図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第9章
添削


「……キイさん」

 

冷たい目で、ケトは私の目を見つめる。

 

「はい」

 

縮こまる私。

 

「どこまで言っていいですか?」

 

「ケトくんの全力で」

 

さんざんやって慣れていたはずなのに、どうしようもない恐怖が背中に走る。

 

「……そう、ですか」

 

ケトは手に持った紙を机の上に置いた。

 

「酷いものです」

 

「やはりか」

 

コメントが入れられることを前提に行間はかなり広めにとって文章を書いたはずだだが、その隙間だけではなく追加で足された紙にもぎっしりとコメントが書かれている。

 

「内容としては面白いのですが、まず文書が読むに耐えません」

 

「まあ、そうか」

 

自動翻訳ツールもないのだ。とはいえケトが解読できる程度にはそれらしい文章であったと言えるだろう。

 

「僕が書き直すと意味が変わってしまうと思うので、一つ一つ確認していく必要があります」

 

「わかってる」

 

まあ、直してくれるのはこの城邦の中で変なやつらを集めた印刷物管理局の中でも一目置かれている詩人だ。きっとかなりのものになるだろう。

 


 

人間は本質的に愚かである。ゆえに、自分で価値判断ができるまでに教育するとなれば膨大なコストがかかる。それでいて、価値判断ができるということは自分が不幸であるということを突きつけられるということでもある。そのような教育は人間の幸福の役に立つものではない、というのが基本的な構成だ。

 

「それにしても悪辣ですね」

 

「ほう?」

 

非道徳的であるとか、倫理的に問題があるとかいう反応を私は期待していた。それが悪辣だと?

 

「この文章が論じているのは、人間と社会には教育が不要だということではなく、教育を不要だとした人間と社会がどうなるかについてですよね」

 

「そんなわかりやすかった?」

 

「いえ、これは少ししっかりと読み込まないとわからないと思います」

 

「その通りだよ。でも悪辣と言うほど?」

 

「……例えばここ。教育がどれほど大変で、悪影響をもたらすかを書いていますよね」

 

「うん」

 

「不十分な教育では低い階層の市民が我が物顔で高貴なものが立つべき場に足を踏み入れることになる、と言っている一方で、各人にそれぞれの立場をわきまえさせるのが教育だとあります。これはつじつまが合いませんよね?」

 

「あ、そこはちょっと修正したい。さすがにわざとらしすぎたか」

 

「……そう。この論は反論がしやすいんです。そして反論をするとなれば、最終的な結論は男女も年齢も生まれも問わない、万人に対する教育の重要性を主張するしかなくなる。それ以外の選択をするとなれば、この中の直視したくない結論に繋がる、と」

 

なんというか、これだけの論考の骨子を一瞬で見抜かれると辛いものがある。

 

「……はい。もうその通りです」

 

「やっぱり。でも、もしそうだとすればまだ色々と直すことはできるでしょう」

 

「例えば?」

 

「文章にいくつかの癖をもたせた上で、それぞれの癖から受ける印象が食い違うようにします」

 

「筆者をわからなくさせるという意図?」

 

「ええ。さらにこの文章が真面目に書かれているという第一印象を与えることができます。そして読み終えた頃には騙された、と思うわけですね」

 

「よくもまあそんな悪辣な発想を……。どこで学んだの?」

 

「僕の師は、たびたびこういう話をしてくれるので」

 

ケトが師事している人となるとトゥー嬢か?……いいえさすがに分かりますって。私ですよね。

 

「恐ろしい弟子を育ててしまったな……」

 

「それで、これをどうするんですか?このまま発表すれば相当反感を買うと思いますが」

 

「文字版印刷機で複製を作って、差出人をわからないようにした上で何人かに見せる」

 

「……それでも十中八九、キイさんが書いたとわかるのでは?」

 

「そこまで?」

 

「はい。こんな無茶苦茶な理論を、さも当然かのように編める人間はそうそういません」

 

「……となると、これを読める人もあまりいないのでは?」

 

科学史方面の知識を漁れば、後世に評価された論考が必ずしも発表時に評価されたとは限らないという実例がいくつも挙げられる。誰が書いたか、誰が読んだかというのは嫌でもその論考の価値を決定してしまう側面があるのだ。

 

「僕の方に心当たりがあります。というより、キイさんの目的はこの論に反対する人が万人に対する教育を実行すること、ですよね?」

 

「その通り」

 

「……具体的な実行には、それなりの知識を持った人物が求められます」

 

頷く私。それと同時に記憶に引っかかるものがある。

 

「あれ、この流れ前にも見たな」

 

「結局これ、キイさんの仕事が増えるだけでは?」

 

「……長期的な教育はそういった個人の能力に依存するものではなく普通の人たちの協力による社会の創造を」

 

「あと十年以内に、そういうことができる体勢が整うといいですね」

 

「……そうだね」

 

「できれば印刷物管理局にそういう仕事が回るようにしたい、と考えていいですか?」

 

「確かに。この教育には印刷物が不可欠だ」

 

私の論考では教育のコストを過度に見積もっている。もし教育学、いやこの世界では教育術という名前になるだろうものが確立され、適当な教科書が作られ、そして次の世代に教えることのできるだけの知識を持った人を大量に育成できるのであれば、教育というものは決して文化的贅沢品ではなくなるのだ。

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