ヒナがこっそりするやつ

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ヒナの恋

(先生、寝てる…)

空崎ヒナは風紀委員会室で、積み重ねられた書類たちの傍らで机に突っ伏して寝ている先生を発見した。

最近は、ここキヴォトスの街で事件が多発しており、風紀委員長であるヒナはその対処をすべく戦地に赴いており、先生はその被害や戦果を纏めるために生徒会室に詰めていたのだ。

先生は、引っ切り無しに送られてくる連絡に対して日夜報告書を製作していたため、束の間の休息を取っている。

そもそも、これは風紀委員長であるヒナ自身の仕事である。しかし、ヒナに課される責務を少しでも緩和しようと先生が手伝いを申し出たため、今はそれに甘えて完全に任せてしまっている。

「…先生、いつもゴメンね」

ヒナは、起こしては悪いと思いつつも、徹夜で書類作業をしてもらっていることに謝罪を入れる。

目の下にあるクマとゴミ箱に捨ててあるエナジードリンクがその証拠だ。

(二本、三本、四本、五本)

ゴミ箱の中をちらりと見ると、五本の空き缶。

(…六本)

そして先生が寝ている机に目を戻すと、六本目のエナジードリンクがある。

持ってみるとまだ中身があったために、チャプ、という音を立てた。

また、すでに缶越しに伝わる水温は感じ取ることが出来ず、何時間も放置されていることが窺える。

(こんなの飲んでるんだ)

原材料名、栄養成分表示をざっと見る。ヒナもエナジードリンクは飲むものの、愛飲しているメーカーと異なるため少し興味がある。

(…ふーん)

食品表示には飽き、今度は飲み口を睨みだした。

勿論、これは飲みかけであるため、中身は残っている。

(先生、寝てるからちょっとだけ飲んでも良いよね?)

先生を一瞥し、起きそうに無いことを確認すると、自身が持っている飲みかけのエナジードリンクを見つめる。

風紀は守らなければならないはずなのに、今まさにそれを破ろうとしている。

あずかり知らないところで、人の飲み物に勝手に口を付ける行為を咎める私がいる。

最低だと警鐘を鳴らす私がいる。

これは先生を裏切ることではないのか。自問自答の末、

(これは…そう、毒見!)

ヒナはそんな善導には目もくれず、毒見をするという建前の下、そっと口をつけた。

チビッ、と飲んでみたものの、ぬるい温度の液体は、ヒナに爽快感を与えなかった。

炭酸は抜けきって、ただのふんだんに砂糖を使った汁となっていた。

しかし、この甘ったるい液は、ヒナの喉頭は焦土と化した。

「…はぅ」

喉に流し込むと、この甘さは表情を一変させ、喉のあちこちを攻撃して食道を通って胃へと下って行ったのだ。

不意に、声が出てしまう。

思わずして、すぐに先生の方を振り向く。

幸いなことに、先ほどの腑抜けた声は眠りを妨げておらず、今もなお呼吸に合わせて肩を上下させて寝ている。

ふぅ、ふぅ、と呼吸を整える。

毒は入ってなかった。危険な薬も入っていなかった。

そんなことは分かり切っている。

(先生の…唾液…)

ヒナをサディスティックに支配したのは、ただ、このエナジードリンクにほんの僅かに含まれているであろう先生の唾液であった。

罪悪感など微塵も感じず、ただ、ついさっき訪れた余韻に浸かるヒナ。

頬は紅潮し、緩んでしまっている。

気持ちを落ち着かせるため、一息つく。そして、未だ眠りこけている先生に向き直った。

(私の気持ちに気づいてくれない鈍感な人)

先生の頭にそっと手を置き、撫でてみる。

「…んぅ」

「!?」

先生が漏らした呻きに、ヒナは咄嗟に頭から手を離した。

(バレた!?)

先生の反応を待つ。しかし、起きるわけでもなく、すー、すー、と一定の呼吸をしながら眠っている。

「せ、先生?」

ヒナは先生に呼びかけてみるも、返事は無い。先ほどのは、どうやら夢うつつで反応したらしい。

「…良かった」

ほっと一息ついて安心する。

だが、ここまで先生にいろいろなアプローチをしたにもかかわらず、先生は一向に起きる気配が無い。

これがどうしても癪に触ってしまう。

(えい)

だからこそ、もっと大胆なことが出来ると判断したヒナは、先生の背中にふわりと抱きいった。

自身の背丈を優に超える先生の背中は、寄りかかっても毅然と支えてくれているようで、とても頼もしく感じた。

先生の体温も、まるでこたつのように体の芯から温めてくれる。そんな暖かさを感じた。

「ふわ…」

そして何よりも、ヒナは先生の匂いが大好きになった。

学園の皆は香水をつけたりボディペーパーを使ったりしている。シトラスの香りやらミントの香りやら種類は様々だ。

一方で、先生はそんなものは使っていないようだ。清涼感を出すような香りでも、フルーティな香りでもない。形容しがたいが、とても男らしいと言える先生本来の匂いだ。

そんな匂いが、好きでたまらない。

すん、すん、と嗅ぐと多幸感が。すぅー、と深呼吸をすると充足感が訪れる。

ヒナはとっくに虜となっていた。

「先生…好きだよ」

背中に顔をうずめながら、ヒナは告白をした。

相手が寝ていては伝わらないと分かりつつも、言わずには居られなかったのだ。

ゲヘナ学園風紀委員長。17歳の乙女子。

空崎ヒナは、先生に恋をしている。

 


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