ウマ娘を曇らせたい。あわよくば心配されたい   作:らっきー(16代目)

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シリウス:被害者。弱い人を惹き付けるカリスマがある。土下座すると好感度が落ちる。有名人だからこそ自分を知らない人が好き。アリソンで例えるとベネディクト

トレーナーでは無い人♀:クズではないがメンヘラ気味。18歳未満は入れないお店で働いている。シリウスシンボリもシンボリもダービーも凱旋門賞も知らない


シリウスシンボリ

 折角の休みなのだからと、街まで繰り出して楽しんでいたのに。突然の雨に台無しにされた。

 天気予報は一日中いい天気になる、などと言っていたのに。全く誰に許可をとってこんな天気になっているのやら。

 

 一先ず手近にあったコンビニの軒下に避難するも、どこかの店に入って雨宿り、なんてするには最早手遅れなほどには濡れ鼠だ。

 

 軟な鍛え方はしていないつもりだが、それでも確かに体温は奪われていく。このままにしていれば、風邪を引くのは最早確定路線だ。

 

 温かいシャワーを浴びたい。身体の芯から温まりたい。

 そんな事を思って、それが無理では無いことに気がついた。アプリを起動して、濡れて操作がしにくい手でメッセージを送る。

 

 既読の通知はつかないが、どうせ寝ているか部屋で動画でも見ているだけだろう。

 

 ここからなら大した距離もない。身体を温めるのにも丁度いい。ウマ娘らしく、走って彼女の住んでいるマンション(アパートかもしれないが、違いをよく知らない)へと向かう。

 

 雨脚は強くなるばかりで、走っている間に汗だか雨だかわからなくなるぐらい、全身に濡れてない所は無くなった。どうせ濡れるならジャージを着ているときにでもしてもらいたいものだ。肌に張り付く下着の感触が気持ち悪い。

 

 ようやく辿り着いて、インターホンを鳴らす。三、四回鳴らしたところでようやく起きたようで、スピーカー越しに彼女の声が聞こえる。

 

 開けてくれ、と頼めばすぐに扉が開いて迎え入れられた。

 

「また今日も急だね……うわ、びちょびちょじゃん。タオル……いや、シャワー使う?」

 

「助かるよ……アンタは、その間にちゃんとした服を着ろ」

 

 やだよ、面倒だもん。なんて声を聞き流して、勝手知ったる彼女の家の浴室へと向かう。後は任せておけば、文句を言いながら洗濯も、着替えの準備もしておいてくれるだろう。

 

 本音を言えば浴槽にも浸かりたかったのだが、やはりメッセージは見なかったらしい。まあいつものことだ。彼女がこまめに通知を確認している姿など想像もできない。

 浴室の、高くも安くも無いそれなりのシャンプーとボディソープを拝借して身体を綺麗にする頃には、シャワーの温かさでそれなりに身体は温まった。

 

 タオルで水気を拭き取って、用意されていた服に身を包む。身長も体型も似通っているから、サイズが合わないとはならないが、流石に尻尾の穴が無いからそこは窮屈だ。

 

「なあ、穴空けていいか?」

 

「ダメに決まってるでしょ。ほら、乾かしたげるからこっちおいで」

 

 ドライヤーを手にした彼女に招かれるままに、大人しく身を任せる。髪も尻尾も任せていいと思えるくらいには、信用している。

 

 ドライヤーの温風と、髪を撫でる彼女の手の感触が心地良い。初めてやらせた頃はもっと雑だった癖に、何度も任せているうちにどんどん上達していった。

 

 終わったよ、という声に少し寂しくなる。そんな内心を悟られる訳にはいかないから、お疲れさん。と余裕ぶってねぎらいの言葉をかける。もっとちゃんと感謝しなさいという言葉とともに、軽く頭を叩かれた。私にこんな扱いをするのはコイツくらいだ。

 

 それが楽しい、なんて絶対に言ってやらないが。

 

「アンタ、今日は何してたんだ? 私のメッセージも無視して」

 

「無視……? あー、ほんとだ。気づかなかった。別に、いつもどおりだよ。お酒飲んでダラダラしてただけ」

 

「薬は?」

 

「今日は飲んでないよ……何、私のこと心配してくれてる?」

 

「別に。雨宿り先が無くなったら困るだけだ」

 

「ふふっ。シリウスは優しいね」

 

「アンタさては人の話聞いてないな?」

 

 酒と睡眠薬と向精神薬のカクテルを作っていないのは取り敢えず一つ安心材料か。生死に頓着しないこの人は、危ないから止めろと言っても聞きやしない。

 

