ウマ娘を曇らせたい。あわよくば心配されたい   作:らっきー(16代目)

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タキオン:被害者。意外と胸がデカい。土下座したら薬に唾液入れてくれる
トレーナー♀:クズ。変態。高身長スレンダーのイケメン女子だが頭の中はピンク色。女の子の泣き顔はそれなりに好き


アグネスタキオン

 ウマ娘の限界の果てが見たかった。

 始まりはそんな気持ちで、それは今でも変わってはいない。全てをなげうってでも辿り着きたい場所。有り触れた言葉で言うなら、それを見るのが夢だった。

 

 その為ならどうなってもいい。例え自分の脚が壊れようと。果てに到達するのが自分ではなかろうと。そんな思いで、破滅的な人生を送っていた。

 

 そんな刹那的な考えを変えたのは、一人の女性との出会い。同じ夢を見た、同士とも言える相手。狂気を目に宿した、私の同類。

 一つだけ違っていたのは、果てへと辿り着いて欲しい相手が決まっていたことか。

 

 私は、自分の脚が他人より脆いことを知っていた。三年どころか、最初の一年で壊れかねないくらいに。だから自分自身に研究サンプル程度の重きしか置かず、データ収集にでも使おうと、そう思っていたのだが。

 

 タキオン、タキオン、とどんな扱いにもめげずに着いてくる彼女に、絆されてしまったのだろうか。

 気づけば予定を変えて、自らの身体で辿り着こうと。そう考えるようになっていた。

 

『感情』というものが身体に与える影響について、些か過小評価していたのかもしれない。彼女の思いに当てられて、騙し騙しながらも自分の身体で夢を追う覚悟を決めた。

 

 果たして。狂気に当てられたのはどちらだったのか。

 

 

 

「モルモット君。何か欲しいものでもないかい?」

 

「どうしたの急に」

 

 研究室……代わりにしている空き教室。いつも通りの実験中、ふと傍らにいる担当トレーナーにそんな話題を振ってみる。

 

「いやね? 君の献身的な協力によって研究を進めているわけなんだが、思えばその協力に報いた事が無かったなと思ってね。モチベーションを保ってもらう為には飴も必要だろう? ……いや、まあ、気紛れではあるんだが」

 

「ええ……急に言われてもな……タキオンと一緒にこうしてるだけで、割と満足なんだけど」

 

 なんともまあ、欲の無い事だ。適度のガス抜きは爆発しない為にも必要だと思うのだがね。……というか、かなり恥ずかしい事を言っている自覚はあるのだろうか。

 

「君はどうにも遠慮がちだからね。ま、暇なときにでも考えておいてくれたまえ。気が変わっていなかったら、できる限りは叶えよう」

 

「ん。思いついたら言うよ。……それで、今日は何をしたらいいの?」

 

「そうだねぇ……とりあえず、紅茶でも淹れてもらおうか。砂糖も忘れず頼むよ」

 

 はいはいと、手慣れた様子で準備をしている。今日は特に飲んでもらいたい薬もないことだし、少しゆっくりしていてもらおうか。

 

 正直に言って、少しばかり研究は行き詰まっている。だからこそモルモット君に他愛無い話題を振ったわけだが。

 ……行き詰まった状態で、ただそのまま頭を悩ませていても仕方ない。インスピレーションはふと他のことをしている時などに降りてくるものだ。

 

 モルモット君の紅茶を飲んで、糖分が頭に行き渡ったからか一つの考えが浮かんできた。本懐たる果てのための研究ではなく、趣味のような物だが。息抜きには丁度いいだろう。

 

「よし、決めたよモルモット君。今日は解散だ」

 

 別に作っているところを見られても、彼女にそれがなんなのか理解できるとは思えないが。こういうのはシチュエーションが大事だ。サプライズを演出させてもらうとしよう。

 

「じゃあ晩ごはんだけ作っとくね。どうせ徹夜……かは分かんないけど、食事は抜きそうだし」

 

「助かるよ」

 

 とりあえず必要な薬品のストックを調べるとしよう。──とか──とか。さあ、楽しくなってきた。

 

 

 

「やあモルモット君。いい朝だね」

 

「おはようタキオン。その顔だと寝てなさそうだけど……」

 

「なに、いつものことさ。それはさておき、早速この薬を飲んでくれたまえ」

 

