ウマ娘を曇らせたい。あわよくば心配されたい   作:らっきー(16代目)

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ルドルフ:被害者。見知らぬ他人と愛するトレーナー、どっちの幸せを優先するのかを教えて欲しい。土下座すると常識の範囲内ならなんでもしてくれる

トレーナー♀:クズ。APP18。好きな人は虐めたいタイプ。寝起きはとても悪い


シンボリルドルフ

 レースに絶対はないが、そのウマ娘には絶対がある。世界に届くウマ娘、シンボリルドルフ。

 

 不敗の皇帝と呼ばれるようになって、数年経った。三冠を達成し、クラシック級を無敗のまま駆け抜けた。

 シニア級でも勝ちを重ねて──流石に、限界が来た。

 

 レースは。脚が速ければ、作戦を立てれば勝てるというほど単純なものではない。周りのウマ娘との噛み合わせ、その日のコンディション、バ場状態に天気や風速などの気候。様々な条件が重なり合って作り上げられている。

 

 今まで勝ち続けたことに実力が関係無い、などとは言わないが、運が良かったというのも多分にある。

 勝負は水物だ。勝つこともあれば、当然負けることもある。それがたまたま今回だっただけ。無論悔しさはあるし、次は負けたくないという思いもある。だが、逆に言えばそれだけだ。

 

 負けても良い、などと思ったことは無い。常に勝利を求めている。だが、一度の敗戦で折れるほど軟弱な心は持ち合わせていない。

 

 負けたのならば、更に自己を磨き上げ。実力で叩き伏せるだけだ。

 敗北しようと、私は変わらない。いつもどおりのトレーニングの日々に戻り、捲土重来。雪辱を果たしてみせよう。

 

 ……何も知らない私は、そんな風に考えていた。

 

『期待』を裏切られた人間の醜さを、知らなかった。

 

 

 

 初めての敗北は、予想していたよりも大々的に報道されていた。私に勝ったウマ娘は、まるで魔王を討ち取った勇者のような扱いで、皇帝の凋落だと書き連ねられている。

 先輩三冠ウマ娘に勝ったときから薄々思っていたが、どうも私にはそういう意味での人気というものが欠けている。彼女は走り方の与える印象の違いなどと言っていたが、どうなのだろうか。

 

 ……気にしても、詮無きこと。まあ少しばかり面白くないという思いもあるが、結局の所、勝てば良いのだ。それだけでまた掌を返すだろう。

 

 そんなことを思って、報道への興味を無くした。この時。もっと、それこそ隅々まで記事を読んでいれば。

 もっと早く気づいていれば、打てる手もあっただろうに。

 

 良くも悪くも、私の敗戦は話題になった。大手から個人まで、取材の申込みがひっきりなしに来るくらいには。それは私宛だったり、トレーナー君宛だったりするが、日常に支障をきたしかねないそれに、流石に学園から調整が入った。教育機関として、一生徒にそこまでの負担はかけられないと。

 

 懇意にしている記者やある程度信頼の置ける大手。それらからの取材だけを受け、残りは……悪く言えば、黙殺。全ての相手に言葉を届けるのが理想ではあるのだろうが、現実問題としてそれは難しい。ままならないものだ。

 

 メディアにも種類がある。ただ淡々と事実を述べていくもの、事実を基に自社の考えを述べていくもの。都合のいい事実だけを切り取って大衆を扇動していくもの。事実など関係なく、ただ目を引く言葉を並べ立てるもの。

 

 ネットワークの発達により総発信社会となっている現代。見られるためにより過激になっていく人間は少なくない。そして受け取る側も、正しさより面白さを優先する。どうせ、他人になどそこまで興味はないのだ。過激な言葉が、エンターテイメントとして消費されている。

 

 ……ここからは、後になって知った話だ。

 

 私の『ファン』を名乗る人物が、SNSに書き込んだ。皇帝の敗北は無能なトレーナーのせいであると。まともなトレーニングメニューも組めず、適切な指示も下せない無能だと。

 

 単なる愚痴のようなもの──それでも許し難いが──だったそれは、恐らくは本人が思っていたよりも拡散された。

 

 人は、信じたいものだけを信じる。

 

 皇帝の強さを信じていた者にとって、分かりやすい悪役は実に便利で、殴りやすいモノだったのだろう。

 一人の愚痴は、すぐにネットの記事になり、あたかも真実のように扱われた。一人の女性を、分かりやすい悪として、正義に酔って殴りつけた。

 

 そして大衆は、その程度で満足しなかった。この程度では殴り足りない、燃やし足りないとさらなる疵を求めた。……それが真実かどうかなど、誰も気にしてはいなかった。

 

