夕日が公園で遊ぶ少女たちの影を長い長いものにしていた。彼女たちはブランコの周りをぐるぐると回りながら、学校はこうだ、先生はどうだとなんでもないようなことを話していた。聞いている限りに面白そうなことは何一つないはずなのに、彼女たちは満面の笑みを浮かべながらまるで自分たちが世界で一番幸せなんだということを確信している様に、まるで自分たちこそが世界の中心であるかのようにこの夕焼けの空を満喫していた。
俺はその様子を缶コーヒーを片手にぼおっとベンチに座って眺めていた。俺にもあんな時代があったかなとふと考えて、また一つため息をこぼした。彼女たちみたいに世界が輝いて見えたことが俺にもあった。家は確かに他の人たちよりも荒んでいたし、買い与えられるおもちゃなんて何一つなかったけれどそれでもそういう日々はあったのだ。近所の仲のいい友達と何もないような公園に行ってはどうでもいい話や遊びをして、好きな子がいるのだとか、あの先生の授業が眠たくなるのだなんてことを飽きずに話していた。早く大人になりたいなんてその頃は思っていたものだったけれど、今になって考えてみればあの頃はあの頃で素晴らしいものだったんじゃないかと思った。食べ物はなかったし、学校の成績だっていいものじゃなかったけれど何か今はなくなってしまった大事なものがそこにはあったような気がするのだ。
俺はもう時間がたってしまって暖かさがなくなってしまった缶コーヒーをちびりちびりと飲み込んで、残念な今日を考えた。
朝、ちょっとした期待感とともにハローワークに向かった俺はいくつか仕切られた窓口の一つに案内された。その時間帯は暇だったのか俺の他に六十くらいのおじさんがいたくらいでさびれているかのように見えた
しばらく待っていると俺の窓口に職員らしいスーツを着た男が来た。男は名前を佐藤何某とかいって、俺と自己紹介を済ませたあとに一枚の紙を手渡した。二、三個の仕事とその労働条件がその紙には記されていたが、そのどれもが言ってしまえば前と同じかそれ以下の労働条件ばかりだった。
「あ、あの。ここって仕事を紹介してもらえる場所だとお、思ってきたんですけど他に仕事があったりとかしないですかね?」
しばらく資料を見つめて俺はつっかえながら尋ねた。一週間か二週間、長い間人と話していなかったからギクシャクとした話し方しかできない自分が情けなくなった。
「申し訳ありません、お客様にご紹介できる仕事はこの中の物のみでございまして...しばらく待っていただけるということでしたら、お客様にあった仕事が見つかり次第ご連絡するという風に対応することができるのですが...」
「いや、あ、あの、こちらこそすいません。何だか文句を言うみたいな形になってしまって...でも、あの、このハローワークの正面に仕事紹介の紙がいっぱい張ってあったじゃないですか。この紙に書いてあるのよりもたくさん、時給ももう少しいいやつが...だから、俺もあそこに書いてあるような仕事が出来たらなって思って...す、すいません。」
俺が長々とそんなことを伝えると、佐藤さんは困ったように頬を掻いた。
「あの、これを申し上げるとお客様に不快な思いをさせてしまう可能性がございまして...それでも、お聞きになりたいということでしたら申し上げるのですが...]
彼は手に持ったボールペンを手持無沙汰にぶらつかせながら、こちらの顔色を窺った。
「え、遠慮していただかなくて結構です。それよりも、どうして俺は他の仕事を紹介していただけないんでしょうか?」
「そうですか...それでは、遠慮せず申し上げますと端的に言ってお客様には圧倒的に職業経験や経歴などが足りないのです。これまでやってこられた仕事の内容や持っている資格の内容から考えて、お客様にこの資料に書かれた以外の仕事はご紹介できないのです。」
愕然とした。俺にだって大したものではないけれど職業経験はある。ここ数年きっちりバイトとして働いてきた実績があるのだ。誰だってできることなのかもしれないけれど、あの環境の中で腐らずコツコツと働いてきたんだ。確かに資格やら学歴やらといったちゃんとしたものはないかもしれないけれど、俺にだってここまで積み上げてきたものがあるのだ。
「で、でもそうおっしゃいますけどお、俺だってここ何年もちゃんと仕事をしてきたつもりです。他の仕事をしている人に比べて俺の仕事が劣っていたとは思えません。確かに最終的にはやめなければいけない結果になってしまったかもしれませんが、俺がしっかり働けるんだということはそれで証明されてるじゃないですか!」
気が付くと俺はくってかかるようにまくし立てていた。言い立てる声も普段よりもずっと大きくなってしまって、これじゃあクレーマーと変わらない。
「お客様、確かにお客様なりにここ数年働いていらしたことは分かります。どの仕事にもその仕事なりの苦しさがあるものです。しかし、客観的にお客様のプロフィールから考えましてこの資料に書いてある仕事以外のものはご紹介できないのです。申し訳ありません...」
俺を見る佐藤さんの目は何か俺を貶めようとする考えや、馬鹿にするような考えを浮かべるようなものではなかった。彼は十分に申し訳なさそうだったし、俺を憐れんでいる様にも見えた。だから、だからきっとこれは厳然たる事実なのだ。事実、俺にはこの書類に書いてあるような仕事に届くくらいの職業経験しかなく、俺につけられた社会としての価値はこれくらいなのだ。佐藤さんが悪いのでもなく、何が悪いというわけでもなくただ俺が悪かったというだけなのだ。
「お客様、申し訳ありません。そろそろお時間となりますので今日はここまでということで...」
結構な時間話し込んでいたようで、俺の後ろには仕事の紹介をまつ人の列ができていた。この職業相談所にも仕事がある、俺一人が長い間この窓口を占領してしまうのはよくないだろう。
「本日はありがとうございました。ご紹介した仕事にご応募されるということでしたら、そちらの資料に書かれた電話番号にお電話いただければ面接を設けますので...」
世話になった佐藤さんに頭を下げて、その場を去った。職業相談所をでれば朝よりもずっと冷たい風が俺を包み込んだ。こんなに寒くなると知っていたら、もっと厚着をしてこればよかったなと後悔をした。
「やっぱりだめだったよ..」
ポケットに手をつっこんで、俺はそう呟いた。
不快な思いをさせてしまったらすいません。