ウマ娘を曇らせたい。あわよくば心配されたい   作:らっきー(16代目)

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エアグルーヴ:被害者。トレーナーの事は好きだが自覚していない。自覚しても卒業までは何も無い。土下座すると大体の事は許してくれる

トレーナー♀:クズ。恋愛観がマトモに育たなかった。女子校でモテるタイプの顔立ちをしてる。担当への想いは恋と呼べるほど綺麗なものではない。


エアグルーヴ

 マシな言葉で言うなら、魔性の女性。

 言葉を飾らずに言うのなら、節操無し。

 

 私のトレーナーを一言で表すなら、そんな言葉が相応しい。

 

 

 

「貴様……また生徒に手を出したらしいな?」

 

「ご、誤解だよグルーヴ。向こうから告白してきただけで……私からは何も」

 

「その言い訳は、これで何度目だ? 素直に断ればいいということを、いつになったら学ぶんだ?」

 

 指摘してやれば気まずげに目を逸らした。だって断るのは可哀想じゃないか。などと巫山戯たことを言っている。百歩譲ってそれが本心だったとしても、それなら可哀想ではない断り方でも練習すればいい。要は、このたわけは楽しんでいるのだ。

 

「それに……ほら、外の悪い男に騙されるよりは私のほうがいいだろう? 少なくとも、妊娠の心配は無い」

 

 思春期の年上への憧れというのははしかのようなもので、誰もが一度は経験するのだろうが。だからといって促進させていいわけではない。

 

「全く……なぜ貴様のようなヤツがモテるのだろうな……」

 

「まあ、顔かな。それに、グルーヴ以外には完璧超人だと思われてるからね、私は」

 

「何?」

 

「容姿端麗で、担当にトリプルティアラ取らせて、誰にでも優しいカッコいいお姉さん」

 

 誰のことを言っているんだ? とツッコミを入れたくもなるようなセリフだったが、確かに他のウマ娘から似たような言葉を聞いたことがある。貴女のトレーナーが羨ましいというような、そのような評価。

 

「そうか……外面だけは完璧だったな……」

 

「まぁね。部屋が汚いのも、料理ができないのも。知っているのは君だけだよ」

 

「嬉しくない秘密の共有だな」

 

 いっそバラしてしまえばいいのか? ……いや、それはそれで隙があると好意的に受け止められる予感がする。どうせなら節操の無さが広まって欲しい。

 同性だから周りからの警戒が薄く、トレーナーだから年頃の女子と関わる機会がそれなりにあって、求められれば断らない。

 なんとも教育に悪い存在である。

 

「……なぁ、貴様は年下の女にしか興味がないのか?」

 

「なんだい人を変態みたいに。男でも女でも、年上でも年下でも。私は私のことが好きな人が好きだよ」

 

 むしろその方が救いようがないのではないか? 要は誰でもいいということだろうに。いわゆるロリコンとどっちがマシかは悩ましいが。

 

「それなら都合がいい。いい加減学園外で恋人でも作れ。そうすれば貴様に憧れている生徒達も諦めるだろう」

 

「ええ……私は子供と恋愛ごっこしてるぐらいが気楽でいいんだけどな……」

 

「貴様の火遊びに学生を巻き込むな……大体、外に好いている相手の一人ぐらい居ないのか?」

 

 居ると答えてくれれば話は早いのだが。其奴とくっつけば全て解決……いや、その相手が既婚者だったりしたら別だが。本気になれて、社会的にも問題のない相手を見つけてくれ。

 トレーナーが本気になる相手とは、どのような相手なのか想像もつかないが。この軽薄な女性が、余裕を無くして顔を赤くしながら愛を囁いたりするのだろうか? ……なぜだか、少しだけ面白くなかった。

 

「居るよ、好きな人。ただ、その人は私のことは眼中に無さそうだけどね」

 

「む……貴様らしくもない言葉だな。そんなに諦めの良い人間ではないだろう」

 

「……ねぇ、グルーヴは。私が本当に恋人作ってもいいのかい?」

 

 面白くない、と思ったことが見抜かれたようなそんな質問に、正直に答えるのは少しばかり癪だった。

 

「プライベートにまで口出しはせん。犯罪でなければ、誰と付き合おうと自由だろう」

 

「ふぅーん。じゃあ、まぁ。適当に見繕ってこようかな」

 

 正直、断ると思っていたから。その言葉は少し意外だった。適当に見繕う、という言葉に再びわずかばかりの不快な感覚が胸の内に湧き上がったが、こちらから言い出したことだ。今更止めろと言う訳にもいかない。

 

 

 

 その気になれば誰よりも魅力的になれる彼女だから。さほど日にちも経たずに相手を見つけたと報告してきた。

 それを面白くないと感じている自分が居て。提案したのは私だろうとその思いを振り払った。

 

 彼女自身が噂好きのウマ娘を選んで彼氏が出来たと話したようで、それはすぐに学園に広まった。

 一番人気のトレーナーが誰かの物になった。というのを例えるならば、アイドルや俳優の結婚報告だろうか。

 祝福する者や嫉妬する者、それでも諦めないと宣言する少し困った者。反応はそれぞれではあったが、一先ず彼女への熱は落ち着いたと言っていい。

 