 彼女は差し出された薬品を、一切の躊躇いを見せずに一息に飲み干す。この調子だと、毒を差し出しても飲み干すだろう。無論、害のあるような物を飲ませたりはしないが。

 

「……光んないね? 今日のは、なんの薬?」

 

「別に普段だって光らせようと思っているわけでは無いよ? ……今回飲ませたのは中枢抑制作用による大脳皮質の麻痺をもたらす薬さ。少し眠くなるかもしれないが、それは正常な反応だから抗わなくていい」

 

「え……と、睡眠薬ってこと? 前も作ってなかったっけ」

 

「今回の薬の主作用はそこでは無いのさ。簡単に説明すると、うーん、そうだな。嘘が吐けなくなる薬、といったところかな?」

 

 薬のせいか、少しばかり彼女の目がとろんとしてきた気がする。理解しているのかしていないのか。まあどちらでもいいことだ。

 

「さて、それでは聞かせてもらおうかモルモット君。欲しいものでも、して欲しいことでも、したいことでも構わない。君の本当の望みを言ってごらん?」

 

「わたしの、したいこと?」

 

「うん。こうでもしないと、何もないとしか言ってくれないだろうしね」

 

「わたし──私を──して」

 

 聞き間違いかと思った。今回飲ませたのは、身近な現象で言えばアルコールに酔ったのと同じ状態になる薬だ。なのに、そんな事を言うなんて、ありえない。

 聞こえなかったから、もう一度。そう促せば、同じ言葉を繰り返した。

 

「タキオン、今すぐ私を殺して」

 

「も、モルモット君、何を……」

 

「お願い。早く。絞めても、折っても、なんでもいいから」

 

「待て、待ってくれ。意味が、わからない……」

 

 焦燥に満ちた顔で、狂った願望を口にする彼女の姿が、受け入れられない。

 

「おねがい、早く……死なないと。殺してくれないなら──」

 

 ふらり、と立ち上がって。ゆらりゆらりと窓の方へ。何歩か歩いたところで、呆気にとられている場合ではないと、力づくで引き止めるのが間に合った。

 

「離して! お願い……死なないと、私は! わたし──」

 

「……これを、飲むといい。すぐに、意識がなくなるから」

 

 ひったくるように、差し出した薬が奪われる。以前作った睡眠薬だ。代償にキツイ悪夢を見ることになるだろうが……いっそ、今の一連の出来事も夢だと思ってくれればいい。

 

 我ながら、即効性のあるいい薬だ。これで、少なくとも目覚めるまでは自殺衝動に襲われることもないだろう。

 

 こんなことになるとは思わなかった、などというのは余りにも無責任な言い訳だろうか。……科学者の端くれとして、予想できなかったなどというのは無能の証明にしかならないが、それでも、あんなものが予想できるはずもない。

 

 ずっと、抱えていたのだろうか。

 

 飲ませた薬に、希死念慮を誘発するような作用が無いことは自分の身体で確認済みだ。つまりアレは、正しく薬が作用した結果の、彼女が隠していた願望の発露。

 

 原因は、一体何だ? すべての物事には因果が有るはず。何もなく死にたいと思うような人間が居てたまるものか。

 彼女の口から、悩みを聞いたことはない。最も、何か抱えていたとしても素直に口にするタイプでもないが。

 自殺の理由。そんなものは十人いれば十通りあるような、画一的な答えがあるようなものでは無いだろうが。それでも無理矢理推察するなら……定番なのは、金銭問題や人間関係か? 

 

 中央のトレーナーというものは、高給取りだ。金銭的に困窮するというのは考えにくい。彼女自身、お金があっても使う時間がないと笑っていた。家族の借金などの可能性も無くはないが……いや、それなら金があっても時間がないなんて表現はしないだろう。

 

 人間関係……あいにく、これは私の苦手な分野だ。誰かとトラブルを起こした、なんて話は聞かないが、分かるのはその程度。彼女の友人関係も、家族関係も、私は知らない。

 

 健康問題。彼女に身体的疾患が無いことは知っている。精神的疾患は……少なくとも、聞いた時には無いと言っていた。

 

 こんな形で、今まで対人関係を疎かにしていたツケがくるとは思わなかった。私の乏しい経験では、彼女がここまで追い詰められた原因を推測することすら出来はしない。

 

 私が思い悩んでいることも知らずに、呑気……と言うには少し苦しそうな顔をしているが、眠っている。

 悪夢も、相当酷いものを見ていたりするのだろうか。君が見ている夢は、どんなものなのだろう。君にとって、最悪な事とはなんだい? 

