図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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冪級数

「ここからが本質。微分した値の微分というものを考えていこう」

 

私は黒板に書いていく。ちょっとした微分の性質と指数が負の場合の微分については自習ということにしておいたがきちんとできていた。よろしい。負の数の扱いにも慣れてきたらしい。あくまで数学的な処理であって、現実と結び付けられるかどうかは別の問題だと割り切ってしまったのがよかったらしい。まあ、そうでもしないとあれは扱いにくいしな。私だって複素数を数として認識しているかは怪しい。一応電磁気を齧った時にフェーザ表示とかやったけれどもさ。

 

$$\begin{alignat}{2}(\lg (x+1))' &= &\frac{1}{x+1} \lg e\\ (\lg(x+1))'' &= -&\frac{1}{(x+1)^2} \lg e\\ (\lg (x+1))''' &= &\frac{2}{(x+1)^3} \lg e\\ (\lg (x+1))'''' &= -&\frac{6}{(x+1)^4} \lg e\\ (\lg (x+1))''''' &= &\frac{24}{(x+1)^5} \lg e\\ \end{alignat}$$

 

「分子の1、1、2、6、24という数字の並びはもう散々見たよね。次は120が来そうだ。一般化しよう」

 

$$(\lg (x+1))^{(n)} = (-1)^{n+1} \frac{(n-1)!}{(x+1)^n} \lg e$$

 

「 $n$ が1の時、これは勾配を表している。$n$ が2の時は、勾配がその後どう変化するかを表している。$n$ が3なら、その後の傾きが更にどう変わるか……。まあ、そういう形で $x$ 付近で曲線がどう変化するかを表現しているんだよ」

 

私はもう一つ、式を書く。

 

$$f(x) = a_0 + a_1 x^1 + a_2 x^2 + a_3 x^3 + a_4 x^4 + a_5 x^5 + a_6 x^6 + \cdots + a_n x^n$$

 

「これをさっきみたいに微分していく」

 

$$\begin{eqnarray} f'(x) &=& a_1 + 2 \cdot a_2 x^1 + 3 \cdot a_3 x^2 + 4 \cdot a_4 x^3 + 5 \cdot a_5 x^4 + \cdots + n \cdot a_n x^n\\ f''(x) &=& 2 \cdot a_2 + 6 \cdot a_3 x^1 + 12 \cdot a_4 x^2 + 20 \cdot a_5 x^3 + \cdots + n(n-1) \cdot a_n x^{n-1}\\ f'''(x) &=& 6 \cdot a_3 + 24 \cdot a_4 x^1 + 60 \cdot a_5 x^2 + \cdots + n(n-1)(n-2) \cdot a_n x^{n-2}\\ f''''(x) &=& 24 \cdot a_4 + 120 \cdot a_5 x^1 + \cdots + n(n-1)(n-2)(n-3) \cdot a_n x^{n-3}\\ f'''''(x) &=& 120 \cdot a_5 + \cdots + n(n-1)(n-2)(n-3)(n-4) \cdot a_n x^{n-4} \end{eqnarray}$$

 

「今回、$x$ に近い値を考えたいから $x = 0$ を入れるよ。まあこの操作が無茶苦茶なことはわかっているけど、一旦置いといて……」

 

$$f^{(n)}(x) = n! \cdot a_n$$

 

「これと、$\lg$ の式に $x = 0$ を代入したものを比較するよ」

 

$$\begin{eqnarray} (\lg (x+1))^{(n)} &=& (-1)^{n+1} (n-1)! \cdot \lg e \\ f^{(n)}(x) &=& n! \cdot a_n \end{eqnarray}$$

 

「この二つが同じだとすれば」

 

$$(-1)^{n+1} (n-1)! \cdot \lg e = n! \cdot a_n$$

 

「になるから」

 

$$\begin{eqnarray} a_n &=& (-1)^{n+1} \frac{(n-1)!}{n!} \cdot \lg e\\ &=& (-1)^{n+1} \frac{1}{n} \cdot \lg e \end{eqnarray}$$

 

「となるので、これを多項式のところに戻す。あとは誤差をなくすために無限に足していけばいいと考えると……」

 

$$\begin{eqnarray} \lg (x+1) &=& \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^{n+1} \frac{1}{n} \cdot \lg e \cdot x^n\\ &=& \lg e \cdot \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^{n+1} \frac{1}{n} \cdot x^n\\ &=& \lg e \cdot \left( \frac{1}{1}x - \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{3}x^3 - \frac{1}{4}x^4 + \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right) \end{eqnarray}$$

 

「はい。これで欲しかった式ができた。例えば $\lg 2$ を知りたい時は $x$ に1を代入すればいい」

 

私でも自分でも驚くぐらい自慢気に言った。

 

「本当か?この式はちゃんと一定の値に近づくと示す必要があるのでは?」

 

これは局員。

 

「そもそもこれ計算しても値に近づきにくいと思うのですが」

 

これは若い学徒。

 

「そもそも $\lg e$ って求めてませんよね?」

 

これはケト。

 

私は笑顔を貼り付けたまま、黒板の式を消した。前の二人にちゃんと答えるのは難しい。というか収束半径というものがあって、今回の場合 $x$ が1を超えると計算ができなくなる。そのせいで $x$ に $e - 1$ を代入することもできない。それに確かにこの式は収束が遅い。

 

「これだと少し使いにくいので、こういう式も考える。$x$ があったところに $-x$ を入れたものだ」

 

$$\begin{eqnarray} \lg (-x+1) &=& \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^{n+1} \frac{1}{n} \lg e \cdot (-x)^n\\ &=& \lg e \cdot \left( - \frac{1}{1}x - \frac{1}{2}x^2 - \frac{1}{3}x^3 - \frac{1}{4}x^4 - \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right) \end{eqnarray}$$

 

「符号が全部マイナスになるよね。あとはもとのやつからこれを引くと……」

 

\begin{alignat}{2} &\lg (x+1) - \lg (-x+1) \\ =& \lg e \cdot \left( \frac{1}{1}x - \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{3}x^3 - \frac{1}{4}x^4 + \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right)\\ & {}- \lg e \cdot \left( - \frac{1}{1}x - \frac{1}{2}x^2 - \frac{1}{3}x^3 - \frac{1}{4}x^4 - \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right) \\ =& \lg e \cdot \left( \frac{1}{1}x - \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{3}x^3 - \frac{1}{4}x^4 + \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right)\\ &{}+ \lg e \cdot \left( \frac{1}{1}x + \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{3}x^3 + \frac{1}{4}x^4 + \frac{1}{5}x^5 - \cdots \right)\\ =& \lg e \cdot \left( \frac{2}{1}x + \frac{2}{3}x^3 + \frac{2}{5}x^5 + \cdots \right)\\ =& 2 \lg e \cdot \left( \frac{1}{1}x + \frac{1}{3}x^3 + \frac{1}{5}x^5 + \cdots \right)\\ =& 2 \lg e \cdot \sum_{n=1}^{\infty} \frac{x^{2n-1}}{2n-1} \end{alignat}

 

「で、対数の差は元の数の商になるので」

 

$$\lg \frac{1+x}{1-x} = 2 \lg e \cdot \sum_{n=1}^{\infty} \frac{x^{2n-1}}{2n-1}$$

 

「これなら $x$ の範囲は狭くとも、 $\lg$ の中はかなりの範囲で取れるはず。それと足していくだけだから多少は計算が楽になるはず」

 

「結局僕の質問には答えていませんよね?」

 

「それは次回……」

 

私は逃げるように呟いた。

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