図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

108 / 365
代理

印刷物管理局局長補佐は局長代理に就任し、局長は調査班の一班員となった。まあ、つまりは適材適所というわけである。印刷物管理局の中で書類作成能力で言えば私はそれなりに下の方だが、マニュアルの作成についてはまだ追いついている人はいない。つまりは私が局長の椅子に座っていなくても仕事は回るので、今後の改善のために必要な人材を適当な場所に配置するためには一番適した人にマニュアルを頑張って作らせてその技を他の局員に盗ませるのがいいとの結論だ。こういうレポートを局員の一人が出してきたので彼は調査班の班長になった。ああ可愛そうに、こういうのは言い出した人に投げられるのだよ。その分評価はちゃんとするのでご安心を。

 

「キイ嬢、この部分がよくわからないので確認してもらえるか?」

 

「はいはい」

 

業務を脇から見て分析した私の汚いメモ書きを何人かで修正し、最終的にマニュアルにまでまとめる。そうしてできた文書は何部か謄写版で複製して、厚紙のフォルダに綴じ、手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)で管理できるようにする。ちなみにこの工程自体が印刷物管理局標準作業手引1号である。こういうメタなものを作るのは楽しいんですよね。

 

「作業12から15をうまく纏めたいんだが」

 

また面倒な注文がやってくる。

 

「確かにこの部分が変わるだけの繰り返し内容だから、統一した略記方法を用意しよう」

 

つまりはただのwhileやforループだ。ああ速くこれを自動化したい。基本設計はチャールズ・バベッジの解析機関(analytical engine)方式でいいだろうか。いや基数は2進数のほうがいいかな。プログラム可能なものとするとなるとその概念を先に出すか、あるいは実物を出すか。まあ思索はほどほどにしよう。まずはお仕事だ。

 

「局長代理、確認してもらえますか?」

 

私が丁寧に言うと、いつも私が座っている柔らかめのクッションに座ったケトが居心地の悪そうな顔をする。

 

「キイ嬢が確認すればいいじゃないですか」

 

「自分で作った文章を自分で確認するのは非効率的だよ。自分で完璧だと思っているものの誤りを簡単に見つけられるほど人は賢くない」

 

とはいえチェックを重ねればいいというものでもないので難しいところだが。まあなにか問題があったら局長代理を任命した局長の責任となるのだ。私からすれば上司の上司の上司なので、下っ端班員キイの知ったことではないな。面倒事はキイ局長に任せよう。

 


 

業務の洗い出しと整理、効率化のための色々な工夫の手口は徐々に盗まれている。いやそう簡単に学ばれても困る、と言いたくなるがここにいるのは見て学ぶことが当然だと思っている人達である。そのレベルの人の前で一回でも実演すれば背後の理論を理解するのにそう時間はかからないだろう。というかかからなかった。

 

「それで私は免職ですか」

 

「そういうわけではないですけどね?」

 

私の上司だった班長が言う。

 

「ひとまず、こちら側だけでやってみます。問題があればすぐに言って下さい」

 

「わかった」

 

そうしてケトの座っていた席に戻ってきた。ここまで半月程度である。

 

「おかえりなさい、キイ嬢」

 

小さな声でケトが言う。

 

「局長代理の席はどうだった?」

 

「大変ですね。何より全体を見なくちゃいけないのが……」

 

「必ずしも全員を追う必要はないんだけどね。信頼できる人が班長をやっているところは適度に任せるのも大切だよ」

 

そう言いながらケトの書いた業務日誌を見る。これもフォーマットを固めてあるので書くのはそう難しくはない。

 

「それで、ケト君の感覚だとどのくらい業務は効率化してる?」

 

「……具体的な数字はわかりませんが、目に見えて変わっているように見えますね」

 

「なるほどね、そういう視点は現場にいるとあまりないからさ」

 

私は日誌をめくりながら言う。

 

「これで、多少は余裕が生まれるでしょうか?」

 

「基本的に効率が良くなっても働く時間は変わらないで仕事量が増えるんだよ」

 

「その仕事量を管理するのは局長の仕事ですよ」

 

その言葉には少しだけ嗜虐心が混じっている。

 

「……そんなに、代理の仕事は大変だった?」

 

「ええ」

 

まあ、将来的にケトには色々できるようになって欲しいのでこういう経験はできるだけ積ませていきたい。

 

「とはいえ、ある程度手引ができれば局長の仕事も減るでしょう。どうするんですか?」

 

「やりたい事は色々あるんだけどね……。そう言えば例の論稿は?」

 

私は頑張って製本した怪文書を思い出す。いやあ仕事が忙しくて忘れていた。

 

「忙しい中でしたが配ってきましたよ。その時に局長代理の肩書は便利でした」

 

「それはよかった」

 

「……あと、印刷物管理局は思ったより知られていないようです」

 

「どういうこと?」

 

「直接の関係者を除いて、印刷物管理局を知っている人は三人ぐらいでした、局長の名前まで知っているとなるとかなり限られると思います」

 

「それは面倒だなぁ」

 

私は思わずぼやいてしまう。そういう事例はインタビューを重ねてもぼやけて情報が出てこないのだ。技術史関連をやっているとこういうことが非常に一般的だったので困る。案外事務のお姉さんだった人が一番詳しかったりするのだが事務職の今の居場所はおろか名前すらも怪しいことが多いのだ。いやこれは今回の話には関係ないな。

 

「やはり知名度が必要ですか?」

 

「そうだね。印刷物が増えると自動的にここらへんは知られていくだろうけど……。あ、印刷機で作られた書類についてはどうだった?」

 

「読みやすいという意見が半分ぐらいとうまく馴染めないという意見が半分ぐらいですね」

 

「まあ、急激な変化は難しいから」

 

今はかなり無茶をしているはずだ。影響がどう出るかは分からないが、変化がゆっくりなことには利点もある。何かが起きてもそれをどうにかできる時間的余裕が生まれるということだ。これを活かせればいいのだが。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。