 それはそれで彼氏との話を聞きたがったりはされていたようだが、歳下の学生から交際を申し込まれるよりは余程健全な関係性だろう。教育に悪い事まで言っていないかは少し心配だが。

 

 数日間。その調子で時間が経って。生徒達との噂も聞かなくなって。ともかくこれで問題が一つ解決したと思っていた。

 

 彼女の様子がおかしくなったのは、その頃からだった。

 

 

 

 トレーナーの様子がおかしい。

 

 仕事に関しては何も問題はない。変わらずしっかりとトレーニングメニューは作られているし、書類に不備が増えたなんて事も無い。

 

 ただ、少しばかり口数が減っている気がする。他人の気配にやけに敏感になっている気がする。

 

 何か疚しい事でもあるのか? と冗談半分で聞いてみれば、今まで見たことのない剣幕で否定されて。思わず耳を伏せれば、消え入りそうな謝罪の声が聞こえてきた。

 

 いつも余裕があって、少なくとも外面は完璧な彼女のそんな姿は初めてだった。

 だから、つい魔が差した。

 

 トレーナー室に置き忘れられた彼女の鞄。なにか手がかりがあるのでは? と思い、若干の罪悪感を感じつつ勝手に中身を探ることにした。

 

 筆記用具、メモ帳、飲み物、印鑑。流石に携帯や手帳のような、プライベートが分かりそうなものは無かった。携帯はともかく手帳は入ってるのではないか、日記でもつけていないかと期待していたのだが。

 

 何も収穫は無かったかと、出した物を元に戻そうとしたところで。底に何かがあることに気がついた。

 取り出して確認してみれば、正体は錠剤の入ったシート。

 

「薬……?」

 

 薬剤名が記されていると思しき部分は黒く塗りつぶされていて、その正体は分からない。シートに入っているということはきちんと処方された薬なのだろうか? 彼女が薬を飲んでいた覚えはないが。

 

 何故、と問われればただの直感だが。彼女の様子がおかしい原因がここにあるのではないかと思って。この手の薬剤に強いウマ娘の手を借りることにした。

 

 

 

「おや、副会長様が何のようだい? 今日は規則に反した覚えはないが」

 

「今回はそうではない。これを──」

 

 先程見つけたシートを渡して、正体を確かめられるか問う。私にも予定というものがと渋られたから、少し強引に。多少の規則違反への目こぼしを条件に協力を取り付けた。

 らしくないことをしている、という自覚はある。……私の中で、彼女の優先順位は思っていたよりも高かったらしい。

 

 その様を面白がられたのか、憐れまれたのか。兎も角明日の朝にまた訪ねてくると良い、との言葉をもらった。

 

 そして翌日。トレーナーには用事があると朝練を無くしてもらって、実験室と化した空き教室へと向かった。

 

「ああ、来たか。結果から言うとだね。あの薬の成分は黄体ホルモン……いや、遠回しな話はよそうか。あれは経口緊急避妊薬。いわゆるアフターピルというやつさ。効果……は流石に分かるか」

 

 女性として、そのような薬があることは知っている。PMSなどでも用いられるピルとは用途が違うことも。必要になる場面も。

 

「私には似合わないセリフだがね。その薬を持っていたのが誰だか知らないが、慎重に接したほうが良い。……いつも笑顔でいる人が、本当に元気とは限らないからね」

 

 その言葉が、どこか遠く聞こえた。

 そんな薬が必要な理由。相手。あの態度。

 

 全部、私のせいだ。

 

 自分を殺したいと、初めて思った。

 

 

 

 どんな顔で彼女に会えば良いのか、私が彼女に何か声をかける資格があるのか。何も分からないままにトレーナー室に来てしまった。

 

 いっそまだ来ていないことを祈りつつドアを開けてみれば、既に来ていたトレーナーの姿があって。

 

「ああ、グルーヴ。用事はもう大丈夫? 忙しいならそれに合わせるけど……」

 

 昨日のアレは夢だったのではないかと思うほどに、いつもどおりの態度を見せる彼女。安堵感など全く感じられず、ただ痛々しく見えるだけだった。

 

「トレーナー……その、だな。……鞄の、薬を。……見た」

 

 何を言えばいいのかと、悩んだ結果は事実を伝えるだけ。

 

「あー……無いと思ったんだ。その感じだと、アレが何だかも、分かってる?」

 

「ああ。……私の、せいなのだろう?」

 

 彼女が今どんな顔をしているのか。確かめるのが怖くて、俯いたままで話す。

 

「うーん……どうかな。私の人を見る目が無かっただけとも言える。だから……うん。だから、気にしなくていいよ」

 

 それは許しの言葉ではあったが、むしろ突き放されたように感じさせる言葉だった。

 

「……許してくれ、などと言うつもりはない。ただ、責任は私にあるのだから……出来ることなら、何だろうとするから……」

 

 するから。なんだと私は言いたいのだろう。結局、許されたいだけなのではないか? 

