ウマ娘を曇らせたい。あわよくば心配されたい   作:らっきー(16代目)

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とりあえずその後を一つ書いてみました。
解釈がブレそうだったので今回のイベントまだ読んでませんが、ヤバいらしいですね(語彙力トプロくん)


シリウスシンボリ。その後

『親愛なるシリウスへ』

 

『この手紙を読んでいる時、私はもうこの世には居ないのでしょう。なんて、映画かドラマぐらいでしか聞かないセリフを、自分が言う事になるとは思わなかったけど。いや、書いてるだけだから言ってはないか』

 

 彼女の生活の痕跡は、ダンボール一つに収まってしまうほどのささやかなもので。彼女が暮らしていた部屋はすっかり綺麗になって、無色に戻った。

 

 なんとなく漂っていた酒の匂いも、仕事柄しょうがないと付けていた香水の匂いも、何もかも洗い流されて、知らない場所の様になった。

 

『自分が死んだ時の事を考えて、誰に伝えたいかと考えて。浮かんできたのはシリウスの顔でした。まあ私には友達も家族も居ないから、消去法とも言えるけど。だから緊急時の連絡先をシリウスの電話番号に変えておきました。いつも急に訪ねてくる貴女への意趣返しでもあります。少しは驚いてくれたかな?』

 

 彼女がどんな人間なのかを知る一助にくらいはなるのでは無いかと思って、開いたダンボールの底にあった手紙。遺書。

 敬語と話し言葉と常体が混ざった、掴みどころのない正しくない言葉の連ね方を、何故だか彼女らしいと思った。

 

『さて、ここまで書いておいてアレですが。もし何かの手違いで私が死んでいないのにこの手紙を読んでいる場合。つまりは、家探しの末に見つけていたり、シュレッダーにかける手間を面倒くさがった私の隙をついてゴミ箱から拾ったりした場合。ここから先は読まないでください。さっさと火でも付けて、こんな物があった事も忘れてください』

 

 手紙の一枚目はそこで終わり、後は長い余白が残っているだけ。

 

 果たして、彼女はどんな言葉を残しているのだろうか。生きる事に執着を持たず、アルコールで脳を麻痺させて、死を隣人としていた彼女に、心残りなんてものがあるのだろうか。

 

 或いは。ただ、私への恨み言でも述べられているのかもしれない。

 

『二枚目です。どうやら私は本当に死んでいるようですね』

 

『なんとも言い難い気分です。この手紙を書いている私は確かに生きているけれど、シリウスにこれを読まれている時には死んでいる。少しだけ面白くて、少しだけ(上手い言葉が思いつかなかったので思いついたら書き換えます)

 そもそも、この手紙を読んでいるのは私とシリウスが出会ってどのくらい経った頃なのでしょうか。遺書を書いてすぐ? 卒業はしているのかな? もう大人になっていたり? 或いは、もっと長く私達の関係は続いていたりするのでしょうか』

 

 彼女と出会った頃は、引退などはるか先の事だと思っていた。後輩指導、ドリームトロフィーリーグ。現役ウマ娘としてやれることなど幾らでもある。

 ただ現実。トレセン学園を卒業して、子供でも大人でもない存在として、境界線をフラフラとしている。

 

 そろそろ、大人にならなくてはいけない時期だ。

 

『私としては、シリウスとずっと過ごせたらいいと思ってる。一人は寂しいって、シリウスのせいで気づいちゃったから。フラリと貴女が訪ねてくる日を、私がどれだけ心待ちにしていたか、貴女は知らないのでしょう。まあ言っていないので当然ですが。シリウスその辺鈍そうだし』

 

 そんな事は無いと反論させて欲しい。学園では、周りからの悪意にも好意にも割とすぐに気づいていた。

 いや、しかし。笑顔の優しさの裏で本当は迷惑がっているのではと、彼女の本心を不安に思っていたのも確かだ。ただそれは、アンタの事が好きだったからだ。恋というのは、どうにも人を変えてしまう。

 ……なんて、手紙に反論したところで何も意味など無いのだが。

 

『こんな手紙を残しているからには、何かメッセージでもあるのかと思っているかもしれませんが、別に何も無いです。知っての通り、私は生きる事にはそれほど興味が無いから。だからこれは、独り言であり、日記のようなものであり、悪趣味な呪いです。貴女は、貴女に興味を持たない人が好きだったのだろうけど、だから私と仲良くしてくれたのだろうけど。実際の私は貴女に焦がれていた。死んだ後なら、別にそれがバレても構わないし、シリウスは死人を嫌いになるほど冷たい人じゃないから』

 

 興味を持たない人が好き、というよりイエスマンは好きじゃないだけだ。やることなすこと全部褒めてきて、何をされても喜ぶ。そんな相手との関係は、多分健全では無い。

 群れの頂点は孤独だから。ただ、対等な相手が欲しかったんだ。

 

『遺書というものに、私は意味を見出していませんでした。感謝も、恨みも、或いは恋心も。自分が死んだ後に誰かに届いたところで何の意味も無いだろうと。今これを書いているのも、たまたま読んだ本にそんなシーンがあったというだけで、本心から何かを伝えたかった訳じゃない。

 でも、いざ書いてみると意外とペンは止まらないもので。どうせ読まれない、或いは読んだ事が私には分からない文章というのは、好き勝手書けて、少しだけ面白い』

 

 死んだ後の言葉に意味が無いというのには同感だ。死体を幾ら罵ろうとも、墓前に愛の言葉を捧げようとも。得られるのは精々僅かな自己満足だ。嫌いも好きも、相手に伝えなければ意味がない。

 