 本音を言えば、薬だけでなくアルコールも止めてもらいたいものだが。強いから。と言っているし、実際に急に訪ねようと酔い潰れているような姿は見た事無い。

 ただ、強い酒を好んで飲んでいる事は知っている。

 

 机の上の酒瓶を見てみれば、40%の文字。どう考えてもこれだけで飲む物では無いと思うのだが、部屋を見渡しても混ぜ物が見つからない。ツマミの空き袋は幾つかあるが。

 

「酒って、そんないいモノなのか? アンタ、いっつも飲んでるけどさ」

 

「アルコールは、現実から逃げたい人間への神様からの贈り物だよ。現実が辛ければ辛いほど、美味しくなるんだ」

 

「だから私が居る時は飲んでないのか?」

 

 揶揄うつもりで言ったそんな言葉。実際は未成年の目の前で飲むのは良くないとか、その程度の良識だろう。

 

「ん? そうだけど。シリウスが居る時は辛くないからね。君がずっと居てくれればお酒も止められるんだけどな」

 

 ……本当に。どうにもコイツにはペースを握られてばかりだ。相手を照れさせるのはむしろ私がいつもやっている事の筈なのに。

 

「あははっ、顔赤くなってるよ。……冗談だよ。子供にそんな事頼まないって」

 

「やめろ、頭を撫でるな。…………傷、また増えたな」

 

 子供扱いされて、頭を撫でられて。どうしたって視界に、傷だらけの手首が映り込む。下手に止めさせて悪化する方が怖いから。死なない程度なら好きにしたらいいと割り切っている。

 だがそれはそれとして。傷跡を見るのは気分の良いものでは無い。それが好意的に思っている相手なら尚更に。

 

「え……? あぁ、手首? まあね。本当に、やってられない人生ですよ。……ごめんね、汚いもの見せて」

 

 自嘲するように、自分を貶めるような事を言う。そんな事は無いと否定してやりたくて。彼女の腕を取った。

 

 指先で、幾筋もある傷跡をなぞる。

 触れた瞬間声を上げるものだから、痛かったかと焦って問えば、ただ擽ったかっただけらしい。

 

 古い、もう消えかけている傷跡から。新しい、まだ瘡蓋になっている傷跡まで。手首から前腕の真ん中ほどまで傷が付いている。

 ん……! と少しだけ大きい、艶めかしい声に驚けば、少々夢中になりすぎてしまったようで、瘡蓋が剥がれ、赤色が僅かに滲んでいた。

 

 その赤が。彼女が生きている事の証明が。言葉に出来ない程に綺麗に思えて、気がつけば、その傷口に舌を這わせていた。

 

「ちょっ……! シリウス、汚いって! あとなんか恥ずかしい!」

 

「止めてほしけりゃ抵抗すればいいだろ?」

 

 彼女が大声を出すのは珍しい。大人っぽい……というか、事実大人なのだが、そんな彼女が少女のような反応をしているのが、少し面白かった。

 大した血の量でも無し。何度か舌を動かせば、それだけで綺麗になった。

 

「ほら、私なりの謝罪だ。止血と消毒。光栄に思えよ?」

 

「……なんか、違う意味で汚された気がする」

 

「おいおい、私は汚れか? 傷つくね」

 

 そうじゃないけどさ、と言っている彼女は、少しだけ満更でもなさそうにも見えた。

 

「嫌なら、もう手首切るなよ」

 

「……切ったら、またしてくれるの?」

 

「お前……わざとやるような奴のとこには、もう来ねえぞ」

 

「シリウスがそういうこと嫌いなのは分かってるよ。うん、まぁ……なるべくやらないようにはするよ」

 

 その言葉が、少しでもアンタを繋ぎ止める鎖になってくれればいいが。

 誰よりも優しいアンタは、その分誰よりも傷ついていて。しかもそれを誰にも相談しようとしない。

 

 アンタの事を慕っている人だっているのに。力になりたいと、そう思っている人だっているのに。自己評価の低いアンタはそんなことにも気づかないし、認めようともしないんだろうな。

 

「なるべく。じゃなく、止めるって言ってほしいんだけどな」

 

「……出来ないことは言わない主義なんだ」

 

 気まずそうに顔を少し背けて、そんな事を言う。大人の癖に、可愛らしい仕草をするものだ。

 こんな近くに居るのが悪いと、心の中で誰に言うわけでもない言い訳をして。彼女の背中に手を回す。少しは照れて欲しいものだが、手慣れた様子で抱き締め返してくる彼女に、少しだけ複雑な感情を覚える。

 

「どうしたの? 甘えたくなっちゃった?」

 

「……いや? その余裕を、奪ってやろうと思ってな」

 

 首筋に口を近づけて、牙を突き立てる。

 ……どうにも、彼女が痛みを堪える声は官能的な響きがある。

 

