「逆だったかもしれねェ」がマジで逆だったら…… 作:この小説は黒歴史がよく見える
輪廻転生という言葉をご存知だろうか。難しい言葉を使おうとかいう中二病チックな思考を投げ捨てて、分かりやすい言葉で言うと「生まれ変わり」の事である。この言葉や考えは、宗教の話でもはや定番であると言っていい。生前に悪いことをしまくれば、その罪を地獄で清算し、生まれ変わったり、逆に良い事をすれば、大金持ちの息子とか、そんな所の人間に生まれ変われるかもしれないという話である。
あくまで生まれ変わりというのは、宗教が人を呼び込む為の嘘だと思っていた。昔では、神秘的だと思われていた事象も科学が発展し、様々な事が科学的に証明されていく中で生まれ変わりというのは、どう足掻いても証明する事の出来ない話だから。一体、誰が死後について語り明かし、誰がそれを本当の話であると証明することが出来るのだろうか。全人類が毒で自殺でもして、全ての人類が生まれ変わりというものを経験すれば、いけるのかもしれないが、そんな事は倫理的に不可能である。
熱心な信者であれば、生まれ変わりというものを信じるのだろうが、生憎と俺は信者でもない。まぁ、神がいたり、生まれ変わりがあったら、どれだけロマンがあるだろうかとは思っているが。あるかもしれないとは思いつつ、どうせないに決まっている。
……そんな風に思っていた時期も俺にはありました。
既に何となく察していると思うが、俺は生まれ変わった。日本という国で生まれ育ち、不運にも若くして命を落とした若者である。死因については何も言うまい。てか、思い出したくない。
前世について話すのは、これぐらいにしておこう。前世を振り返って、何を思って、何を公開した所で意味など無いのだから。考えるべきは前じゃない。今だ。死んだというのに割り切り過ぎだと思われるかもしれないが、それだけ前世については思う所もなく、未練もないという事だ。こんな事を言うと、色々な方面から何かを言われそうだ、むしろ前世は死んで救われたとも思っている。
さて、俺が今生きている世界は、忍が普通にいる世界だ。何なら、俺が読んだ事のある物語の世界に俺は入ってしまった。きっと誰もが想像した事があるであろう「この物語の中に入れたら」という事を現実に経験してしまっているのが今の俺だ。
どんな物語なのかというと「NARUTO」という名前の漫画だ。先程も言ったが、忍という存在が跋扈するある意味の魔境である。どうせ生まれ変わるなら、日本の学校とか舞台にしている日常系の物語が良かった。NARUTOという漫画は、色々と物騒過ぎるのだ。バトル系の漫画ならぶっちゃけありふれたような感じなのかもしれないが、前世で普通に生きてきた一般人が紛れ込むには、だいぶハード過ぎる世界なのだから。
ついでにこの世界の俺という存在にも割と問題がある。誰もが想像した事があるであろう「この物語の登場人物になれたなら」という状態に俺はなっているのだ。どんな登場人物に俺がなっているのかというと、NARUTOの主人公たる「うずまきナルト」である。
作中でも最強の一角として名高いキャラである。物騒過ぎるNARUTOの世界で生きていく上でそれだけの力を手に入れられる素質を持っているのは、大きなアドバンテージとなるし、安心出来るかもしれない。だが、その幼少期は散々としか言いようがない。
まず、ナルトは自身が住む木の葉隠れの里で迫害を受けていた。その理由は、かつて木の葉隠れの里に大きな被害を出し、大量の死者を出した尾獣、九喇嘛という9つの尾を持つ巨大な橙色の狐がナルトの中に封印されているからだ。直接的な暴力には出ていなかったが、子供のいる親は子供に「ナルトと遊ぶな」とか言ったり、ナルトが何かを買おうとすれば「お前に売る物はない」と言い出したり、ナルトを見かけると罵詈雑言の量産。俺を監視しているであろう忍達も何も言ってこない。下手に庇うと厄介事になるからだろうが。流石に命の危機が迫ると動いてくれると信じている。
あくまで里に被害を出したのは九喇嘛であり、ナルトとは全く別の存在である。しかも、ナルトは自らの意志で九喇嘛の封印を解く事すら可能なのである。ナルトが陰口に耐え切れず、封印を解いたりでもしたら、今度こそ間違いなく里は崩壊する。