 

 思えば、私は彼女のことをあまり知らない。尽くしてもらうのが当たり前になっていたから。彼女の好きな食べ物とか、趣味とか。そういう事を全然知らない。

 

 死のうとしている理由がわからないのも当然だ。そんなものが分かるほど、彼女のことを知らないのだから。

 本当に。何をしていたのだろうね、私は。

 

 モル……いや、トレーナー君の頭を自分の膝に移して。そんな事を思う。

 少しだけ表情が柔らかくなったような気がするのは、私の希望が見せる幻覚だろうか。

 

 起きたら、彼女ともっと色々な話をしよう。私達は同じ目標を持ってしまったせいで、他のことに目を向けてこなかった。何もかも、最短が最善というわけでもないだろう。

 

「……早く、目を覚ましてくれよ。トレーナー君。私達に欠けているものが分かったんだ。君の協力無しでは、埋められそうもない」

 

 彼女の髪を梳きながら誰にも聞こえない、聞こえて欲しいひとり言をこぼす。

 

 ああ。私は感情というものを、実に過小評価していた。ここまで心を乱されて、何もできなくなるなんて。

 彼女が『殺して』と言った時の絶望は、言葉で言い表せるようなものでは無かったし、もう二度と味わいたくない。

 

 果てへと辿り着く。その夢は一人で見たはずだったのに。いつの間にか二人のものになっていて。気づけば彼女が傍らに居ないことなんて考えられなくなっていた。

 

「大体、君が居なくなったら誰が私の面倒を見るんだ」

 

 こっちの気も知らずにすやすやと眠っている。少しだけ腹が立って──どうしようもなく、愛おしく思えた。

 

 全く。私がここまで変えられてしまっているなんて思いもしなかった。感情というのは実に手に負えないもので、恋心というのは更に厄介なものだ。実に容易く人を変えてしまう。

 

 ただ、まあ。悪い気はしない。

 

「好きだよ、モルモット君」

 

 敢えて、口に出してみる。なんだか心臓の鼓動が早くなって、顔が熱くなって──ああ、こんなのは私のキャラじゃない……! 

 

「……全部、君が悪いんだ」

 

 どうせ寝ているのだから、何をしたってわかりはしない。

 こっそりと、彼女の唇に自分の唇を近づけて。

 

 その距離を、ゼロにした。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 アグネスタキオンは問題児だと、誰もが言っている。まあそれは私にも一切否定できないのだけれど。だからといって、アグネスタキオンを担当する気がしれないという言葉には反論させてもらいたい。

 

 まず、実力はトップクラスだ。神話とまで讃えられたその脚は、決して過大評価ではない。生半可なウマ娘なら相手にもならない。

 

 そして何より、顔がいい。特に目だ。あの何もかもを切り捨てて、夢だけを狂気的に追う瞳。一目見て恋に落ちた。余分なものを切り捨て、残ったものこそが真に美しい。

 

 ここからは、他人には絶対に言えないが。あのスタイルもとても……凄く、良い。私の……オブラートに包んで言うとスレンダーな体型とは違って、実に女性らしい、メリハリの有る身体をしている。本人がそれに大して価値を感じていないのも良い。一度でいいからあの胸に顔を埋めてみたいものだ。住民票をタキオンの谷間に移しておくべきか? 

 

 研究に夢中になって、シャワーを浴び忘れていた時の匂いが好きだ。換気もせずに少し匂いがこもったあの部屋の、薬品と汗の匂いのする彼女が好きだ。流石に恥ずかしがって近寄らせてくれなかったけど、遠くから堪能させてもらった。

 

 私に生活の大半を依存するだらしのなさが好きだ。私が作った食事で、私が用意した飲み物で。彼女の身体が構成されているというのは実に興奮する。そのうち着替えや入浴まで私に依存してくれないだろうか。全てを私に任せて欲しい。

 

 ……ただ私が変態を晒しただけになってしまったが、兎も角。私にとってタキオンと過ごす時間は何物にも代え難くて、これ以上望むものなどなにもないのだ。……嘘。やっぱり胸は揉みたいしイチャイチャもしたい。膝枕とかして欲しいしお腹に顔埋めたい。

 

 

 