 ゆっくり私の存在を刻み込んでから離せば、くっきりと残った歯型と、彼女の首と私の口を繋ぐ唾液の橋が残った。

 

「……リスカなんかより、こっちの痛みの方がいいだろ?」

 

「うん……すごく、良い。ね、もう一回してよ」

 

 リクエストにお応えしてもう一度。しっかり覚え込ませるように。噛む力だけで私だと分かるように。

 

「あー……ヤバイね。癖になりそう」

 

「被虐趣味でもあるのか?」

 

「そうじゃないよ。シリウスにしてもらったから、良いの」

 

「……また、生きてるのか分からなくなったら。自分を切るより、今の痛みを思い出せ」

 

 生を実感するために死に近付こうとする。自分が生きている証を見ないと生きていると思えない。かつてそんな事を語っていた彼女は、やはりどこか壊れてしまっているのだろう。

 傷ついて欲しくない、死んで欲しくないというのも、単なる私の我儘に過ぎないのかもしれない。

 

「……やっぱり、シリウスは優しいねぇ」

 

 それでも、私はアンタと過ごす時間が好きなんだ。

 

 

 

 アンタにとって、私は何なんだろうな。

 

 それなりに、好いてくれているのだろうとは思う。時々甘えてくれるし、可愛がられている自信もある。

 ただ、どこまで本気になってくれているのだろうか。私が子供で、彼女は大人だから。どうにも一線を引かれているように思う。

 

 金銭のやり取りで生み出される偽物の愛に慣れた彼女は、私の思いをどう感じているのだろう。子供の一時の憧れだとでも思われているのか、見慣れた偽物だと思っているのか、それとも、少しは伝わっているのだろうか。

 

 愛してる、なんて言葉は聞き慣れているのだろう。簡単に口に出せる言葉に、そんな軽いものに。きっと意味なんかない。

 

 私は、そんな軽薄な言葉を並べ立てるようなヤツにはならない。いつかアンタが信じてくれるまで、態度で、心で、示し続ける。

 

 ずっと一緒には居られなくとも。アンタがそれを望んでいなくとも。

 せめて、雨が止むまでは一緒に居よう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 休日のお供は、大体の場合アルコールだ。

 昔は朝から飲むということに罪悪感を感じていたような気もするけれど、最早慣れてしまって休みの日のルーティーンと化している。

 

 ネットで動画サイトだったり、流行りの映画だったりを垂れ流して寂しさを紛らわせつつ、アルコールで脳を麻痺させる。

 

 面白さはよく分からないし、別段興味があるわけでも無いのだけど。無音は寂しいし、話題作りにもなるから仕方がない。まあ、知らない人に教えてやるのが楽しいという客も居るけれど。そういう時は知らないフリをするだけだ。

 

 一つ映画を見終わって。ふと外を見てみれば大雨が降っていた。

 

 晴れているからと出かけようとしなくてよかったと、自分の判断を褒めつつ携帯を見てみれば、愛しい相手からのメッセージが入っていた。

 

 シリウスシンボリ。彼女と初めて会った時もこんな雨の日だったっけ。

 

 気まぐれに外に出て、濡れ鼠になっていた女の子を家に招いた。言葉にすればそれだけの、大して特別でもない出会いだったのだけど。彼女からしたら自分の存在を知らない相手というのは珍しかったらしい。

 

 そんな事を言うウマ娘ということは、きっとそれなりに有名なウマ娘なのだろうけど。生憎私はレースとかそういう物には余り興味がない。あんなキラキラした世界は、少しばかり眩しすぎるから。

 

 そんな態度が尚更気に入られたようで。アンタと居ると気楽でいい、なんて言いながらふらっと家に遊びに来るようになった。私も……まあ、寂しさは紛れたから、来てくれるのは嬉しかった。

 

 何度か逢瀬を重ねているうちに、色々な事を話した。仕事とか、家族の問題とか、子供に聞かせるのはどうなのかと思う内容も結構あったのだけど、これで離れる相手ならどうせ長続きはしないだろうとぶちまけた。

 

 幸い、と言うべきか。蔑まれることも憐れまれることもなく、私達の関係は続くことになった。

 

 そんな出会いの話はさておいて。メッセージを確認すれば、雨に降られたから家に行かせろとのことだった。風呂を沸かしておいてくれ、などという図々しさも彼女らしい。

 

 タオルと着替えを用意しておく。風呂は沸かさないしメッセージに既読も付けない。何もかも思い通りになると思わないで欲しい……なんて理由ではなく、彼女にはその方がウケが良いからだ。反骨精神とでも言うのか、自分に従わない相手の方が好ましいらしい。