まぁ、人間という存在はそんなモノである。例えば、高校に通う子供の親が汚職したとして、何処からか、その情報が学校に漏れたとして、間違いなく子供に向けられるのは殆どが悪感情のみだろう。子供が親の事が元々大嫌いだったとしても、他者にはそんな事は関係ないのである。汚職した者と何らかの繋がりがあれば、汚職の仲間として認識されてしまうという事だろう。
他にも人柱力というのは特別な役割が存在する。人柱力の存在だけで戦争が開戦される可能性すらもあるのだから。人柱力、より具体的に言えば、人柱力の中に眠る尾獣はその国にとって、何よりも代え難い大きな戦力の1つに数えられる。尾獣というのは、全部で9体存在する。それら全てが単身で国や街を楽々滅ぼせる程の力を有している。そして、今のNARUTOの世界は各国が尾獣を保有する事で戦力のバランスを取り、戦争が起きていない状況なのである。虎視眈々と他国の尾獣を狙う国も多いのだ。尾獣をより多く保有できれば、他国より優位に立てるのだから。
やり過ぎれば、自分達の命どころか、国としての存続すらも脅かされる可能性が多いにあるというのに、迫害をする木の葉隠れの奴らは本当に頭がおかしいと俺は思っている。
まぁ、仕方ないなと思う所もある。言ってしまえば、俺は殺人鬼の血を引いた子供で核弾頭の発射権限の保有者みたいなもの。俺も前世でクラスメイトにそんな奴がいたとして、その子の親である殺人者に身内とかが殺されたとしたら、間違いなく、多かれ少なかれ復讐心を抱き、恐怖し、距離を取る。報復が怖いので陰口を半径数メートル圏内で言わないし、店から追い出すなんていう阿呆過ぎる事もしないが。
それよりも俺が怖くなったのは、原作主人公の方だ。同じ立場になった俺として、改めて『ナルト』という主人公もだいぶイカレていると声を大にして言いたい。
ナルトが物語の最初から最後まで抱いていた夢は木の葉隠れの里の長である「火影」という役職に就く事であった。物語序盤は、誰もが恐れ、距離を取り、陰口を叩くものだから、自分を認めさせる為に火影を目指す。物語後半になってくると、仲間や友達に触れ、その人達を守る為に火影を目指す。
俺が『ナルト』やべぇよと言いたいのが、序盤の自分を認めさせる為に火影になるという所だ。別に後半は良いんだ、大切な人を護りたいというのが。『ナルト』は物語の過程で仲間や友、師に多くを教わり、何度も助けられてきたからこそ、守りたいと思うのは問題ないように思える。そういう熱い人間は嫌いではない。
だが、果たして、人柱力である『ナルト』を迫害する考え無しで阿呆な奴らに自分を認めさせる程の価値があったのだろうか。物語中盤に散々「化け狐」と罵ってきたような奴らが手の平クルクル返しで「英雄」などと持て囃すような連中にそれ程の価値があるのだろうか。俺は断言しようと思う。
絶対に無い。ある訳がない。あるとか言う奴がいたら、俺直々に如何に木の葉隠れの住民がある意味で素晴らしい連中であるかを説明してあげようと思う。
……まぁ、木の葉隠れの住民たちへの愚痴はこれぐらいにして、他の、めちゃくちゃ重要な話をしよう。俺の未来、延いては世界の未来に関わる話だ。
この世界は、俺が知るNARUTOという物語と同じような道筋を辿るのか否かという話である。例えば、最後の最後で主人公というか俺がラスボスに負けてしまうという未来が起こり得るのかという話だ。答えはイェス。この世界が俺の知る物語通りに進む保証など何処にもない。
運命だとか、世界の強制力だとか、そんな言葉が存在する。そんな目に見えないモノを過信して取り返しのつかない事になってしまえば、目も当てられない。
俺が転生して間もない頃は、その目に見えないモノを大体信じていた。この忍界の歴史が俺の知るNARUTOと全く同じ道筋を辿っていたからだ。俺の中に眠る九尾の九喇嘛に十尾や六道仙人に関する詳しい話を聞いてみても、俺の知っている内容と同じ答えが返ってきた。
だが、その過信を打ち砕かれる出来事があったのだ。
それは、物語の俺と同じぐらいのキーマンの存在が大きく変化していたのだ。別に生まれていなかったとか、そういう事ではない。きちんと生まれていた。そのキーマンは、俺の知る人生と悲劇を今の所は歩んでいる。
では、何が変化しているのか。存在がない訳でもなく、人生と悲劇も相違ない。
変化しているのは、
その少女の名は、うちはカエデ。俺の知る男キャラの方はうちはサスケ。うちはサスケは、原作主人公の親友であり、ライバルであり、ラスボスでもある。そんな人物がまさかの少女となっているのだ。