 私生活を覗いて。過去を暴こうとして。望んだ醜聞が見つからなければ、『匿名希望の関係者』に有りもしない過去を語らせる。

 

 追い詰められるのは、当然のことだ。

 

 

 

 ある日、トレーナー君が学園に来なかった。

 

 無論人間である以上、体調不良を起こすこともあるだろうが、それにしても連絡も無しで、というのは……彼女の性格からして尋常ではないように思う。

 

 こちらから連絡を入れるべきかと悩んでいたところで、たづなさんから呼び出しが入った。

 生徒会業務で学園と調整するような案件が今あっただろうかと少し考え、トレーナーの件と言われ、思考を止めて一も二もなく向かうことにした。

 

「失礼します、シンボリルドルフです。それで、話とは?」

 

 思っていたよりも自分の中に余裕というものが無かったようで、そんな単刀直入な、不躾な言葉をぶつけてしまった。

 幸い気分を害した様子は無かったが……なんと言えば良いのだろうか。言葉を選んでいるような、言いあぐねているような、そんな様子が見て取れた。

 

「ルドルフさんのトレーナーの事なのですが……その、どのくらい知っていますか? なんと言えばいいのか……世間からの声、というか」

 

「……私の敗北の原因だとか、そのように言われている程度は。不甲斐無い事です」

 

 私の返答に一度瞑目し、黙って一冊の本を差し出してきた。

 

 いわゆる、ゴシップ系の週刊誌。『業界の裏話』だとか、後は……性と暴力を取り扱っているような三流雑誌。

 

 付箋が挟まれているページを開いて。思わず、取り落しそうになった。

 ただ人を貶めるためだけに書かれた記事を読み進め、なぜ言い澱んでいたのか、今まで耳に入れてこなかったのかを理解した。大切な人が『淫売』だとか『阿婆擦れ』だとか言われているような物、誰だって見せてやろうとは思わないだろう。

 

 気がつけば。持っていた雑誌を文字通り真っ二つに千切り裂いていた。

 

「──申し訳、ありません」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

「事実無根、としか思えないのですが。……学園として、対応は?」

 

「お察しの通り、そこに書いてある内容は出鱈目でした。こちらとしても抗議と、謝罪と訂正がなければ法に訴えるとは言っているのですが……」

 

「どうせ。適当に誤魔化し、引き伸ばしているのでしょう」

 

 正しい方が報われるとは限らない。世界的スターが冤罪で評価を落とし、未だにその冤罪を信じている人が居るように。裁判は時間がかかりすぎ、嘘だと判明する頃には、大衆の興味など他に移っている。相手はその間に作った醜聞で金儲けというわけだ。

 

「可能な限り圧力はかけるつもりです。幸い、伝手は沢山有りますから。ただ……」

 

 人の心は壊れやすく、一度亀裂が入れば取り返しがつかない。既に職場に来ることすら危うくなっている彼女は、果たしてどれほど追い詰められていることだろうか。

 

「誠心誠意、彼女の支えとなりましょう」

 

 皇帝の杖として。ずっと支えてくれた恩に少しでも報いるために。

 

 

 

 以前教えてもらったトレーナー君の家。学園内のトレーナー寮に住まないのは何故なのだろうか? そういえば、聞いたことがなかった。

 

 やや緊張しつつ、インターホンを押す。……返事がない。少し待って、もう一度。返事はなかったが、ガタゴトと物音が聞こえてきた。

 

「トレーナー君、聞こえるかい? 私だが……今、入っても?」

 

 ちょっと待ってーと間延びした声が聞こえてくる。留守、などというオチでなくて良かった。それに、思っていたより元気そうな声であったことも。心配をかけたことと、無断欠勤したことに文句を言ってやろう。

 

 やや時間が経ってから、お待たせ、とドアが開いて。風呂上がりだと一目で分かる格好で出てきた。君はまたそんな格好をして、と説教をしようとしたところで。

 

 鉄の匂いと、ぽたりと手首から垂れている赤い液体に気づいた。

 

「と、トレーナー君……それ、は」

 

「え? あー、やば。まだ止まってなかったか」

 

 床が汚れるなぁ、となんでも無いように言う。その姿が、どうしようもなく壊れて見えた。

 

「ごめんルドルフ。ちょっと包帯巻いてくるから……上がって、座ってて。お茶ぐらいしか出せないけど」

 

「……私も、手伝おう。自分では巻きにくいだろう」

 

「そう? 助かるよ」

 

 幸いと言って良いのか。そこまで深く切ったわけでは無かったようで。包帯を巻いて、軽く押さえているうちに出血は止まったようだ。

 

