精密な部品を大量生産するためには、精密な加工のできる装置が必要だ。工作機械の母性原理と呼ばれるものがある。これは単純に言えば、ある機械で作られる製品の精度はその機械に使われている部品の精度を超えることができないというものだ。ちなみにこの原理には当然抜け道がある。そうでなくては人間の指でできる精度以上の物を作れるはずがないからだ。具体的には「部品を大量に作り、その中から精度の高いものを選りすぐる」であったり、「加工機械の癖を読んで調節する」などといったもの。しかしこれは非常に手間で、例外扱いとしていいだろう。
まあともかく、精密に作られた加工装置は産業の重要な基盤となるのだ。なのでこれを握ることは産業そのものに影響を与えることがある。たとえば一般的な部品を作るような機械を作るための部品はより精密な工作機械によって作られるが、そういう機械が国内になければ製造装置を輸入してくるしかない。別に国交関係が問題なければいいのだが、まあ歴史を見ればその輸入元に戦争をふっかけざるを得なくなった例もあるのでできるだけ自分の手元にそういう装置があるに越したことはない。
「部品を作る装置、ですか……」
私は息を吐く。さて、眼の前の長髪の男はこの分野を一体どこまで理解しているのやら。
「着眼点は素晴らしい。私もそういうものを作りたいと思っています」
「そうでしょう?」
「しかし、決して容易に作れるものではありませんよ?」
「理解している。しかし不可能ではないだろう?」
「なぜそう思うのです?」
「貴女がそれを作れると知っているということは、それはいずこかで既に作られたのだろう。ならばその工程が複雑であっても、我々が作れない道理はない」
まあ時間軸がおかしいので既にと言えるかは怪しいが。というか押しが強めだな。本性はこっちか?
「……確かにそうです。が、それは器用な子供が大きな水車を作るぐらいには難しいですよ?」
さて、と私は紙と
「面白いものを使っていますね」
「ええ、できればこれもそちらで作って欲しいんですけどね」
そう言いながら、私はペンを走らせた。
「ふむ、金属用の横
紙を見ながら長髪の商者は言う。
「わかるのですか?」
「商者であれば扱う可能性のある商品についての知識は不可欠ゆえ、学んでいるのですよ」
素晴らしいプロ精神だ。信用できそうだな。
「問題になるのは、ここになるか?」
彼が指差すのは金属を削ることになる工具の部分。
「そうですね。特殊な鋼が必要になりますが……。ええと、鉄に含まれる炭基質の量によって性質が変わるというのはいいですか?」
「聞いたことがあるな。よく練った鉄であるほど炭基質が抜けており、柔らかいかわりに粘るのだったか?」
練る、か。パドル炉があるのだろう。冶金学の基礎は問題なさそうだ。水準としては
「その通りです。ここに使う時には炭基質を増やし、場合によっては特殊な鉱石から得た金属を混ぜねばならないでしょう。この分野は薬学師も加わらなければ難しいでしょうね」
「トゥーヴェ師のような?」
知っている名前が出てきたので少し驚くが、そう言えばあの人が懇意にしている輸入業者も彼の系列だったか。
「知っているなら話が早いですね。彼女の出版された研究書は助けになるかと」
単純ながらも元素論を示しているのだ。電気分解と酸による分離を組み合わせれば、かなりの分離ができる。まあ鉱物の産出が偏っているとまずそれを見つける手間はかかるが。
「……まさかとは思うが、この加工のために薬学を?」
「それだけではありませんがね」
さて、こう口にすることが一体どれだけ相手に情報を与えることになるやら。
「既存の常識が一変する程度のことは織り込んでいたが……、もしやそれ以上かもな」
「まず職人自体がこういう加工を嫌うでしょう。自分の腕に自信があるのは悪いことではありませんが、それは新しい方法を受け入れる時には害となる」
「……そうは思わないがな」
「と、いいますと?」
「職人とは技を生業としている。もちろん信念の曲がらないものがいるのは事実だが、新しいものを試そうとする職人も多いぞ?」
おや、少し意外。技術史では受け入れるまでに時間のかかった技術も多かったのだが。
「……もしかして、そういう人を集めました?」
「あの印刷機を作った人物が、新しいものを作ろうとしている。その現場を見たくないかね?と言えば多くの人が手を貸してくれたよ」
商者は笑って言う。
「ありがたいことです。……とはいえ、私流の教育はさせてもらいますが」
「必要だろうな。貴女は腕のいい職人だというが、それは知識に裏付けられたものだと聞いている」
一体誰から聞いたんだ。候補が多くて特定できないぞ?そもそも印刷物管理局が産業スパイの巣窟らしいからな。他の城邦と繋がっている人も増えてきたと聞く。まあ大図書庫自体が色々な所から寄付を受けているので別に図書庫の城邦のために動かねばならないというわけではないのだが。