図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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人員

私は計算を終え、ペンを置いた。

 

「人数が足りないな……」

 

問題は業務の急激な増加である。規格化や書誌情報記載義務は多少手間を軽くしてくれているが、純粋に冊数が多くなってきていて辛い。事務職も何人か追加されたが、印刷機の開発や改良、出版関連の法案作成や関係機関との折衝などに影響が出てきている。いや別に厳密に義務付けられた業務ではないのでなんなら投げてもいいのだが、それをやると混乱が見えるので良くない。ああまったく、私はなんてお人好しなんだろう。

 

「局長、さすがに問題が出てきています」

 

「そう?」

 

「ええ。実際、燈油の消費が増えています」

 

局員の一人が差し出すのは手書きのグラフ。ああ、これが普通に使われるようになったんだな、と変な感慨が浮かぶが本題はそこではない。

 

「……確かに。残ってまで仕事をこなさないといけないのは私の責任だな」

 

「大半は局員の凝り性のせいだとは思いますが」

 

「それも加味しないと。一応私は雇い主なんだから」

 

それを聞くと、局員は目頭を押さえる。

 

「……局長、いろいろ言われていますけど俺は局長についてきますから」

 

「……何を言われているのか聞きたいなぁ」

 

固まる局員。

 

「ほら、あれですよ。城邦の敵だとか」

 

「大きくなったもんだな……」

 

具体的に話を聞くと人員と予算をかなり手にした上で出版物の中身も「指導」せず、局員も仕事と関係ないことばかりしているという誹謗中傷があるらしい。あの頭領府から来た情報収集の専門家である局員が気になったという理由で行った調査によればそのきっかけは酒場で呑んでいた局員の自虐に尾ひれがついたものだったとかいうオチまでついていて笑った。

 

「まあ、確かに良くないね。金になる作業でもするか」

 

「なら蝋紙版印刷機の販売権をうちにください。売りますよ。一番金になるはずです」

 

「そうか、君は商会側の人間か……。というか、その話が出る時点で相当裏で話が進んでいないか?」

 

「それについては、黙っているように言われていまして」

 

完全に答えである。

 

「……開発関係者にちゃんと恨まれない程度の金を持たせてやれ。それ以上はいまのところこちらからは言わない。あと独占権については管轄外だ」

 

「わかりました。なぁに任せて下さい」

 

簡易印刷が広まる影響はどれぐらいかわからないが、事務作業は格段に楽になるだろう。なにせ今までの仕事の少なくない割合が「書類を写す」ことだったのだ。その一方で変なものが出回る可能性は十分にある。

 

「それと、局長が興味を持つだろう人物についてまとめてあります」

 

そう言うと局員は活版印刷で作られた枠に手書きで詳細が書かれた一種の履歴書を渡してきた。

 

「……これ、作ったの?」

 

「ええ。今後必要になるでしょうから」

 

手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)と組み合わせて使うと良さそうだ。厚紙の方には最低限の情報を書いて、こっちの紙と同じ番号を書いて対応するようにすれば」

 

「なるほど、それは良さそうです。その計画案も作ってくるので確認してもらえますか?」

 

「わかったから帰れ。もうそろそろ日が暮れるぞ」

 

私が外を見て言うと、局員は驚いたようだった。まったくこの手の人間は集中するとすぐ時間感覚を失うんだ。私が言えた義理ではないが。

 


 

「……債務労働者、ね」

 

家に帰った私は紙の一枚をランプの灯りの下で見ながら言う。

 

「書類偽造の罪で罰金が銀片三千枚とは、また凄い人を出してきましたね……」

 

「知ってるの?」

 

「いえ、ただ面白そうな人だとは思います」

 

「うーん」

 

かつて犯罪者だった人間の雇用は色々と問題がある。その下準備も楽なものではない。心理検査の概念を作り、長期的な行動追跡や価値基準に関する研究も必要かもしれない。それにしても一度会う価値はあるかもな。

 

「それ以外の人は、まあ普通ですね」

 

評価されない講師、待遇に不満のある工員、大商いを目指す商者、それに有望な学徒。

 

「新人の育成は時間がかかるから、慎重にやりたいが」

 

「え、雇って現場に置けばいいだけでは」

 

「まさか、え、ああ、そうか……職業についての教育という概念がないのか……」

 

「いやありますが」

 

ケトは反論する。

 

「違うよ。なんて言うべきかな……。その業務に必要な技術や知識を、体系的に学ぶこと」

 

「師から見て学ぶようなものではなく?」

 

「違う。もっと学のようにしっかりとしたものでないと」

 

「……理念は理解できますが、それは手間がかかりすぎますし難しいのでは?」

 

「君がそう言うなら、難しいのはわかった。ただ、やってみる価値があると思う」

 

「わかりました。なら、協力します。必要なものはなんですか?」

 

私はいい相方を持ったな、と少し笑いながら私は脳内でリストアップを始める。

 

「まずは、私の余裕かな……」

 

「今の論稿の件が終われば僕も動けるので、その間に他の仕事の手引も作って下さい」

 

「あ、あの手引はどうだった?」

 

私は作っていたマニュアルを思い出す。半分ぐらいはメモみたいなものだが。

 

「かなり助かりました。ああいう形で仕事を客観視するのはいいですね」

 

「私がやりたい業務訓練みたいなものは、その客観視をできるだけ広く適用するものだ、と言ったらその価値がわかる?」

 

「ああ、なるほど。……あれを誰でも書けるようにする、と?」

 

「まずは読めるようにするところからだけどね」

 

マニュアルの起源はフレデリック・テイラーのあたりだろうか。本来単純作業のためのものだが、私はその後百年かけて作られた色々な手法を知っている。伊達に小学生でISO 9004を読んでいたわけではないところを見せてやる。が、その前に日常業務を効率的に行うための十分な睡眠を取らねば。

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