「もう大丈夫かな? ありがとね。……えっと、それで。なんで来たんだっけ? あ、休んだからか」

 

「まあ、その通りだ。何かあったんじゃないかと心配になってね。起きていたなら連絡の一つも入れて欲しかったよ」

 

「やー、申し訳無い。ちょっとそれどころじゃなくってね」

 

「それは、何をしていたんだい?」

 

 努めて、優しい声で。追い詰めないように。

 

「えっと……仕返し?」

 

「仕返しとは?」

 

「うーん……なんて言うんだろ。自分達がしたことの結果を思い知らせる、かなぁ」

 

 そのために死のうとしたのか? とは流石に聞けなかった。

 仮に。今彼女が死を選んだとして。きっとそれは大した意味を持たないだろう。世間は悪人が一人死んだ程度にしか思わず、すぐに忘れる。名誉回復の機会も失われるだろう。

 

 第一、私が嫌だ。もし、それが最善の手段であったとしても認められない。

 

「そんなこと、しないでくれ。私が、私達がなんとかしてみせるから。だから──」

 

「今まで何も出来なかったのに?」

 

 私の思いは、そんな一言で切り捨てられた。

 

「ああ、いや、怒ってるわけじゃないよ? 別に、何が出来る訳でも無かっただろうしね。ただ、なんていうか……ちょっと、疲れちゃった」

 

 全てを諦めたような、冷めた笑い。トレーナー君のそんな顔を、初めて見た。

 

「みんな、『悪い人』には何をしてもいいと思ってるからさ。有名人になるのも大変だね。一方的に知られて、憎まれて、後ろ指さされる」

 

 私の知らない世界の話。彼女が独りで耐えてきた世界の話。

 

「知って欲しくなかったんだけどさ。こんな事。ルドルフには、迷わず理想を叶えて欲しかったから」

 

 全てのウマ娘が、誰もが幸せになれる世界。それを実現すると誓って、理想を共にするトレーナーとも出会えた。

 

「私は……暫くは、無理かな。酷い目にあわされて、それでも相手の幸せを願えるほどの聖人じゃ無いからさ」

 

 本当に。そんなものが理想なのだろうか? 世の中には、幸せになる価値など無い人間も居るのでは? ──そんな思考が、思い浮かばなかったと言えば嘘になる。

 

「酷い顔してるよ? ……だから、知って欲しくなかったんだ。ルドルフは、優しいから」

 

 そんな顔をしないでくれ。そんな事を言わないでくれ。そんなに追い詰められているくせに、私のことを気遣わないでくれ。

 

「……ごめんね? 変な話して。明日はちゃんと行くからさ。誰かに聞かれたら大丈夫そうだったって言っといてよ」

 

 そんな言葉で話を終わらせて、立ち上がろうとしたトレーナーを引っ張って。力づくで抱き締めた。

 

「ちょ──え、ルドルフ?」

 

「独りにしたら。今度こそ死ぬ気だろう」

 

「そんなことは……あー、あるかも」

 

「嫌だ。君を失ってなるものか。好きな人を死なせるくらいなら、力づくでも私の物にする」

 

 このまま離したら消えてしまいそうだったから。繋ぎ止めたくて言葉を紡いだ。

 

「すき……好き!? え、な……え?」

 

「ずっと、誰よりも近くで支えてくれた相手だ。好意を抱くぐらいおかしくは無いだろう」

 

「うー……顔熱いんだけど……狡いよルドルフ」

 

「君が少しでも元気になってくれるなら、ズルでも何でもするさ」

 

 彷徨っていた彼女の腕が、私の背中に回された。

 

「ルドルフは、あったかいね」

 

「まあ、ヒトよりは体温は高いかもしれないが……」

 

「そういうことじゃないよ。ねえ、ルドルフ」

 

「なんだい? トレーナー君」

 

「好きだよ」

 

 確かにこれは、中々にくる物がある。全く、狡いのは君も同じじゃないか。

 

 なぁ、トレーナー君。

 世界は美しくはないかもしれないけれど、それでも。私達を出会わせてくれるくらいには、優しいんだ。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 担当ウマ娘、シンボリルドルフが負けて。世間は私に責任を求めてきた……などと言うといかにも深刻な事態に聞こえるのだけれど、私にとっては案外そうでもない。

 

 SNSは公式的にやらされているものだけだし(botにしてすぐに学園に管理をぶん投げた)世間の顔色を伺うほど繊細な性格もしていなかったから。

 

 だから、数少ない友人──と言っても同僚だが──から教えてもらうまで、どんどん悪評が加速していることにも気づかなかった。

 

「うわー……すごいなぁ。流石に、ルドルフには見せられないね」

 

 よくもまあこんなに思いつくものだという罵倒の数々から、昔懐かしい技術、アイコラで作られたと思しき私の……まぁ、そういう画像まで。SNSを調べてみればそんなもの達がすぐに見つかった。

 

 一先ず名誉毀損で訴えるために名前をリストアップしておくとする。SNSの誹謗中傷の慰謝料の相場は十~五十万らしい。濡れ手で粟の大儲け。ガポガポですわ! 

