コヒーラはオンとオフしかないので、これで通信しようとするならば専用の符号を用意する必要がある。これは正直な所電波帯を有効活用しているとは言えない。使える電波の波長というものが限られている以上、できるだけ多くの情報を電波に詰め込んで取り出せる方がいい。まあ、それでもノイズに強いという利点はあるのだが。ここらへんをちゃんと理論化する道筋も用意したほうがいいかもな。クロード・シャノンが「
火に炙られた銅板がゆっくりと色を変えていく。酸化銅(I)が作る膜によって干渉が起き、特定の波長の光が強く反射されることによって生まれる独特の色合いだ。
「……肉を乗せてもいいですか?」
隣のケトが聞いてくる。
「駄目」
コヒーラに変わる検波用の素子としてこの酸化銅(I)、別名亜酸化銅を使うのだ。とはいえこの酸化銅(I)は結構扱いにくい。高温で劣化し、電流を流しすぎると使えなくなるし、逆電流も大きい。それでも、コヒーラと違って電波の変化をアナログに、連続的な電流の大小として取り出すことができるのだ。これは電流を一方向にしか流さない性質を利用している。あとはこの電流を振動か何かに変換するものがあればいいのだが、それには電磁石を使うなり酒石酸カリウムナトリウムを使うなりすればいい。
まあ問題は送信側なのだが。火花みたいなものではなく、ある一定の周波数の交流を作り出したいのだがこれが難しい。交流なら今の発電機でできるだろうって?もっと素早く電流が変化するものが必要なのだ。ええと海事通信なら短波か。波長が数十メートルとなると、光速をこれで割ってやれば周期が出る。107ヘルツ、10メガヘルツか。一秒間に一千万回も回るような発電機はさすがに用意できない。一応それなりの大きさにはなるがコイルとコンデンサでこの周波数は作れるはずだ。とはいえかなり手探りだな。
無線の改善の方は商会の案件になった。酸化銅整流器の特性が微妙なのでコヒーラを中心にやっていくらしい。さて、こっちはなんとかなるので有線通信の方に行こう。無線に比べれば簡単だ。電気を流して、遠くの電磁石を動かせばいい。電磁石でスイッチを引き寄せれば、オンオフであれば伝えられる。問題は電気抵抗だが、これについては電圧を高くすることで解決する。そんな高電圧がどこで作れるかって?変圧器を使うのだ。無線通信のときにやったね。
「……ここらへんはどうしても知識が足りないな」
科学史ではなく技術史や産業史の領分に入ってきて、企業が公開していないノウハウがある分野に足を突っ込み始めてきた。逆に言えば、試行錯誤でどうにかなる範囲ではある。
「難しいですか、やはり」
ケトが言う。
「そりゃあね」
コヒーラの成功だって個人的にはかなりの幸運だと思っているのだ。確か寿命を伸ばすために低真空にするとかあったな?アスピレーターぐらいなら作れるだろうが、問題は水用のホースだ。こういうどうでもいい所で、かつての世界で普通にあったものがないと困る。
「作り方を読んだことがあっても材料が無いことも多いから」
「薬みたいですね」
「そういう例があるんだ」
「ええ。まだ馬がいた古帝国時代の話ですが」
そう言えばこの世界にも騎乗動物がいる、というかいたらしい。古帝国の繁栄というか勢力拡大はこの動物に頼っていたそうで。反芻するらしいのでウマとは少し違う気がするが。シカとかのほうが近いのかもしれないが、外見の描写はウマなのだ。
「私がいた所と植物も違うしな……」
「そうなんですか?」
「鳥とか魚とか家畜は似ているんだけどね」
基本的に全て問題なく食べれる所からすると、たぶんこの世界のヒトと私は同じような種なのだろう。本当は遺伝子検査をしたいがそんなものはない。染色体数が違うかもしれないが、染色液をどう用意するかの問題がある。カーミンやオルセインの酢酸溶液なのはわかるが。両方とも確かアントラキノン誘導体だったかな。コチニールカイガラムシはまだ見かけていないので色々試すしかなさそうだ。
「試すのは私でなくともできるから、もっと他のことをやるのがいいのかな……」
「面倒なだけではなくて?」
「まあ、否定はしないけれども」
別に詰んだわけではないのだし、探せばまだできることはあるのだろうが酸化銅整流器があまりうまくいかなかったので少し疲れた。いや職があるんだからそれをやればいいのかもしれないけどさ。