この事実を知った時、思わず九喇嘛に「女を男にする方法とかないのか? 六道仙人とか性転換させる術とか作ってたりしない?」とか聞いてしまった。勿論、九喇嘛には爆笑された後、ある訳がないと言われた。
一応、あくまで俺から一方的にだが、うちはカエデの方へ絡んでいる。勿論、原作主人公のようなウザ絡みはしていない。話し相手になるとか、忍としての修行を付き合わせるとかそんな感じである。
木の葉隠れの里において、カエデは俺並みに避けられている。まぁ、俺のような悪者扱いではなく、悲劇の子供扱いである。子供が話しかけそうになったら、親が止めたり、接触は最低限にしたり。流石にカエデは悪い事など何もしていないから、店を追い出したり、罵詈雑言を浴びせたりなんて事はしていない。そこまでしたら、俺がどうなろうとも九喇嘛を解放して、里をぶっ潰す。その後に尾獣を抜かれて、死んだとしても、俺はやるからな。
悪い事をしていない子供を非難するような里など、この世界に必要ないだろうし。今世の俺の父が命を賭してまで守りたかった里が、そんなクソッたれな里でない事を祈るばかりである。
話を戻して、俺はカエデと絡んでいる。何なら忍組手とかもやってる。原作を見る限り、幼少期はお互いの存在を認識しつつも、遠くから見るだけで話したりなどはしていない様子だった。
うちはカエデという存在は、俺の知る正史を揺るがしかねないという意味で脅威となる存在だろう。世界の未来を優先するのならば、少しでも正史に寄った行動をするのが最適なのだと思う。俺がここで行動した事によって、終盤の幾つかの戦いが正史よりも外れる可能性がある。そして、俺という存在がどれかの戦いで負ければ、もれなくバッドエンドな世界が待ち受けている。
人間すべてを幻術に閉じ込めるか。はたまた、世界を裏から支配する最強の忍が現れ、独裁支配の道を未来永劫に歩み続ける事になるのか。
そんな未来が有り得てしまうのかもしれない。
それでも、俺はカエデに絡みに行く事を選んだ。例え、カエデを腫れ物扱い、俺を悪者扱いにしていようと、カエデから見れば、どちらも大して変わらないのだろう。距離を詰めようとすれば離され、ひそひそと自分の事を噂され、味方など皆無な孤独。
俺は彼女が孤独を感じている事を知っている。それを未来の為というエゴで無視するのは、俺が忌み嫌う木の葉隠れの奴らと同じなのではないかと思ったのだ。それに俺は「姿は子供、頭脳は(ある程度)大人」なリアルコナン君状態である。俺の半分も生きていない少女を放置するのは、ちょっと看過できない。
長々と語ってしまったが、そういう訳で俺はカエデと関わる事に決めた。何かしらのイレギュラーが発生したとしても何とか本筋への修正が出来るようにする為に己の力をめちゃくちゃ高めながら。
『おいナルト。このアニメの最終回の記憶が見れないぞ?』
覚悟を決めた経緯を回想していると、俺の内側から声が聞こえた。いつの間にか、俺は精神世界にいた。そこは、出入口もない大きく、薄暗い閉鎖空間。視線を上げれば、そこには巨大な檻に囲まれた大きな狐、九喇嘛がいた。
九喇嘛という存在は俺の中にいる為、九喇嘛は俺の記憶を覗けるのだ。プライバシーも何もないと思うかもしれないが、逆に俺の前世という事を九喇嘛に証明する事が可能だから普通に覗かせている。その過程で九喇嘛がアニメに目覚めてしまった事は予想外過ぎたが。
視線を下げると足元には水が張っており、その水面ではアニメの動画が流れていた。俺の記憶にあるアニメがこの水面に映されて、それを九喇嘛が見ているのだ。起きている殆どの時間を九喇嘛はこんな感じでアニメを見て過ごしている。
そして、このアニメの最終回は確か……
「あぁ、これか。最終回見る前に俺が死んだから見れる訳がないだろ」
見れないのは当たり前だ。あくまで九喇嘛が見れるのは俺の記憶だけ。俺が思い出せないような昔の記憶であろうと九喇嘛は見る事が可能だが、存在しない記憶を見れる訳がない。
俺の答えを聞いた九喇嘛は暫しの間、固まる。
「…………な、なんじゃと!? 最終回が見れないなど生殺しもいい所ではないか! もう少し長生きしてからくたばれ、この阿呆が!」
