図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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愛情

受け取った紙の束を確認する。あとは染厚紙で表紙を作って背を紐で綴じて製本するだけだ。この綴じ本、あるいは冊子という形態に似たようなものは存在するが、まだここでは巻子本のシェアが大きい。まあ一冊あたりの本のコストはまだまだ安くないし、本自体が高級品というイメージが抜けていないので仕方がないところではある。それでも小規模でそこまで凝っていない印刷物が流通することが重要だと考えている私からするとどうにも歯がゆい。

 

とはいえこれは業務外にやる。一応私は日没の少し前、まあ正確な時刻や時間を測定する方法がまだないのでいい加減だがそれまでは印刷物管理局の局長としての仕事をすると決めている。まあ最近は贈答用の硝子筆(ガラスペン)の生産で忙しい時もあるが。ケトに必要だと言われたら私はそれを信じるのみである。どうやら私が事務仕事で忙しい間、外回りなどをやっていてくれたらしい。きちんと業務内容を確認しないといけないが、どうにも後回しにしがちだ。よくないな。

 

「局長、これで今月の分は終わりです」

 

「……早くない?」

 

「管理局内で研修をしたいという話をケト局長補佐から聞いて、その余裕を作るために少し頑張りましてね」

 

そうやって班の一つを任せている局員は苦笑いをする。

 

「ありがとう。銀片を積む以外の方法で君たちに報えないかな」

 

「払ってくれないんですか?」

 

少し意地悪そうに局員が言う。

 

「私だってさすがに大変でね、さらに銀片を足すよりも有意義なものがあればそちらにしたいのさ」

 

まあボーナスや昇給などはかなりしているはずだし、局員も基本的に金銭的待遇での問題はないはずだ。なぜわかるかって?局員全員の身辺調査もやってくれている優秀な組織と私が繋がっているからだよ。別に局員が買収されること自体は構わないが、誰がどこの紐付きなのかはしっかり把握しておきたいようだ。素晴らしい。その調査力をもってしてもなお私の背後関係は何もわからないとか。このままではただの趣味で異常な水準の技術や知識を生み出していることになるという結論らしいが、私はそれを聞いてただ微笑むしかなかった。趣味だからな……。

 


 

日が沈んで冷たい夜風を感じながら、局内での研修プログラムの内容を書き出していく。まずは全体の目標を共有して、関係者の利害を理解して、その上で行動できるようにする。そこから個別の作業についての説明と、マニュアルの作成やこういった研修そのものに対する知識を深める訓練。

 

目標が決まれば、必要なものを割り出せる。使える資源を整理し、実現可能な範囲で行動を決定し、実行し、評価し、改善を繰り返す。基本的に思えるが、これを体系化してやるのは難しい。これを小学生に学ぶように勧める親がいるんだってさ。信じられるか?

 


 

硝子筆(ガラスペン)を置いて、ちょっとだけ目を閉じ、過去の思い出に浸る。

 


 

小学生低学年に相当するころ、私は世界と大人を舐めきっていた。つまらない学校の授業も、同級生との低俗な会話も嫌だった。それなら家で本を読んでいた方がいい。こう親に言ったら、それならまずは小学校の範囲を全部理解しろと言われて中学受験の問題を渡された。解いた結果?まあ、合格ラインには届いていなかったと言っておこう。今思うと初見でやったにしてはなかなか良い点数だが。

 

それで両親は授業範囲に相当する部分を定期的にプレゼンで説明することと引き換えに私の不登校を認めた。本当に狂っている親だと世間を知っている今となっては思うが、小学生の作るスライドに定期的に時間を取って丁寧に質問を入れて訂正案を出してくれたのは学生生活で非常に役に立った。なにせ大学一年生で学会誌に普通に投稿できるレベルの文章が書けるようになっていたのだから。

 

私が両親のコンプレックスを反映して成長したことは否定しない。私が客観的に見て歪んだ成長をしていたのも事実だ。私が親から受け取っていたのは世間一般の愛情とはズレたものだった。もし相手が私でなく、もっと普通の少女であればきっと父も母も親として不適格だったのだろう。しかしまあ、私だったのだ。今では幸福な子供時代であったと胸を張って言えるし、私は二人を自分なりに愛していた。

 

両親はできる限りの方法で、私に色々な世界を見せてくれた。例えば当時大学の講師だった母は自分の研究室のゼミや学会に私を連れていったし、分析機器メーカーの開発部の課長だった父は工場や研究の現場を見せてくれた。当時の私は眼精疲労もなしに片っ端から本を読めたし、この時の数年間で私の興味の下地というものは完成していたと言えるだろう。当時きちんと理解せずに読んでいた本の数々が「繋がった」のはそれなりに後だったが。

 

とはいえ社会学を専門にしていた母とも、理論畑であった父とも違って私が興味を持ったのは実際に手を動かして何かを作ることと、その歴史だった。それを学ぶことを目標として逆算し、私は中学校では真面目な生徒として振る舞った。幸いにも不登校であった事実を知っている人は周りにいなかったし、自分の優越感をぶち壊すような怪物の知己もできた。授業内容を先読みし、先生の頭の中の授業指導案通りに答える学生生活はまあ今思い出すと痛いものがある。どうにも両極端なんですよ。当時はストイックに社会が求める役を演じることがいいと思っていたんです。小学校時代の嫌な反動だ。

 

「ぐぁ……」

 

思い出したくないことに触れてしまい、私は声を出して思考を誤魔化す。横を見るとケトは既に寝台で寝息を立てていた。そういえば、彼も普通の家族とは違う環境で育ったんだったな。不幸ではなかったらしいが、ある意味で私と似ている面はある。早熟な天才で止まらないといいが、と私は考えて灯りを消した。

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