図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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キイ視点からはあまり見えない方面を、ということで。


思慕

「あれ、局長は今日休み?」

 

「そうですよ」

 

いつも局長のやっている仕事をマニュアル通りに進めていた印刷物管理局局長補佐のケトは目を上げて局員の一人に言う。

 

「理由、わかる?」

 

「放電しきったようで*1

 

「……すまん、どういう意味だ?」

 

そう言われて初めてケトは自分の誤りに気がつく。

 

「ああ、やる気がなくなったので一日ほど寝るようで。明日には来ると思いますよ」

 

「そんなものか。まあいいか……。ところでだが局長補佐」

 

「君と呼んでいいですよ」

 

「ではケト君、酒は飲めるか?」

 

「ええ」

 

「それはよかった。今夜、飲みに行かないかという話があって」

 

「……いいですけど、僕が行っていいんですか?」

 

こういう会が定期的にあることをケトは知っていたが、キイがあまり顔を出さないためにきちんと飲んだことは一回か二回しかなかった。キイは最初に少しなにか話して、その後銀貨を何枚か積んで早めに去っていくのが常だったのである。

 

「いや、この際だからケト君に色々聞きたいこともあって」

 

「……わかりました」

 

ケトは言いながら、たぶんキイさんは夕食に自分で昼に作った卵粥でも食べるから大丈夫だろう、と考える。あれはそこまで美味しいとは思えないケトであったが、同居人の趣味にあまり口を出すのは良くないことは理解していた。

 


 

「それにしてもケト君はすごいよ、俺が君ぐらいの年齢の頃にはさ……」

 

ケトは少し回った酒精にふわふわとしながら、褒め言葉に顔を赤らめる。

 

「そんなことないですよ、ここにいる人はみんなすごいですし、キイさんだって……」

 

「そうそう、問題はそこなんだよ」

 

局員の一人が言い、盃の中の酒をぐいと飲む。

 

「局長、彼女は何者なんだ?」

 

「それは俺も気になってるんだがあれだろ?尋ねたら消えるような類のものだ*2

 

「となると、神霊か悪鬼となるな*3

 

「キイさんはそんな人じゃ……」

 

そう言いかけてケトは少し自分の中の神話の知識とキイの行動を思い出す。

 

「……そうかもしれない」

 

冷静に呟くケト。

 

「となれば君は(おかんなぎ)*4

 

「なるほど、つまり我々は神官たちだったか」

 

「生贄を捧げなければな、何がいいだろうか?」

 

そういう話が盛り上がると、それぞれの局員が自身の教養と知識をもとにして変な世界を作り上げていく。ケトはこういう行為は嫌いではなかったが、その対象となっているのがキイだと考えると複雑な気分になる。

 

「……冗談はさておき、やっぱり君は局長とそういう関係なんだろ?」

 

「そういう関係が何を指しているかはわかりませんが、たぶん違いますよ?」

 

「ほら、床で肌を重ねるような」

 

「比喩的な表現の方であれば、違いますよ」

 

淡々と言うケトに、局員たちは怪訝そうな顔をする。

 

「いや、下賎な話になるが……」

 

「おっ情話?聞きたい聞きたい」

 

女性がいる前でするべきか、と思って横を見た局員はずいと隣に入ってきた酔った女性の同僚にため息を吐く。

 

「あの魅力的な女性と住む所を共にして、何もないとなると色々と問題では?」

 

「別にあの人はそういうこと誘ってきませんし、僕もしないことにしているので」

 

「どうしてだよ、司女と司士だろ?」

 

「僕は司士ではなく司士見習いですし、一応は聖典をちゃんと読んで従おうとはしています」

 

少し腹立たしいようにケトは言う。

 

「私もキイ局長みたいになったら男から尊敬の眼差しを受けるのかと思ったんだけどさ、なんか話聞くと変な男しかついてこないね?」

 

「男も女も関係ない魅力はあると思うが。それに俺らは言うほど変わり者か?」

 

「そもそもキイ嬢が一番の変わり者だからな……」

 

そう話す面々が誰も彼も自分があとどれだけ努力しても届かないような才能をなんてこともないように持っていて、それで自分の特別に思っている人に自分と似た感情を向けていることをケトは受け入れるしかなかった。それができる程度には頭は回っていたし、感覚を否定できるほど感情的ではなかった。

 

「みなさんが、何と言おうとも、僕はキイさんの一番そばにいるんですからね」

 

「……いや、それはそうだが」

 

「さすがにあの隣に俺は座れん」

 

「早くもっとくっついてください、そして私たちの肴になるのです」

 

キイと同年代である酔った年上の人達がそう言うと、ケトは自分の発言を思い出して急に恥ずかしくなった。

 

「キイ嬢、君以外の男性には特に気を持つ素振りもないしな」

 

「……そうですか?」

 

おそるおそるケトは聞く。

 

「おいおい、俺の目を疑うのか?これでも数十人ほどは抱いてきたんだぞ」

 

「うわぁ、顔と声が良くて仕事ができるからってそれはないですよ」

 

「ずるいですよね、こちらは妻を探すのに苦労しているというのに」

 

「うるせえ苦労してるのは俺もだよ、悪評のせいでもう女は寄ってこないし……」

 

「それは自分の罪のせいでは」

 

そういう年上の世代の話を聞きながら、ケトは自分もこの人たちと同じぐらいの年齢になれば想い人とそういう関係になるのかな、と考えて盃に残っていた酒を舐めた。

*1
無理に日本語に直訳すれば「痺れ切らす」。電気学関連の用語としてケトが作った。

*2
私たちの世界と同じように、「見るなのタブー」が含まれた神話や伝承は比較的よく知られている。

*3
万神学の用語。どちらも人を超えたある種の超越存在であり、かつては人々と様々な形で交わっていたとされる。

*4
古帝国において神事を取り仕切った人の多くは女性であったが、そういった女性を指す古帝国語の「巫」を無理やり男性形にしたもの。男性の司祭者を表す別単語もあるが、「神」のために純潔を保つという「巫」の特徴を強調するためにこのような表現がされている。




活動報告にあとがきというか今まで書いて思ったこととかをメモみたいにしておいたので気になった方はどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=281887&uid=373609
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