図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第10章
規格化


「局長?」

 

どこからか声をかけられて、私は意識を取り戻す。

 

「……ああ、すまない。少し疲れていてね」

 

最近涼しくなってきたのもあって、眠気には勝てなかった。突っ伏していた机から顔を上げる。

 

「所属している商会から、局長に渡すようにと」

 

そう言って声の主である局員は封筒を手渡した。白い紙だ。手触りはしっかりとした厚紙のもの。

 

「この封筒だけで、嫌な感じがするんだけどなぁ」

 

私は苦笑いをする。なにせ塩素で漂白された紙だ。これが少量ながらも作れるぐらいには製紙技術は進んでいる。で、この手紙の送り主はその紙をわざわざ使うほどの人物だ。

 

「……もし断るのであれば、こちらで伝えますが」

 

「いや、これはただの私の怠惰だよ」

 

包み紙を開くと、そこには丁寧な筆致で招待の文言が書かれていた。

 

「ケト君、予定表見せて」

 

「はいはい」

 

帳面を開き、招待の日付を確認する。四半月後か。ある程度の準備はできるな。

 

「……この日で問題ない。返信はあったほうがいいかな」

 

「いえ、不要です」

 

「……彼に会うのは、久しぶりか」

 

対面で会ったのは晩餐会の時だから、ええと二年弱前になる。……本当か?なにか私の計算が間違っていないか?少し確認するが、やはりそうだ。となると私はこの城邦に来てからたった二年で、ここまでやってしまったのか。指を折って少し数える。よし、まだ30にはなっていないぞ。

 


 

案内された商会の一室は、たぶんそれなりに贅沢なのだろう。派手にならない程度に並んだ品々は、おそらくは舶来品。商会の力を示しているというわけだ。

 

「お待ちしておりました、キイ嬢とケト君」

 

「お久しぶりです。あの将軍補の晩餐で会ったきりでしたから」

 

私の前にいるのは長い髪を持った、細い目の男。年齢は私より少し上かな。

 

「貴女の噂は他の城邦でも聞こえていますよ」

 

「そちらの動きも聞こえています。『長髪』が文字版印刷機の輸出を成功させたと」

 

長髪の商者。図書庫の城邦を中心として活動する商会内の一派を率いる若い人物であり、古帝国語や統治学にも長ける。彼が今回の招待者だ。

 

「今日は貴女と更に良い取引をしたくて、こうして招いたわけです」

 

そう言う彼の肌は少し焼けていた。

 

「と言われましても、私が出せるものは今はあまりないんですけれども」

 

「ご謙遜を。手整鑽孔紙、蝋紙印刷、それに仕事の効率化まで。いくらかはこちらでも使わせてもらっています」

 

「そして売っている、と」

 

「ええ。求める人は多いもので」

 

私は笑顔を浮かべながら思考を回す。さて、向こうの目的は何だ?

 

「……今後、印刷機の需要は増えるでしょうな」

 

「そうでしょうね」

 

「ところで、印刷機は全て同じ文字版を使うことができるようになっている」

 

「そういうふうに設計しましたから。作るのには手間はかかるとは思いますが」

 

「つまりですよ、誰かが自ら文字版を作ることもできるだろうし、また文字版から印刷できるような機械を作り始めるのも時間の問題である、と」

 

「……でしょうね」

 

「これは、計画的なものですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

この世界の商慣習については詳しくないが、規格の制定や「お願い」によって私は製品にかなり影響を与えている。与えてきたのだ。気がつく人がいつ出るかと思ったが、こういう形で来るとは。

 

「それが聞きたかった」

 

彼は笑顔を作る。

 

「キイ嬢。我々はいくつかの工房や商会をまとめ上げました。手の届く範囲の自然物も、一部の地域でしか作られない工芸品も、必要であれば持ってくることができます」

 

「ほう」

 

総合商社的なものか。面白い。いや、そうじゃないな。

 

「……待って下さい。それを作るのにどれだけかかったのですか?」

 

「先代からの事業を引き継いだだけです。本格的に動いたのはここ最近ですが」

 

ああやはり。私に関する様々な分野で動いていたのは知っている。紙の生産である程度の利益を手にしていることも。

 

「しかし、こう言っては悪いかも知れませんがそこまでする価値がありますか?」

 

「ありませんな、普通であれば。商品の質を担保する工房の間の関係を崩し、職人に技を捨てさせ、他の商者のために動くなどということは」

 

そう。彼の動きはおかしいのだ。ただの博打ではない。

 

「……気がついているのですか。規格化に」

 

「当然。印刷物管理局規格は素晴らしい。しかしまだ貴女はあれの本気を出していないでしょう?」

 

「というと?」

 

「印刷機を作る全ての部品を規格に合わせることができれば、最初に投資する金額は大きくなるが容易に生産ができ、整備も単純なものになる」

 

「そういう部品を作ることができるのですか?」

 

「逆に聞きます。できないのですか?」

 

落ち着け。相手のペースに載せられていそうだな。

 

「文字版の大きさや紙の大きさを揃えるように部品の大きさを揃えることぐらい、考えていないとは思いませんよ」

 

いやここまで言われればもう無理だな。彼はかなりのところまで見通しを持っている。

 

「……もしそうだとしたら、何をしたいのです?」

 

「そういう部品を作る機械を、手に入れる」

 

商者は目を開き、こちらをじっと見る。工作機械(マザーマシン)の確保による産業基盤の構築か。そう、私が作りたい技術体系の基盤になるのはそういった精密な加工ができ、機械を作るための部品を作ることの機械だ。というより、よくここまで読みきれるものだな。

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