 

 画像に関しては甚だ不服だ。男になぞ興味はないし、大体私の胸はもっと大きいんだが。そこらのAV女優程度が私の美しさに勝てると思わないで欲しい。顔も身体もどう考えても私のほうが優れている。

 

 とりあえず私の胸の方が大きいと反論を流しておこう。『コラージュ乙。どう考えても映像見た感じルドルフのトレーナーのがスタイルいいだろ。童貞には分かんないか』こんなもんか。

 

 あとは名誉毀損の裁判を起こす時用に弁護士でも探しとくか。それに散々悪評を流してくださっている出版社を調べて、学園を通して訴訟を起こしてやろう。

 

 そんな諸々をやっているうちに気づけば時間が経っていて、深夜を過ぎて、眠気に耐えきれずに寝落ちしていた。

 部屋に入ってきた陽の光で目を覚まして。時計を見れば十四時……十四時? 

 

「お、終わった……」

 

 完全に寝坊だ。携帯の通知を見ればルドルフと、それにたづなさんからの大量の通知が入っていた。とにかく謝罪の文章を……ダメだ、寝起きで頭が働かない。とりあえずシャワーを浴びて目を覚まそう。

 

 寝惚けていたからだと言い訳をさせて欲しいのだが、シャワー中に一つ考えが思いついてしまった。

 慰謝料を狙うなら傷ついているとアピールできたほうが良いのでは? つまり手首をぶった切って傷でも作っておいたほうが良いのでは? ついでに目も覚めるし。

 

 ぼんやりした頭で剃刀を手にとって、手首に当てて引いて痛みで正気に戻った。何やってるんだ私は。

 一先ず血を洗い流して切った所を圧迫して出血を止める。そこでインターホンが鳴っていることに気がついた。

 

 たづなさんあたりが様子を見に来たか? と思ったが声でルドルフだと分かった。最低限の身支度を整えて迎え入れる。様子を見てこいって言われたのかな? と思っているところで、どうにも顔色を悪くしていることに気がついた。

 

 それは……? と震える声と共に手首を指さされて、ちゃんと止血できていない事に気づいた。

 

 包帯を巻くのを手伝ってもらって、何をしていたのかという質問に答える。

 何を、と言われれば訴訟の準備なのだが。一言で言うなら……

 

「仕返し?」

 

 私の言葉に、そんな事しなくてもなんとかしてみせると言われたから、少し意地悪したくなって、何も出来なかったのに? と返す。これだけ酷くなっているということは多分そういうことだろう。

 

 私の言葉に、ルドルフが余りにも……そう、泣きそうな顔をしていたから。思わず気持ち悪い笑いが浮かんでしまった。

 

 もっとそんな顔が見たくなって、いかにもこの状況に傷ついていますというような風を装って言葉を続ける。ルドルフは優しいから、私が傷ついている事には耐えられないだろう。

 

 蒼白、という言葉ですら生温い顔をしている彼女に少しやりすぎたかと反省する。流石にもう止めておくべきかと、とりあえずルドルフに帰ってもらおうとしたところで、彼女に抱き締められた。

 

(!?!?!?!?)

 

 え、柔らかい。でも筋肉のがっしりとした感触もある。ルドルフ結構胸あるな。てか顔近っ! そして顔良すぎ。私と同じくらい美人だよな。ああ、なんかいい匂いもする。

 

「好きな人を死なせるくらいなら、力づくでも私の物にする」

 

「すき……好き!? え、な……え?」

 

 告白されたことがないような初々しい人間ではないけれど、こんな美人の、しかも教え子に告白されたのは初めてだ。

 

 思わず顔が熱くなって、我慢できずに抱き締め返す。

 

 好きだよ、と返してやれば私を抱き締める力が少しだけ強くなった。

 

 こんなに良い思いをしてしまっていいのだろうか。

 

 今日の世界は、どうにも私に優しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




救いの無い曇らせを求めている人と曇らせつつ最後には晴れるのを望んでる人がいる気がする。

私のやる気スイッチはお気に入りと高評価と感想です

そもそも各話のその後の話って需要あるの?

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  • プロットだけ見たい
  • 見たくない

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