 

 インターホンの音が、彼女の来訪を知らせる。待ち望んでいた、なんて思われたくないから。何度か聞いてから出ることにする。

 

 開口一番、ちゃんとした服を着ろと小言を言われた。別に誰に見られるわけでも無いのだから良いじゃないか。シリウスにならむしろ見せつけてやりたいぐらいだし。まあその程度で誘惑されるとも思えないけど。

 

 取り敢えずびしょびしょのシリウスを浴室に向かわせて、その間にドライヤーを用意したり部屋を言い訳の出来る程度に片付けたりする。

 

 暫く待って、湯上がりのシリウスの髪やら尻尾やらを整えてやる。初めての時はウマ娘の尻尾などどうやって取り扱ったものかと悩んだけれど、今となっては慣れたものだ。

 

 それにしても。若さ故なのか、肌も髪も綺麗で羨ましい。私も十代の頃は……いや、栄養失調とかで酷いものだったっけ。

 名残惜しいけど終わらせて、生意気なことを言う彼女を軽く叱る。

 

 

 

 何をしてたのかと聞かれ自分の行動を思い返して、酒飲んでただけだなと気づいたからそう答える。薬は……今日は、飲んでいない。アレを飲むと一日何もできなくなるし、翌日にも残るから。できれば飲まずに済ませたい。

 

 シリウスと少しお酒の話。飲んでみる? と言いたかったけど、流石に捕まるのは勘弁だ。

 私がお酒を飲むのは、素面じゃ現実の辛さに耐えられないからだ。せめて誰かそばに居てくれるなら。シリウスが一緒に居てくれるなら、お酒なんていらなくなるかもしれないのに。

 アルコールは、結局の所本当に欲しい物の代替でしかない。

 

 軽くからかうだけで顔を赤くするシリウスの少女性が愛おしくて、ついつい頭を撫でる。本当は私のような汚い人間が触れてはいけないのだろうけど、ここでは誰も見ていないのだから許して欲しい。

 

 撫でた手首を掴まれて、流石に嫌がられたかと思えばなんのことはない。ただ傷が増えていることを見咎められただけだ。

 

 ストレスの解消と、貴女のその顔が見たくて。こんな事を続けている。

 

 傷を撫でられて、むずむずとしたくすぐったさを覚える。皮膚が薄くなっている分神経が敏感になっているのだろうか。

 最近作った傷を撫でられて、瘡蓋が剥がれた時には流石に声が出た。痛みではなく、倒錯的な快感で。シリウスのくれるものなら、痛みでさえ愛おしい。

 

 ただ、流石に。その滲んだ血を舐められた時には驚いた。私の体液が取り込まれるという淫靡さと、汚いものに触れさせてしまったという焦りで。思わず大きな声が出た。

 

 思わず。また切ったら、もう一度してくれるのかと聞いてしまったのは、流石に失敗だった。そんな面倒な女は愛想を尽かされるだろう。

 

 なるべくやらないようにするから、と言って機嫌を直してもらう。止めて欲しいらしいが、私は、君が私の傷を見た時の顔が好きなんだ。

 

 そんな私を、貴女は抱きしめて。自分で行う自傷行為などとは比べ物にならない快感をくれる。貴女の牙が私に突き立てられた時、脳が痺れるような感覚を味わった。

 

 もう一回、と思わずねだって、すぐにその望みは叶えられた。

 

 死にたくなったら、今の痛みを思い出せ。

 まあ確かに、この快感を味わうためならもう少し生きてみてもいいのかもしれない。

 

 

 

 友人は居ない。家族も居ない。趣味も無ければ、生きる理由も無い。

 そんな私の前に現れた一等星。

 

 何故彼女がこんなに慕ってくれているのかは分からない。どこか通じ合う境遇だったのかもしれないし、偶々波長が合ったのかもしれないし、別に私だけじゃなく色んな人にこういう事をしているのかもしれない。

 

 私が手に入れられる、なんて思うほど自惚れては居ないけど。こうして抱き締めあっている間だけは私のものだ。

 

 傷を付ければ、私のことを心配してくれる? 私が死んだら、貴女の心のどこかを占領できるのかな。

 

 ああ、雨が止まなければいい。

 そうすれば、ずっと一緒に居る理由になるから。

 

 

 

 

 

 

 




書いててなんか今回の話雰囲気違うなって思いました。苦手な人は見捨てないでください。多分次からは戻るので。
好きな人は感想で良かったって言って教えてください

返してない感想もちゃんと読んでニヤニヤしてます。返しが思いついた時だけ返してます

アンケートは無視した訳では無いです、多分次話に反映されます

そもそも各話のその後の話って需要あるの?

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