もう少し生きてからくたばれ。そんな言葉を聞く日が来るとは、思ってもみなかった。そんな言葉を言われたのは、この世界では俺が初めてなのではなかろうか。てか、アニメが見れないだけで「阿呆」と罵倒されるのは何とも言えない気持ちにさせてくれる。
「そんな事を俺に言われても困るんだが。無いものは無い。諦めて、別のアニメを見るか、見たアニメの周回でもしてろ」
何故に人から恐れられる九喇嘛とアニメの話なんかをしているのだろうか。本当に疑問だ。他の人柱力にこの会話の事を教えるとめちゃくちゃ驚きそうなのだが。
「ちっ、封印なんぞ無かったらこの怒りをお前にぶつけてやったものを。まぁよい。ワシは寛容じゃからな。他のオススメのアニメでも教えるならば、許してやらん事もない」
まさかのおすすめアニメを教えるという前世のアニオタ特有の会話を九喇嘛とするとは、本当に人生というのは何が起きるのか分からないものだ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだと思う。てか、オススメのアニメとか言っているのだが、九喇嘛は四六時中ずっとアニメを見ている。九喇嘛は俺の中でずっと寝るか、俺と話すか、アニメを見るか。大体この3つしかしていない。
「……封印している俺が言うのもなんだけどよ、まさか九喇嘛ってニート──」
「馬鹿を言うな! やる事がないから仕方なくアニメを見ているだけだッ! 決して、決してニートとか、そういう訳では断じてない! 本当だ!」
うーん。この必死さがめちゃくちゃ怪しい。怪しいというか俺は確信してるんだけど。
「てか、俺が知らないとでも思ってるのか? お前が寝る間も惜しんでアニメを見てる事も。偶にアニメを見て大興奮したお前が喧し過ぎて深夜に起きる事があるんだけど。興奮して咆哮あげるって、お前ヤバすぎだろ」
俺がそう言うと九喇嘛は分かりやすい程に肩を震わせる。この感じは、本当に、マジで俺が起きていないと思っていたのだろうか。最初の時なんて寝てる時に俺の中から「ウォォオオオオオ!」なんていう咆哮が聞こえて飛び起きたんだけど。
まぁ、分かるよ。バトル系のアニメで接戦の後に勝ったり、恋愛系で押しキャラが幸せになったり、好きなキャラが亡くなったり、感動したりした時は叫びたくなる気持ちになるのも。ガチで叫ぶ奴はあんまり見た事ないけど。咆哮を上げるなんて九喇嘛が初めてだよ。
「その生暖かい視線を止めろ! 大体なぁ、お前最近ワシをナメてるだろ。いいか、ワシが上でお前が下! それをな──」
重度のアニオタが何か言ってる。まぁ、そんな感じで俺は九喇嘛と良好な関係を築けていると思う。まぁ、まだ少し仲の良い隣人感覚なのかもしれないが。原作では全く人を信用していなかった様子を見るに多少なりとも良い兆候なのだろう。
うーん、どうしてもヒロインの名前に違和感を感じてしまう。
サスケを女体化させたから、サスコっていうのは安直すぎる。シリアスな場面で「サスコォォオオオ」とか笑う自信しかないし……
古風っぽくて、サクラを参考に植物からひっ張り出して「カエデ」ってしたんですけど、やっぱり何故か違和感を感じてしまう……
ってことでアンケートを早速使います。反応次第ではヒロインの名前が変わるかも……
九喇嘛がチョロイン過ぎるとか言われそうですけど、俺の中で九喇嘛ってこんな感じなんですよね。ナルトは九喇嘛とのファーストタッチでめちゃくちゃ敵意とか剥き出しにしてましたけど、このナルトは九喇嘛について知っているのでファーストタッチが最高に良かったから、こんな感じになってるっていう設定です。
まぁ、後は前世を持つナルトに興味を持って、九喇嘛自身から少しだけ歩み寄ったていうのもありますけど。
結果、こんなアニオタニートツンデレ残念化け狐とかいうやべー奴が出来上がったんですけど。
ヒロインの名前アンケート
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カエデでOK
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変えて欲しい
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んなもん勝手にしやがれ!
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カエデェ……