「そういえば会うのは久しぶりだな、少しやつれたんじゃないか?」
トゥー嬢は薬湯を飲みながら言う。この世界では薬学が錬金術みたいな物質の変化の探究方面に進んでいるので、本来の医用薬品の製造は医学に吸収されている。それでもまあ、トゥー嬢はそのへんの心得は多少はあるらしい。
「仕事が忙しくて」
「そうだと思って多少は英気をつけるようなものを混ぜたんだがね」
「そういうものもあるんですか」
私も一口。実際薬湯と言ってもふつうに美味しいのだ。柔らかい甘さと少しの苦味。かといって後に引く苦さではない。言葉での表現が難しいな。
「この味は██████を?」
「そう高価なものは使わないさ、██████████だよ」
ケトとトゥー嬢が知らない単語で会話をしている。まあなんとなくはわかるよ。似たような効果をもつ生薬らしい。
「それはどういうもので?」
「ええとですね、病人に力を与え、疼痛を和らげるみたいな効果があります」
ケトが教えてくれる。なるほどなるほど。薬用成分を抽出したら色々使えそうだ。
「あとはまあ、とある地域では結納品として用いられると聞いたことがある。床の上での活気を……ということらしい」
私はちらりとケトの方を見る。表情は特に変化なし、と。私はこの手のネタが好きなのだが相手にもよるしな。まあ嫌がっているなら止めるべきだろうがこう無反応では対応に困る。
「それで、一体どれだけ仕事があるんだ?」
「ええと遠隔でのやり取りに、発電系もあって、それと算学を教えて……」
トゥー嬢の言葉に、私は指を折りながら答える。
「……もっと効率的な電池はないかと聞こうとしたが、やめたほうがいいか?」
「ああいえ、電気を放出するだけではなく溜めるようなこともできますよ。鉛と硫酸を使えばいいのですが、効率を上げるとなると鉛を煆する時にちょっとした方法がありまして」
2代目島津源蔵の発明した易反応性鉛粉製造法だ。鉛に空気を吹き付けながら加熱することで亜酸化鉛を作るものである。これを硫酸で練って活字合金と似た組成の枠に詰めて電極にすれば鉛蓄電池となる。とはいえこれは効率を求めた方法なので雑で良ければ鉛の板をそのまま電極として硫酸に突っ込んでしまえばいい。それでも一応使えはする。
「ただでさえ忙しいのだろう?その方法にどれだけ慣れているのかにもよるが」
「書物で読んだだけですね、これは」
というか実物主義のきらいがある私が、日本で一番この手の史料が揃っていた施設のバックヤードに出入りしても、実際に触れたことのある機械や装置は全体からすれば本当に僅かでしかない。
「これについては需要がどれだけあるかわからないのでまだ保留ですが、基礎研究は商会の方に投げるべきかもしれませんね」
「そうするべきだ。君はなんでも自分で背負いすぎる」
「それが一番楽で速いんですよ」
「理解はするがな。しかし倒れてしまっては元も子もない」
「印刷物管理局の業務はかなり任せられるようになってきたんですよ。まあそうなると他の所から仕事が来るのですが……」
「言っておくが、電気の発見とその応用だけでも十分な功績だ。きちんと学んでいれば図書庫の講官となって年金暮らしもできるが」
「ああ、あれは色々と面倒なんでしょう?」
私はため息を吐く。純粋に学問をやるにはトゥー嬢のように自由に使える金があるか、あるいは図書庫の講官のように雇われるかしかない。で、図書庫の講官は多くの講師が目指すものであるから競争も激しいし条件も色々ある。例えば十三学に対する基礎的教養の試験であるとか、その分野の専門家からの半月ほどかける問答であるとか。審査会はもうしばらくやらなくていいかな、と思うぐらいには精神的な負荷がまだ抜けきっていないのでこの方面は今のところ進むつもりはない。
「というより、実力であればトゥー嬢のほうがふさわしいでしょう。『基質の分離と分析』は人気だそうで」
「誰から聞いた?」
「あの長髪の商者です」
「あいつか……」
どうやらこっちにも顔を出していたようだ。フットワークが軽いのはいいことであるが。
「それと先の話になりますが、各種の鉱物から様々な基質を分離できるようにしたいんですよね」
「
っと、そういえばカルシウムやマグネシウムの単体分離には成功していたのか。ここらへんは本には乗っていなかったので今度改めて聞こう。
「ええ。あとは活字に使っている合金に含まれる鉛以外の成分のようなものも知りたい」
「鋼などの地域による差は鉱石の差であるというのを読んだことがあるが、含まれる基質が異なる可能性は高いな……。興味深い課題だ」
「なので各地でそういう調査をしたいんです」
「城邦の外にいる友人に手紙でも書くか?」
「いいんですか?」
「まあ、あまり期待はしないでほしいが」
「商者の方からも動いてくれるそうなので、構いませんよ」
少しずつ私のやることに人を巻き込むことが多くなっていく。いや、最初からそうか。失敗が許されないというわけではないが、やはりプレッシャーは感じるな。まあ、何かあったらケトが私を気絶させてでも止めてくれるだろう。いや、よくないな。私もケトに気を配っておかないと。彼もなんだかんだで壊れるまで作業をしてしまうタイプだからな。