図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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小数

「空位記号の数を示す記号を考えるよ。名前は何がいいかな……」

 

logarithmの語源は確かロゴス(λόγος)だし、対数の由来はただ表として対に並べたところから来ていたはず。つまりはここらへんの名前はどうでもいいのである。結局「桁数」ぐらいの意味の新しい単語が生まれ、記号も作られた。まあ実用重視なので自然対数ではなく底を(A)とする常用対数の話をしよう。

 

「よし、ではこの対数の例を示そう」

 

$$\begin{eqnarray} \lg 10 &=& 1\\ \lg 100 &=& 2\\ \lg 1000 &=& 3\\ \lg 10000 &=& 4\\ \lg 100000 &=& 5 \end{eqnarray}$$

 

「……これを、広げていくんですか」

 

若い学徒が言う。

 

「そう。これには二つの方向が考えられる。ある数の対数となる数を考えるか、あるいは対数を取ってある数になるような数を考えるか」

 

さらりと逆関数の概念も混ぜておく。対数関数は多価関数だって?いいんだよまだ虚数の概念は出していないんだ。

 

「では後者で行こう。例えば2と十分割の5……面倒なので2.5と呼ぶか。対数を取ることでそういう値になるような数はいくつだと思う?」

 


 

十進法を数を小さくする方向に拡張することはこの世界では比較的普通に行われていた。例えば単位の百分の一という概念、まあSI(国際単位系)における接頭語のようなものはある種の果実の重さや薬学における計量に用いられる。小数に近い概念もある。例えばその方法で円周率を言うのであれば「3と十分割の1と百分割の4と千分割の1と万分割の5と十万分割の9と……」となる。まあ面倒なので間に点を入れて略記するという方法を私は採用した。この表記方法はシモン・ステヴィンのアイデアをジョン・ネイピアが改良したものによく似ている。つまりは普通の小数だ。このジョン・ネイピアは対数表の作成者でもあるし、自然対数の底の別名「ネイピア数」としても名前を残してる。ちゃんとした発見者はヤコブ・ベルヌーイだろとか一般的にはガウス数ではないかという話は無視しよう。さて、本筋に戻るか。

 

対数の特徴の一つを考える。$\lg 1000000$は6で、$\sqrt{1000000} = 1000$の対数を取ると3だ。6は3の半分。つまり、対数を取った値が半分になる時、取る前の数は平方根の値になっている。少しわかりにくいな。一般化して文字で表そう。

 

$$\lg x = 2 \cdot \lg \sqrt{x}$$

 

ただし$x$の定義域は正の実数であるとする。$x = \sqrt{x}$とすれば

 

$$\lg x^2 = 2 \cdot \lg x$$

 

となる。ここで$x$の指数部分の2と左辺についている2が対応していることを考えればもっと一般化できる。つまり実数$a$を用意すれば

 

$$\lg x^a = a \cdot \lg x$$

 

というわけだ。さて、これで私が最初に出した問題を考えよう。$\lg x = 2.5$となるような$x$を求めればいい。ここで上の式で$a = 2$の時を考えよう。

 

$$\begin{eqnarray} \lg x^2 &=& 2 \cdot \lg x\\ &=& 2 \cdot 2.5\\ &=& 5\end{eqnarray}$$

 

さて、対数をとって5となるような数はさっき列挙したリストの中にある。100000だ。つまり$x^2 = 100000$となる。

 

「これは解ける?」

 

「316より微大、か。確かに100と1000の間にある」

 

そう呟く局員。

 

「覚えているので?」

 

「……ああ、そうだが?」

 

少し意外そうに彼は言う。少し確認したが、この世界での計算術はかなり暗記に頼っている側面がある。受験戦争みたいだな。まあ九九ぐらいはすぐ出てくるようなのでよかった。

 

「これ、例えば対数を取って1.25となるような数を知りたければ316の平方根を取ればいいんですか?」

 

私が局員とそういう話をしていると、若い学徒が横から私に質問してきた。

 

「その通り。……ケト君は少し辛そうだな」

 

私が言うとはっとケトが身体を起こして眠そうな目を開く。まあ、これだけの知識を一気に浴びせられたら慣れていなければこうなるわな。

 

「……すみません」

 

「ああ、これは調子に乗ってわかりにくい説明をした私が悪い」

 

「そんな事は……いえ、ありがとうございます」

 

否定しようとしたケトが撤回する。私の性格というかやり方が読まれているな。

 

「しかし、これでわかるのは飛び飛びの値の対数の関係だけだ。もっと上手い手はないのか?」

 

そう言う局員に、私は教本をめくる。

 

「ある」

 

まあ内容は少し複雑だ。座標平面上のグラフの傾きから $\varepsilon \text{-} \delta$ 論法で微分を定義し、そこから関数の多項式近似に持っていって、$\ln 1+x$のテイラー展開をしてから、収束の速い式に持っていく。どれもこれも抽象化された数学の産物だ。ええと、座標平面はルネ・デカルトのDiscours de la méthode(方法序説)だから1637年、$\varepsilon \text{-} \delta$ 論法は19世紀半ば、多項式近似はそれなりに古くからあるはずだけど、テイラー展開は1700年ぐらいかな。数学史の年表の記憶が少し怪しい。まあ、ここまでたどり着く事ができればあとは勝手に発展できると思う。さて、頑張って教えるぞ。

 

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