆う。

 

 今度こそ押し潰される……ッ!

 

「…………?」

 

 襲い来るはずの衝撃が、いつまで経ってもやってこない。

 ゆっくりと目を開ければ、アスファルトの波はどこかに消えており――

 

「ううっ……う、ごけな……」

 

 マンハッタンカフェが拘束されていた。

 アスファルトの壁に大の字で張り付けられている黒の少女。手首、足首、胴と首は壁から生えた輪によって固定されており、身体を揺らすことさえできていない。

 

「はッ!」

 

 露伴は吐き捨てるように言い、異界に声を響かせる。

 

「何度も同じことを言わせるなよ。ぼくはお前の思う通りには動かない! 〈ヘブンズ・ドアー〉を使わせたいのなら、洗脳でもなんでもしてみろッ!」

 

 異界が揺れた。

 全身を震わせて、笑うように。

 ()()()()()()()とでも言いたげに。

 

「何を……ッ⁉」

 

 ()()()()()

 意図した動きではない。露伴はカフェに向かって手を伸ばそうとはしていない。勝手に身体が動いている。

 

「な、お、うおおオッ!」

 

 慌てて腕を止めようとするも、肉体が言うことを聞かない。

 

「ぼくの〈思考〉を……〈理性〉を超えて、マンハッタンカフェの記憶を読みたいという〈欲望〉が優先されているッ! ()()()()()()()()()()()()()……ッ!」

 

〈誘惑する〉怪異。

 自分の理性で止められないほど、欲望を刺激する能力!

 

「だが、さっきまでは抑えられていたのに……なぜ、こんな、急に……」

「露伴先生……。手を……」

 

 マンハッタンカフェが弱々しい声で呟く。

 そうだ。異界に入ってからずっと、露伴はカフェの手を握っていた。手を握ることで、彼女が露伴を怪異から守っていてくれたとすれば、辻褄は合う。

 合う、が……。

 もしその考えが正しければ、余計にどうしようもない。

 

 もう露伴はマンハッタンカフェの手を握れない。

 今の状態の露伴がカフェの手に触れれば、間違いなく〈ヘブンズ・ドアー〉を使ってしまう。

 

 触れなければ抗えないのに、触れたら終わり。

 つまり〈詰み〉だ。

 

「だ……駄目だ、マンハッタンカフェ!」

 

 露伴の命令を無視して、露伴の手が端正な顔に伸びていく。

〈ヘブンズ・ドアー〉が発動する。

 

「う、あ……」

 

 マンハッタンカフェの顔が捲れ、少女の意識が失われ――

 露伴の指は自然と彼女のページを掴み――

 指先に覚えた()()()について、思考する間もなく、

 

 

 

 露伴は『それ』を見た。

 

 

 

『それ』は、四つの足を持つ生物だ。

 体長は三メートルほど。見た目は牛に近いが、牛よりもずっと細く、筋肉質。まるで走るために生まれてきたかのような姿をしていた。

 

『それ』は黒かった。

 夜のように純粋な黒。

 

『それ』は二匹いた。

 二匹はとてもよく似ていて――けれど少し違う。

 

『それ』はマンハッタンカフェの両隣に――露伴のすぐそばに立っている。

 気付かなかったことが不思議なくらいの至近距離。

 

 だから、おそらく、気付かなかったのではない。

『それ』はたった今現れたのだ。

 

「――――」

 

 突如として出現したその生物の〈圧〉に、露伴は数秒停止した。ウマ娘と同等かそれ以上に強靭な生命力を、強さを、直に浴びたことで、震えるより先に身体が止まった。

 止まったのは露伴だけではない。

 異界全体が歪み、ひしゃげ、崩れかけ――停止していた。

 致命的なバグが混入し、破綻しながらも、なんとか動作を維持しようとするアプリケーションみたいに。

 

 そんな、壊れかけの世界の中で――

『それ』は()()()

 

 音は響かない。声は発せられていなかった。

 放たれたのは〈意志〉だ。

 耳鳴りがするほどに、世界を消し飛ばしてしまうほどに、強烈で、鮮烈な――

 

 

 

 私の――――

 ――〈   〉に――

 ――――触れるな‼

 

 

 

 瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 黒。

 白。

 光。

 

 ……光?

 露伴はゆっくりと目を開ける。

 

 街路樹は緑。

 信号は赤、黄、青。

 道路は黒。

 横断歩道は白。

 

 気が付けば元の世界。

 露伴はカフェに覆いかぶさる体勢で、路地に倒れていた。

 

「おや。こんなところで会うとは。いつからそこにいたんだい?」

 

 声が聞こえる。さほど時間は経っていないはずなのに、露伴は彼女の声に懐かしささえ覚えていた。

 

「露伴先生――〈取材〉は済んだようだね」

「アグネスタキオン……」

「いや、それよりもカフェだな。この場所なら、救急車を呼ぶよりも美浦寮に向かった方が早い。案内は私がする、露伴先生は彼女を頼む」

 

 促され、露伴はカフェを抱きかかえる。黒の少女は想像よりもずっと軽かった。

 足早に進んでいくタキオンに置いていかれないよう、小走りで追いかける。

 

