図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第12章
秘密


緩衝材代わりの紙を除けると、そこには硝子筆(ガラスペン)の先があった。溝の本数を数えると私が作っているものとは違う。

 

「どうです?」

 

そう言うのは長髪の商者。今日は今後の計画について詳しく話そうということでやってきたのであるが、彼の隣には緊張しているらしい男性が座っていた。

 

「悪くない……ように見えますね。実際に書いてみないとわかりませんが」

 

そう私が言うと、彼は少しだけ張り詰めていた表情を和らげた。

 

「……先端の部分がいいのでしょうか、私が作るよりも滑らかですね」

 

「ですよね」

 

思わずだろう。男が声を私にかけた。

 

「まあ、隠し事は程々にしましょう。彼がその細工をした職人です」

 

もったいぶって商者は言う。いや別に隠すほどのことでもなかっただろうに。

 

「いい腕をしていますね。なにか気を配ったことは?」

 

「最後の研ぎが書き味に大きな影響を与える、なんてことはキイ師なら知ってると思うんですけど、だから石を変えたんです。色々試して」

 

「なるほどね、私はそこらへんは無頓着だったからな……。炎については?」

 

「沼から出る泡を溜めといて、そいつをふいごで吹いたところに火をつけるんです」

 

嫌気性発生で生まれるバイオガスか。たぶん主成分はメタンだから、確かに加工に十分な熱は出せる。

 

「その方法はどうやって発見された?」

 

「秘伝でした。うちらの。けれども、大売れするってそこの商者先生*1が言って、それで秘密を明かそうと。けれども沼がなけりゃこれは使えないでしょう」

 

「いや、その気体……空気みたいなものを作る方法ならそう難しくはない」

 

メタンを生産するバイオリアクターについては作ることはできるだろう。効率とかを求めなければ今普通に存在するトイレを改良するだけだ。発酵でできるガスをうまい具合に閉じ込めればいい。

 

「さすがですキイ師」

 

「……師はつけなくていいよ。嬢でもいいぐらいだ」

 

「いや、それなら先生と呼ばせて下さい」

 

「……いいよ」

 

ちらりと横を見るとケトが視線を返してきた。うまく読み取れないが、まあたぶん問題はないだろう。

 

「頼まれていたものは、ある程度揃えたはずだ」

 

そう言って、長髪の商者は私に蝋紙印刷された紙を渡す。馴染んだサイズだ。商会の方でも印刷物管理局規格が広まっているらしい。おおかたこの商者の仕業だろう。まったく。こういうものを導入するときには大抵混乱が起こるのだが、それをどうせ適度に利益をちらつかせてやったに違いない。こういうテクニックは知識としてはあるが、彼のようにスムーズには行かない。

 

「……十分です。これだけあれば、基本的な空間送受信機ができるでしょう」

 

ここらへんの言葉はケトが作ったものだが、どうにもしっくり来る訳語にならないらしい。まあ無線という言葉は有線ありきのものだし、電波と呼ぶには電磁波という概念が必要だし、それらなしに結論だけ無理やり持ってきたもののネーミングなんて無茶をやってくれただけでも相当感謝せねばならない。

 

硝子(ガラス)細工の腕はわかったけれども、金属については扱える?」

 

私は職人を見て言う。

 

「ある程度であれば。一応は硝子(ガラス)の盃なんかを作って、工師を任じられておりましたが、それと金属の細工を合わせるなんてことも多いので、まあ知識は」

 

工師というと上から二番目か。相当なものでは?年齢は私と同じか、少し上のように見える。それで工師なら大したものだ。

 

「十分。詳しくは実際に手を動かさないと私もわからないことが多いしね」

 

私はそう言うと、紙の束を彼の前に置いた。

 


 

職人が資料を読み込んでいる横で、私は長髪の商者から彼について色々と聞く。前手に入れてレンズを作るのに使った硝子(ガラス)の輸入元で最近名を上げている職人らしい。

 

「そう言えば君のいたところでは鉛が取れるのかい?」

 

「……そうです」

 

「なら、硝子(ガラス)にそれを混ぜているのか」

 

「……何でもお見通しですね、キイ先生は。今まではそれ言ったら、一門から刺客が送り込まれてましたよ」

 

となると相当な機密だったようだ。地理的にはナトロンが取れる地域にも近い。確かに硝子(ガラス)を作るには向いている場所だ。

 

「というより、一体何を吹き込んだら私がこんな扱いをされるようになるんですか」

 

私は小声で商者に囁く。別に私の細工職人としての腕はあまり良くないはずだし、あの硝子筆(ガラスペン)を見れば彼の能力はわかる。

 

「彼はああいう性格なんだよ。謙虚なのはいいことだが、同時に問題点でもある」

 

「まあいいですよ、腕は確かです」

 

「それはこちらからも保証しよう。なにせ彼を連れてくるのに色々と面倒が起きたからな」

 

「そういうことするとあの彼女が苦労するんじゃないですか?」

 

諜報担当者のことを仄めかすと、商者は悪い笑みを浮かべる。はいはい。今度局員経由でねぎらいの一言でも送るべきだな。

 

「まずはこれを作れば、いいんですよね」

 

職人は紙のうちの一枚を見て言う。ガラスの筒に封入された、二つの金属とその隙間の金属粉末。

 

「そう。逆に言えば、これができるかどうか、つまりは君の腕に今回作る装置の出来はかかっている」

 

テミストークレ・カルゼッキ=オネスティの発見した現象をもとにエドゥアール・ブランリーが発明し、オリバー・ロッジによって命名された機構だ。最初期の電波検出器、コヒーラである。

*1
「先生」はある種の敬称。基本的に目上の人にであれば誰にでも使える。

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