『さて、誰にも見られない、もしくは私が死んでからシリウスが見ているとして。私は何を残すべきでしょうか。とりあえず思いつくまで、思い出話でも書いてみるとしようか。

 私がシリウスの事を考える時、いつも雨の匂いが一緒に浮かんでくる。初めて会った時。フラリと家を訪ねて来る時。6、7割くらいは、雨が降っていたと思う』

 

 初めては確かに偶然だが。それからは意図的だ。雨に濡れれば、アンタが世話してくれたから。

 素直に甘える、なんてことが出来る性格にはなれなかったから。言い訳を作って、理由を付けないと不安だった。

 それに。雨に濡れて身体を冷やせば、相手の体温をより温かく感じられる。

 

『私は人付き合いが苦手だから。仕事以外で関わる相手なんてシリウスぐらいだった。蔑みも憐れみも、あと性欲も? ぶつけてこない相手は貴重だったから、貴女と過ごす時間は心地よかった。誰かの面倒を見るのも嫌いじゃないし。ああ、ようやく残す言葉が思いついた。読むのを止めるなら今のうち』

 

 手紙の二枚目はそれで終わり。ここまで来て、その言葉を。彼女が残したいと思った言葉を見ない、なんて選択肢が取れるはずもなかった。

 

『好きです。私は、シリウスの事が好き。もしかしたらこれが初恋かも、なんて言ったら笑うかな。

 ごめんね、大したことじゃなくて。いや、そもそも読んでいるのかも分かりませんが。

 なんで好きになったのか、正直自分でもよく分からない。他に接する相手が居なかったからか、貴女が優しかったからか、どことなく似たような雰囲気を感じたからか、全部が少しずつ混じった理由なのか。貴女に聞いたら分かる? 知るかよ、って笑い飛ばすだけかな』

 

 それは、私が言えなかった単語で、ずっと彼女の口から聞きたいと思う単語で、文字として読むだけでは意味のない単語。

 一言、言ってくれればよかったのに。そうすれば私は、アンタを思い切り抱きしめて、過去の誰よりも愛を込めてキスをしてやれたのに。

 

『シリウスと恋人になれたら。家族になれたら。きっと素晴らしい日々でしょう。私は家族というものがよくわからないけど、映画や漫画を見る限り、きっと幸せな関係性なのだろうから。休みの日に二人でダラダラ過ごして、毎日おはようやおやすみを言い合って、辛い時は抱き締め合ったりする。

 ああ、願わくば。ここに書いていることが現実になってくれていればいい。私が好きと言えたら現実になるのでしょうか? こんな手紙を書いたことも忘れて、貴女と過ごせる日々を送れていますように。願うだけなら自由でしょう? 

 人間は二度死ぬと聞きました。一度は自分の死。二度は友人に忘れられる死。こうやって呪いを残しておけば、シリウスは私を殺さないでくれる。だから私はこうして手紙に残します。好きだよ、シリウス。誰より、何より』

 

『それから──』

 

 

 

「シリウス?」

 

 聞こえてきた声に、現実に引き戻された。

 

「全然帰ってこないから来ちゃった。何して、た……の……」

 

 私が持っている物に気づいたらしい彼女の声が、明らかな動揺の色を帯びた。

 

「そ……! にゃ…………読ん、だ?」

 

 途中まで。今アンタが邪魔しに来たからな。そうやって返せば見事な百面相を見せてくれた。

 十分なネタは手に入ったし、少しだけ可哀想に思って遺書を差し出してやれば、ひったくるように持っていかれた。

 

「完全に忘れてた……最悪……どこまで……いや、やっぱ聞きたくない」

 

「アンタが私の事が好きってところまでだ」

 

「あぁぁぁああ!」

 

 ここまで動揺している姿は初めて見たかもしれない。あの儚げな、消えそうな雰囲気はどこへやら。

 

「いいだろ? 別に。もう愛も語り合って、お互い一番熱い所を触り合った仲じゃねぇか」

 

「……シリウスだって、小学校の卒業文集とか見られたくないでしょ? それと同じだよ」

 

「別に、アンタが見たいなら見せてやるが」

 

「それ、代わりに続き読ませろって言うよね?」

 

 こちらの思惑はお見通しらしい。残念だ。

 

「まぁ、今回はちゃんと隠しておかなかったアンタが悪い。ダンボールぐらいちゃんと閉めとけよ」

 

「……うるさい、いいからさっさと運んで」

 

 機嫌を損ねた、というよりは照れ隠し。

 とりあえず今夜はお望み通り抱きしめてやるとしよう。

 

 相変わらず。彼女についてはまだ良くわからないことが色々あるが、焦る必要はない。

 最近は、随分と彼女の考えていることが分かるようになってきた。

 

 ダンボールを持って、外に止めてある車まで運ぶ。荷物は後部座席、彼女を助手席に座らせ、私が運転。

 

「じゃ、私達の新居に行きますか。運転よろしくね、シリウス」

 

「はいよ……アンタも免許ぐらい取れよ」

 

「お金無くってさ。いいじゃん、シリウスが居るし」

 

 私が居る事を当たり前のように言う。それが無性に嬉しかった。

 

「なあ」

 

「なに?」

 

「好きって、言ってみてくれよ」

 

「……手紙読んだから言ってるよね? それ」

 

 その問いは肯定してやった。やはり文字だけでは味気ない。どうせなら彼女の口から、彼女の声で聞きたかった。いつもなんだかんだ理由をつけて逃げてしまうし。

 

「…………好きだよ、シリウス。ぅゎ……恥ずかし……」

 

「……なあ、行き先変えていいか?」

 

 雨が降っていなくとも。これからは、ずっと共に。

 




好きも嫌いも、伝えられる時に伝えようね

そもそも各話のその後の話って需要あるの?

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  • 見たくない

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