「……ああ、でも、一つだけ。一つだけでいい、聞かせてくれないか」

 

 アグネスタキオンは振り返らず、尋ねる。

 

「何を見た?」

「ぼくは――」

 

 

「〈何〉を見たんだ?」

 

 

 


 

 

 

 以下は後日談となる。

 

 マンハッタンカフェに怪我はなかった。身体にも、精神にもだ。

 いちおう少々の問題としては、異界に迷い込んでからの記憶が失われていたことが挙がる。後から人伝に聞いた話だが、まァ、不思議はない。あんなことがあったのだから。

 事情を聞かせてほしい、との要請をトレセン学園から受けている。近いうちに改めて訪問することになるだろう。

 

 露伴はあれから自宅に戻り、異界で見た、あの生物の絵を描いていた。

 図鑑や資料は調べ終えた。それでもあの生き物は見つからない。過去にあんな生き物が存在していたという歴史も記録も、何もかも見当たらない。

 

 どこにもない。

 ()()()()()()()()()、と世界中から否定されているようだった。

 

 だからひたすらに描いていた。

 あの生物の姿を記憶に焼き付けるために。

 

「未確認動物……にもならないな。これじゃあまるで、ぼくの想像だ……」

 

 想像。

 空想。

 独り言ちて思う。

 

 露伴があの生物を見たのは異界で、しかも一目見ただけだ。回数も少なく、場所もあやふや。

 ならば空想であってもおかしくはない。

 

「……いや。違う。あの場には〈リアリティ〉があった」

 

 あの生物が放った強烈な〈意志〉を思い出す。

 いくつものリアルを追い求めた露伴だからこそ、分かる。

 あれは現実の存在だ。

 

「少し休むか……」

 

 そういえば買い足したばかりの紅茶があったな、と戸棚を探る。

 ルフナ紅茶。スリランカの南に位置する地域で取れる紅茶であり、カラメルのような麦芽香が特徴だ。

 あの日、旧理科準備室で飲んだものと同じ品種。

 

「…………。そういえば……」

 

 紅茶の味とともに、あの日の会話が蘇る。

 

 一通りマンハッタンカフェについて解説されたあと――カフェのトレーナーに許可を取りに行く前のことだ。

 露伴は興味本位でこんな質問をしていた。

 

 ――〈最も黒い絵〉とは何を映すものだと思う?

 

「黒も色である以上、光を反射するはずだ。……ということではないんだろう?」

「もし光すら映さない〈黒〉があるとしたら、だ」

「ははぁ。ルーヴル美術館で至高の芸術を見て、哲学的な問いに至ったか? あるいは次の作品のテーマが黒なのか? まさか……カフェのことを説明しただけで精神に何らかの影響が? よし脳波の測定をしようちょっとこの装置を被ってもらいたいのだが」

「いいから答えてくれ」

「……仕方ないなァ。〈最も黒い絵〉ね。ふむ、そうだな……」

 

 アグネスタキオンは旧理科準備室を分けたもう一区画、マンハッタンカフェのスペースをちらりと眺める。

 

「そもそも、絵や色という素材以前の話だ」

 

 それから喋り出した。

 

「〈最〉大――〈最〉高――〈最〉速――。それら〈最果て〉とは、すなわち個人が認識できる〈限界〉を意味している。もしもこの場に〈最も黒い絵〉があるとして……アグネスタキオンが見る〈黒〉と岸辺露伴が見る〈黒〉は、はたして同一と呼べるだろうか? 人間とウマ娘の差。生まれてからこれまでの人生。過程。経験。何もかも異なる私たちが見る色には、おそらく何らかの差が生じている。だからこそ――〈最も〉黒い絵に映るもの。それを通して見えるものとは――」

 

 ほんの少しだけ間を置いて、

 

()()()()だ」

 

 と言った。

 

「――自分自身――」

 

 黒。影。〈お友だち〉――

 ――自分自身のようでいて、自分ではない何か。

 

 マンハッタンカフェ――

 ――見えないはずのものが見える〈魔女の血筋〉。

 

 ウマ娘――

 ――人間より厚みのあるページ。

 

 何か。

 露伴の中で、何か、繋がるような。

 

 マンハッタンカフェのページに触れたとき、覚えた()()()

 彼女のそれは()()()()()()()()。剥がれるということはすなわち、ページの重なりを意味する。

 ツインターボ。イクノディクタス。マチカネタンホイザ。彼女らのページにも厚みを感じた以上、ウマ娘という生物そのものが重なったページを持つことになる。

 

 ページが二重になっていた理由。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と仮定してみる。

 

「…………」

 

 だとすれば。

 あのおかしな生き物の正体は、まさか……。

 

 露伴は頭を左右に振った。

 延々と絵を描き続けたせいか。おかしな考えに囚われる程度には脳が疲弊しているらしい。しばらく休んだあとで、もう一度考え直してみよう。

 時間も、機会も、露伴にはたくさん残されている。

 

「ウマ娘……か」

 

 休憩に入る前。最後とばかりに原稿用紙の上でペンを走らせる。

 四つの脚。長い顔。小さめの耳と、筋肉質な胴。

 艶やかな毛に色を塗る。

 

 黒く、

 黒く、

 染めていく……。

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