 

「あー……いや、そんな事しなくていいっていうか……うん。全部嘘なんだ。あの薬もネットで買っただけ。グルーヴに誰かと付き合えって言われるのが嫌だったからつい……」

 

「今更誤魔化さないでくれ! 私から、贖罪の機会まで奪わないでくれ……」

 

 楽になりたいだけ。そう指摘されても否定はできない。相手が望まない贖罪に意味など無いだろう。

 私のエゴでしか無い。彼女の優しさに甘えている。

 それでも、何かしないと。……罰を受けないと、心が壊れてしまいそうだった。

 

「じゃあ、ちょっと目を閉じてじっとしてて」

 

 言葉に従い、その通りにする。怒鳴られようと、殴られようと。何をされても受け入れようと覚悟を決め。

 

 そして、彼女は。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 子供の頃両親を見て、自分もいつかこうなるのだろうとなんとなく思っていた。悪い意味ではない。

 ただ、いつか人生の伴侶を見つけて、子供でも作って、幸せな家族を築くのだろうと思っていた。

 

 中学生ぐらいの頃。周りは好きな異性の話で盛り上がるようになった。誰が好き。あの人がカッコいい。誰と誰が付き合っている。よく分からない話だった。

 

『──ちゃんは、誰が好きなの?』

 

 本当に、よく分からない話だ。

 

 

 

 運命の人、なんて夢見ていたわけでは無いけれど。いつか好きな人ができるのではないかと思っていた。

 偶々まだ良い人に出会えていないだけ。もっと色んな人と会えば。もっと色んな世界を知れば。

 

 高校卒業の年、初めて恋人ができた。

 それなりに仲良くしていた男子で、成績優秀な優等生で、人格も申し分ない。

 こんな人を好きになれたら、きっと『幸せ』なのだろうと思った。

 

 元々友人であったから。一緒に居るのはまぁ楽しかった。

 色んな所に出かけて、一緒に食事をしたりもして。周りから見ても仲の良いカップルに見えたと思う。

 

 ただ。両親がしていたように触れ合いたいとか、物語でよくある胸のトキメキだとか。そういう気持ちは、全く無かった。

 

 温度差のある関係が上手く続くはずもない。彼はなんとか私の心を向けさせようとするようになったし、私はなんとか好きになれるように無理をした。

 

 繋いだ手の感触も、囁かれる愛の言葉も。

 全部。気持ち悪かった。

 

 結局別れたけれど、その頃はまだ楽観的でもあった。あの人は『特別な人』ではなかったけど、いつかは特別を見つけられるだろうと。

 

 大学生になれば。年上なら。年下なら。女性が相手なら? 身体を重ねたら? 

 

 結局。誰のことも好きになれなかった。

 

 

 

『幸せ』の形なんて人によって違うけれど、それでもある程度の共通項はある。

 恋に憧れた。愛に憧れた。ああなれたら、『幸せ』だろうと思えた。

 

 誰のことも好きになれなかった私は、『幸せ』にはなれないのではないかと思った。

 

 ……なんて言うと、いかにも深刻な悩みのようだけど。実はとっくに解決した悩みである。

 

 転機になったのは就職。トレーナーとして初めて担当を持つことになって、契約相手を探して。

 初めて彼女を見た瞬間、私は恋を知った。

 

 当然、その恋心を叶えるためにどうすればいいのかと私は頭を悩ませた。

 まずは優秀な信頼できる大人であろうとして、次に少し抜けたところも見せて。嫉妬を煽れないかと他の人と仲良くもしてみて。

 

 どうにも脈は無さそうだということに気づくのに、さほど時間はかからなかった。好きな人から恋人でも作れと言われるのは、中々にくるものがあった。そういう目で見ていないという宣言のようなものだから。

 

 だから。真っ当に惚れさせるのは諦めることにした。

 

 他人にも自分にも厳しくて、でも優しさを捨てられない貴女だから。貴女のせいで私が傷つけばきっと負い目を感じてくれる。

 

 愛はいつか色褪せるかもしれない。恋はいつか冷めるかもしれない。ならば私からは罪悪感を贈ろう。私を見る度に思い出してもらおう。

 それら全て、他人を縛るという意味では同じものだ。

 

 仕込みは全て上手く行った。態度のおかしさも、薬の正体も、予想よりもずっと早く突き止められた。

 

 ただ一つの計算外は、罪悪感に押しつぶされそうな彼女の痛々しさに、私のほうが耐えられなかったこと。

 結果、自分でそうしたくせに、自分でバラすという不合理な行動をとった。

 

 これは本当に嫌われたかもな、と思ったところで。喜ばしいのか、悲しいのか。私の言葉は慰めの嘘だと思われたらしい。

 

 それならそれでいいか、とも思う。元の予定に戻るだけのこと。

 負い目があるのを良いことに、彼女の唇を奪った。

 

 人として最低なことではあるのだろうが、恋とはそういうものだろう? 恋愛なんて、結局の所自分の想いの押し付け合いだ。

 

 行為も、想いも。きっと間違っているのだろうけど。

 

 それでも、私は今。幸せだ。

 

 

 

 

 




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