図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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転炉

「それで、何を作りたいのかね?」

 

長髪の商者の言葉に、私は少し考える。旋盤を始めとする加工機械。ガラスを加工して作る測定装置。電気を用いる各種の機器。どれも魅力的だが、色々ある条件の中でどれが一番適切かは決めにくい。

 

「……まず、売れなければ意味がないのでは?」

 

「まさか。そんな簡単に売れるとは思ってはいない」

 

「それなのに、多くの人と話をつけてきたのですか?」

 

「ああ。商者は確かに銀片を求めるが、それ以上に人と人とを結びつけるのだよ」

 

また思考が読みきれない。私の知る資本主義経済における考え方とはまた違う、思想的側面が強いものなのだろうか。まあいい、敵意は無く、互いに利益を求めており、交渉の基盤がある。ゲームをやっていこう。

 

「基盤を手に入れたいというのはいいことです。私の知っている装置を作るためには、ここで手に入る材料も職人の腕も知識もひどく不足しています」

 

「……だろうな」

 

少し悔しそうに彼は言う。

 

「なのでまずは少し話を絞りましょう。商会における問題点はありますか?」

 

「そうだな、荷物を運ぶのに船を使わなければならないし、多くの時間がかかることだ」

 

「……それはまた、根本的な問題を」

 

船の改良でもいいが、もう少し別方向のアプローチをしてみようか。

 

「それを直接解決することは私の知識でも難しいですね。時間については船の改良という方法がありますが、これについては何度も繰り返しの挑戦が必要になります。手助けはできますが……」

 

圧縮着火式内燃機関(ディーゼルエンジン)羽根車(タービン)式蒸気機関を動力にすることもできるが、これはまだ時間がかかるだろう。そうでなくともエンジンの信頼性が低いしばらくは機帆船を用いるはずだ。今の帆船の改良となると流体力学や構造力学の分野だろうか?そもそも船一隻を作るのにも年単位の時間がかかるのだ。もちろん準備をすれば4日ちょっとで10000トンの輸送船を作ることができるが、低温脆性でぶっ壊れかねない。

 

「むしろ輸送自体の効率を上げるのはどうでしょう。例えば荷物をある決まった大きさの箱に納める……というのは、海運分野ではかなり使えるのではないでしょうか」

 

「箱、か。壺や籠ではなく?」

 

「そうです。木の箱を……ああ、製材の問題ですか?」

 

「そうだな。我々の作業効率では、そこまで容易に木板を作ることはできない」

 

なんというか、相手は宇宙人とでも話している気分だろう。それでも興味深く聞いてくれているのが救いか。

 

「えーと木材を作るための刃物……」

 

(のこぎり)ですか?」

 

ケトがアシストをくれる。ありがたい。ずっと黙っていたから存在を忘れていたのは内緒。

 

「そうそれ。一般的に使われている(のこぎり)の形状はわかりますか?」

 

「その筆と紙をもらえるか?」

 

「どうぞ」

 

硝子筆(ガラスペン)に少し戸惑いながらも、彼は手早く図を仕上げる。

 

「こういったものだ。大きさは様々だが」

 

「大きいものですと、どれくらいになります?」

 

「ここからここまで、大人の背丈の倍ほどか」

 

「私の知る製材方法の一つに、この(のこぎり)のような刃を外周につけた円盤を高速に回転させて、そこに木材を入れるというものがあります」

 

等角図(アイソメ)を描くと、商者は不思議そうに図を見た。

 

「これは……どう捉えればいいんだ?」

 

「わかりにくかったですかね」

 

別方向から見た図を足すと、彼は理解したように頷いた。

 

「なるほど、これはそういう見方をする図か」

 

そこまで言われて、私はやっとこの投影図法というものがそれなりの数学的背景を持っていたことを思い出す。というか製図という概念も規格化というか統一された単位がないとあまり意味を持たないのか。かなりここらへんは複雑だな。とはいえ理学における共通言語が数学であるように、工学の一分野では製図が共通言語となる。ここはしっかりと固めておきたい。

 

「で、この刃物には鋼が必要で、鋼を作るためには専用の炉があるといいですね」

 

「専用、と言うと?」

 

「こんな形をした容器に溶けた鉄を入れ、下から空気を吹き込むことで内部の炭基質を大気中の煆灰質と結合させます」

 

私は回転できるバケツのような構造を描く。

 

「……そんなことをして、鉄が冷めないのか?」

 

とても良い質問だ。そして煆灰質、つまりは酸素の理論について理解しているということはトゥー嬢の本を読んだのだろう。あれはそれなりにわかりやすく書かれてはいるが決して初学者向きのものではないぞ?恐るべき理解力か、はたまた広範な基礎知識か。どちらにしてもやばい。

 

「炭基質と煆灰質の結合は炭が空気の中で燃えるのと同じで、多くの熱を出すのですよ」

 

「……もしこれが実現できるならば、鋼が(ずく)から作れるということになる。それも容易に」

 

「ええ。もちろん鉄の質によってこの容器の内張りを変えたり、あるいは適切な添加物を加える必要はあるでしょうが」

 

「問題は空気を送り込む部分か」

 

「ふいごでも行けるでしょうが、かなりの重労働になるかと。それに吹き込み部分に溶けた鉄が入ってこないようにする必要もあります」

 

私の知る歴史では、この種の炉はヘンリー・ベッセマーの作った底吹転炉として知られている。かつての世界で主流だったLD(Linz-Donawitz)法を実現するには圧力と純酸素の製造に問題があるが、これぐらいなら行けるんじゃないだろうか?

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