商会の持つ建物の一つ、高い塔のような場所の一室にケトがいるはずだ。そこから離れた場所、3階建ての工房の屋根の上に私は立っている。手元には受信機、そして望遠鏡と組み合わせた
建物の場所を確認し、望遠鏡の狙いを定め、
「お、光った」
ケトの所にも私が持っているのと同じ、
チカ、チカ、チカと光が見える。私はもう少しゆっくりとしたペースで黒い板を動かしてケトが気がつくまで待つ。ケトが気がついたら明滅のテンポを変える。これで通信の準備が整ったわけだ。これぐらいの距離での実験は初めてだが、さあてどうなるか。
身長の倍ほどの長さがある銅線を受信機につなぐ。
事前に練習しておいた通り、合図を送る。準備完了。次の実験電波を送信されたし。
了解を意味する明滅の後、まだベルが鳴る。今度は10回全部で成功。……実験計画の変更が必要だな。向こう側で電波を遮って受信が難しくなるようにする。その準備には時間がかかるので、望遠鏡を覗き込みながら少し休憩しよう。
電磁波が電界の変化を作ると、金属内の電子が動かされる。それは電流という形で現れるのだが、電磁波の波長と、回路の共振周波数とがうまく噛み合うとかなり狭い範囲の波長だけを選択的に受信できるようになる。これが同調回路と呼ばれるものだ。具体的には並列に繋いだコンデンサとコイル。コイルについては電磁石や発電機で触っているが、コンデンサについてはまだちゃんと触れてなかったな。金属板の間に紙を挟んだものだ。コンデンサは高い周波数の交流が流れると充電と放電を繰り返すことで見かけ上の抵抗が小さくなる。一方でコイルは電流変化があまり起こらない時、つまりは周波数が小さい時にインピーダンス、つまりは電気の流れやすさが下がる。つまりは周波数が大きくても小さくても並列に繋いでいればどちらかの素子を素通りするように流れてしまうのだ。
ただ、この2つとも働かないようなちょうどいい周波数であればこの並列に繋いだ部分に電気は流れにくくなる。そこからバイパスするように回路をコヒーラに繋いであげれば、特定周波数を感知するような仕組みができるわけだ。送信側にも似たような仕組みを用意してある。こういう仕組みを用意するとエネルギーの多くを狭い周波数帯に集中させられるので効率が良くなるのだ。っと、光が見えた。準備が終わったらしい。
合図があってもベルはうんともすんとも言わない。パターンを送る。また向こうで作業のようだ。遮蔽を強くしすぎたのだろう。ちょうどいい所を探るのはなかなか難しいのだ。そうそう、ちょうどいいといえばこのコイルとコンデンサの組み合わせも結構難しいところがある。コイルの巻数であるとかコンデンサの極板面積を変えることで感知する周波数帯を変えることができるのだが、この調整も結構手探りなのだ。一応実験工房で調整はしてあるのだが。運ぶ過程でズレたりしていないことを祈ろう。
今度はベルが鳴る。10回に6回。ちょうどいい。全部鳴ってしまっては感度が上がったかの確認ができないし、鳴らないならなにか問題が起きているのかそもそも電波が届いていないのかがわからない。
鳴った回数を向こうに送り、こっちでも記録する。実験ノートのつけかたも確立しないとな。これの歴史自体はなんだかんだで長いが、各分野で独自に発展を遂げたので私のかつていた世界では伝統に縛られたよくわからないものになっていることも珍しくなかった。私はまあ昔からGitで管理していたけどさ。この世界でも似たようなものを作ったほうがいいか。書類用のバージョン管理規格はあるが、個人レベルのメモまで縛るべきかどうかは微妙だ。いや、今後実験を他の人に依頼するとなるとそこらへんは統一させておいたほうがいいかも。
明らかに通信が良くなっている。ひとまず今は基礎データの収集だ。私だって本で読んだだけの知識も多いのだ。手を動かして、情報を集めるのは経験を積むという意味でも不可欠である。