 そんなわけで、タキオンから何か欲しいものでも、と聞かれたときにはタキオンが欲しいと即答しそうになった。流石に自重したけど。こういう時私の死んだ表情筋は便利だ。

 一緒に居るだけで満足というのは私の本音だ。最高の美少女と同じ空間に居られること以上の幸せなど早々ないだろう。

 

 だからまあ、それで話は終わったと、油断してしまった。

 

 翌日。私にとってのいつもの日常。つまりはタキオンの作った薬を飲むモルモットとしての仕事がやってきた。昨日飲まなかった分二倍飲まされたりするのかとも思ったけど、そんなことは無いらしい。

 

 飲み干してから、そういえばいつもはどんな薬だか飲む前に教えてくれるのに、今回は無かったなと思って尋ねてみる。

 今回の薬の効果を聞いて──その瞬間、血の気が引いた。

 

 要は、自白剤。つまり、私のタキオンへの薄汚い欲望が知られる。

 

 駄目だ。嫌だ。絶対に知られたくない。嫌われたくない。

 

 どうすればいい? 私自身の口を封じる方法。何も喋れなくなればいい……ああ、簡単なことだ。

 

「私を殺して。タキオン」

 

 好きな人に殺される。それは紛れもなく私の『して欲しいこと』だ。

 

 そこからは……薬の作用か、よく覚えていない。

 

 

 

 次に意識を取り戻した時。何か柔らかいものの上に乗っているなとぼんやり認識した。

 

「大体、君が居なくなったら誰が私の面倒を見るんだ」

 

 タキオンの声がする。しかも、かなり近くから。思わず、開いたばかりの目を閉じた。

 

「好きだよ、モルモット君」

 

 ……起きたと思ったが、これも夢の中らしい。随分と私に都合のいい夢だ。とりあえずこの言葉を起きてからも思い出せるよう魂に刻み込まないと。

 

「……全部、君が悪いんだ」

 

 そんな言葉とともに、私の唇に柔らかな感触がやってきて。

 

 もう一度、気を失った。

 

 

 

 どこまでが夢で、どこまでが現実だったのだろう。

 

 随分と長く人の膝を占領していたねぇ、そう文句が飛んできた以上膝枕されていたのは現実。じゃああの言葉と……キスは? 

 

 流石に直接尋ねるわけにもいかない。

 

「それで、体調は大丈夫かい? 悪夢ぐらいは見たかもしれないが……」

 

「うーん……大丈夫、かな? あと、その……」

 

 それと、もっと重要なことが一つ。

 

「記憶が曖昧なんだけど、私薬飲んで変なことしなかった? 変なこと口走ったりとか……」

 

「……何も、無かったよ。あの薬は失敗作だ」

 

「あ、そうだったんだ。眠くなるだけだったしねぇ」

 

 なにかしてたら……というか、私の欲望が漏れてたらこんな風に口を利いてはもらえないだろう。いまいちよく覚えていないが、薬を飲んで何か言う前に寝てしまった、ということだろうか。

 

「うん。だから、今日の研究は中止だ。……ということで、モルモット君。食事にでも行かないかい?」

 

 中止かぁ。それなら時間も空くし、確かに食事にでも……食事? 

 

「え? タキオンが食事に行きたがるなんて……まだ夢?」

 

「失礼だな君は……結局ご褒美が渡せなかったからね。良いところでも紹介してあげようと思ったんだが。まあ君が行きたくないなら無理強いはしな──」

 

「行く行く。デートしようよデート。心拍数とか測っとくから」

 

「……いや、今回はそういう事はしなくていい」

 

 あのタキオンが? 明日は槍でも降るのだろうか。

 

「ゆっくりと、話をしよう。思えば私は、モルモット君の好みすら知らないからね」

 

 好みはタキオンだけど……? あ、食事の話か。

 

「あー……そういえばそういう話、したことなかったっけ」

 

「そうだとも。お互い、これからも一緒に居るんだ。そのぐらい知っておいてもいいだろう?」

 

 私のことを知ることに意味があるのかは分からないけど。そんなことより、これからも一緒に居ると、当たり前のように言ってくれたことが嬉しかった。

 

 好きだよ。タキオン。

 

 これからも、一緒にいよう。トレーナーでも、モルモットでもなんでもいい。

 

 貴女になら、殺されることすら喜びだ。

 

 




思ってたより好感触で嬉しいです。とりあえずネタ切れなのでアンケートにご協力ください。あと評価とお気に入りと感想くれるとやる気が出ます。

そもそも各話のその後の話って需要あるの?

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