図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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評価

「そういうわけで前回やっていなかったことをしよう」

 

近似の計算で、$\delta \cdot (n-1)$ や $\delta \cdot (n-2)$ は $\delta \cdot n = 1$ と同じとみなすことをやっていた。もちろんそういうことをすると「本当にそれはちゃんとしたものなのか?」というネチネチとした話が飛んでくる。まあよく言われる物理学科と数学科の争いの話である。積分と極限を交換する時にどうとかなんとか。なお私は工学畑で育った人間なので「いや適当に実験値プロットして線形近似でええやろ……」となる。係数が汚いとか次元が合わないとかいう議論は流すことにする。

 

「というよりも、まず先にこれに名前をつけよう。毎回毎回一足す微小量の微小量の逆数乗などと言ってられない」

 

「では、どうしますか?」

 

若い学徒が言う。

 

「ちょっと話し合って名前を決めておいて。その間に黒板に式を書いてしまうから」

 

ジョン・ネイピアは存在しないし、自然対数の底と言おうにも自然対数を定義していない。実用的側面から対数を組み立てたので、科学史的な順番とはかなり異なっている。まあ、別に歴史は最適解だったわけではない。例えば高校数学では微分より後に積分をやるが、考え方としては分割して面積を求めるという積分に近い考え方のほうが先に生まれている。まあいい、証明をしてしまおう。

 

極限値が存在することはわかっている。ここでは $e$ とおこう。ちなみに特に由来とか意味はない。いや本当なんですよ。科学史の方面からもよくわからないって言われていたはずです。

 

さて本題に戻ろう。分母にあった $(n-1)$ や $(n-2)$ を $n$ とみなして計算したのだから、本来よりも少し多めに見積もっているわけだ。こうやって見積もられた値を $e'$ としよう。微分じゃないですよ。まったく。記号というのは複数の意味を持つので毎回毎回ちゃんと定義する必要がある。で、$e' - e$ を考えてみよう。まずは $e'$ を $\Sigma$ の形に直しておく。あと無限級数じゃなくて有限のものにしておこう。

 

$$\begin{eqnarray} e' &=& 1 + n \cdot \delta + \frac{n^2}{1 \cdot 2} \cdot \delta^2 + \frac{n^3}{1 \cdot 2 \cdot 3} \cdot \delta^3 + \ldots + \frac{n^n}{1 \cdot 2 \cdot 3 \cdot \cdots \cdot n}\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \frac{n^k}{k!} \delta^k \end{eqnarray}$$

 

で、もとの $e$ の方も

 

$$\begin{eqnarray} \require{amsmath} \binom{n}{k} &=& \frac{n \cdot (n-1) \cdot \cdots \cdot (n-k+1)}{1 \cdot 2 \cdot \cdots \cdot k}\\ &=& \frac{n!}{k!(n-k)!} \end{eqnarray}$$

 

を使って書くと

 

$$\begin{eqnarray} e &=& \sum_{k=0}^{n} \binom{n}{k} \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \frac{n!}{k!(n-k)!} \delta^k \end{eqnarray}$$

 

とおける。よし、準備おしまい。計算を始めよう。

 

$$\begin{eqnarray}e' - e &=& \sum_{k=0}^{n} \frac{n^k}{k!} \delta^k - \sum_{k=0}^{n} \frac{n!}{k!(n-k)!} \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left( \frac{n^k}{k!} \delta^k - \frac{n!}{k!(n-k)!} \delta^k \right)\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left( \frac{n^k}{k!} - \frac{n!}{k!(n-k)!} \right) \delta^k\\&=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{1}{k!} \left( n^k - \frac{n!}{(n-k)!} \right) \right) \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{1}{k!} \left( n^k - n \cdot (n-1) \cdot \cdots \cdot (n-k+1) \right) \right) \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \left( \frac{n^k}{n^k} - \frac{n \cdot (n-1) \cdot \cdots \cdot (n-k+1)}{n^k} \right) \right) \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \left( 1 - \frac{n \cdot (n-1) \cdot \cdots \cdot (n-k+1)}{n \cdot n \cdot \cdots \cdot n} \right) \right) \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \left( 1 - \frac{n}{n} \cdot \frac{(n-1)}{n} \cdot \cdots \cdot \frac{(n-k+1)}{n} \right) \right) \delta^k \\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \left( 1 - 1 \cdot \left( 1 - \frac{1}{n} \right) \cdot \cdots \cdot \cdot \left( 1 - \frac{k-1}{n} \right) \right) \right) \delta^k\\ &<& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \left( 1 - \left( 1 - \frac{1}{n} \right) \right) \right) \delta^k\\ &=& \sum_{k=0}^{n} \left(\frac{n^k}{k!} \cdot \frac{1}{n} \right) \delta^k\\ &=& \frac{1}{n} \sum_{k=0}^{n} \frac{n^k}{k!} \delta^k \\ &=& \frac{1}{n}\cdot e' \end{eqnarray} $$

 

ここまで書ききって、私は息を吐く。$e'$ はたかだか3だったから、$n$ を大きく取ればこの差はいくらでも小さくできる。具体的にある数 $\varepsilon$ より小さくしたいとしよう。このとき $\varepsilon > 3/n$ になればいいのだから、$n > 3/\varepsilon$ となる。具体的に、 $\varepsilon = 0.03$ とおけば第101項まで計算すれば誤差 $\varepsilon$ で答えとなるわけだ。で、今回は $n$ を無限大に取っているので $e$ と $e'$ は一致する。これでひとまずおしまいだ。

 


 

結局3人の議論は「対数定数」あたりの意味に落ち着いた。まあ、それでいいや。指数の方にも出るが、そこらへんの問題は追い追いでもいいだろう。自然指数ともあまり言わないし。

 

「誤差がある一定の値を下回るように、回数を重ねていけばいいのか」

 

局員が言う。よし。これで $\varepsilon \text{-} N$ 論法はいけそうだな。えっ $\delta$ はどこ行ったって?あれはなんというか、個人的には $\varepsilon \text{-} N$ 論法に比べて直感的ではない気がするのでもう少し先。いや、本当にやる機会が出てくるかな。一応微分を詳しくやると出てくる……はず。

 

「……すみません、時間を掛けてしまって」

 

申し訳無さそうにケトが言う。

 

「いいや?これは別に本題ではないけどね、きちんとした土台がないと理論は崩れてしまうから。それに質問の内容は的確だった」

 

さて、そろそろ高次導関数をやって、テイラー展開に入ろう。いやあ、こうやって考えると数学だけでもやることが多すぎるな。あくまで道具として扱ってもこれだ。数学者というものは恐ろしい。

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