組み立てたい装置にはあまり複雑な機構はないが、動作原理は複雑だ。金属粉末の表面には酸化物などで皮膜ができるせいで電気抵抗が高くなる。そこに電界の変化が加わると金属粉末同士の接触点に電位差が生まれ、被膜が破壊されることで電流が流れるようになる、んだったかな。ここらへんは一応文献を軽く読んだが二次文献とかだし、ちゃんとやるとバンドギャップ理論が現れてしまう。高校時代に少し触ったし大学でも教養ぐらいはやったが、よく覚えてないんだよな。並進対称性を持つような電子配置でのシュレディンガー方程式を解けばいいんだったっけ?ラルフ・クローニッヒが関わっていることは覚えている。
まあともかく、電波は電磁場で起こる波なので、金属粉末の電気抵抗変化で電波の存在を検出することができる。これが検波だ。復調と同義に扱うのは実は正確ではない。
「こんなもので、いいですか?」
職人が数日で作り上げた試作品を見ながら私はそんなことを考えていた。商会の一角にちょっとした実験工房が作られていて、そこでの試みである。
「いいと思う。まあ、実際に動くかはこれから確かめないと」
彼がこの検波装置を作っている間に、私は火花発生装置を用意していた。といっても構造は簡単である。まずは火花を飛ばすために高電圧が必要となる。電流と電圧というのは、電子の数と移動速度にだいたい対応する。谷を飛び越す車を考えればいい。自動車が数だけあっても谷の向こうに飛べるというわけではないが、速度のある車であれば落ちることなく向こうへ行ける。まあ雑な例えなのは仕方がない。
ではどうやって高電圧を作るか。まあ簡単に言ってしまえば
「はいじゃあこいつを受信機に繋いで、と」
ケトが発電機のハンドルを回すと、断続的に火花が飛び始めた。すると電磁場を揺らす電波が生まれ、コヒーラが通電し、簡易的な鉛蓄電池を使った回路が形成されるので電磁石が金具を引いて
「繋がってないですよね、この二つは」
「うん。それなのにケト君が装置を起動したのと合わせてこちらの
「面白い……」
確かに自分が作ったよくわからないものが組み込まれて実際に機能するのを見るのはなかなかいい経験だろう。まあ、彼には今後もっとよくわからない装置を作ってもらうことになるのだ。温度計、レンズ、真空ポンプに各種の実験器具。早めに私の細工技術を伝えておきたいところだ。どこまでうまく教えることができるのかは怪しいが。
「で、これはいつになったら止まるんですか?」
甲高い音が鳴り続けているのにうんざりしたらしいケトが言う。まあ確かにうるさい。
「そこの作った
「ええ」
職人がコヒーラに触れて少し動かすと、音は止まった。揺らしたことで接触が切れ、酸化被膜が再形成されたことによって抵抗値が上がったのだ。
「止めるためには毎回こうやって触る必要があるんですか?」
「いや、
「なるほど、いやあよくできている……」
そう言って関心する職人ではあるが、私からすると不満は多い。まずこの検出器はどんなタイプの放電でも検出できてしまうのだ。例えば雷なんていう巨大な放電が起こった時には使い物にならない。長距離通信を行うにはあまりいい性質ではない。それと、これでどうやって情報をやり取りするのかのプロトコルもまだ確立されていない。トン・ツー式はオーソドックスだがまだ東方通商語の頻度分析はやっていないんだった。あとは誰に習得させるかもある。
「最初の一つを作るのは、それ以降に比べればそう難しくはないよ」
「……そうかもしれませんけどね、先生。最初の一つを作るのも大変ですよね?」
「そう。なのでこれ以降がもっと忙しくなるわけで……」
まあ、無線通信に比べれば陸上の有線通信は技術的には多少は楽だ。海底ケーブルはどうしても素材面での問題はあるが、それでも失敗の原因を知っている分かつての世界よりは楽にできるだろう。というより、地図が必要になってくる時期だな。まあたぶん、無線通信を実用化することが地図作りに役立つだろうから優先順位はこっちが先だが。