図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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伝声器

「時間ありますか、先生」

 

職人が声をかけてきたので、私は顕微鏡から目を離す。

 

「どうした?」

 

「ああいえ、例の粉末検出器(コヒーラ)の話ですが」

 

「いいよ。なにか問題が?」

 

「送信側にも使えませんかね、あれを」

 

「……具体的には?」

 

「火花の発生は、今は開閉器(スイッチ)を使っていますよね」

 

「そうだね」

 

「あれを比較的容易に動くような、粉末検出器(コヒーラ)のようなものにすればもっと小さな振動を検出できませんかね、いえ先生のことですからそういう事は考えているとは思いますが」

 

粉末を振動で揺らして接点を構築……どこかで聞いたな。炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)

 

「そうか、有線ならそれで行ける……というか増幅機能があったよな?」

 

「増幅、ですか」

 

「そう。……ええと、こういうものを作って欲しい」

 

私は手早く紙に図を描く。

 

「構造は似ているけれども、金属板の間に炭の粉末を入れるんだ」

 

「……粉の粗さが重要そうですね」

 

粉末検出器(コヒーラ)の改良でノウハウは溜まっているのだろう。彼はすぐに重要そうな点を掴む。

 

「これであれば、声ぐらいの振動であっても動くと思うよ」

 

「敏感すぎやしませんか?」

 

「受信側をそれに対応したものにすればいい」

 

簡単に言えば、電話である。

 


 

古い電話機の話を思い出した。炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)を使った電話機では、ハウリングが起こるのだ。つまりこれは炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)自体が一種の増幅器として働いていることを意味する。今まで真空管かトランジスタかと考えていたが、こっちの方面もありそうだ。

 

私の知識はどうしても限られている。これでも博覧強記の自負はあるが、なんで今まで忘れていたのだろうということは結構ある。電話はかなりわかりやすい発明品になるのではないだろうか。まあ伝声管を使えと言えばそれまでかもしれないが。

 

改めて今の状況を確認する。粉末検出器(コヒーラ)を使った無線通信の実験では徐々に距離を伸ばしている。短波通信であれば指向性の便利な空中線(アンテナ)の知識もあるし、たぶん海事通信ではこれが主流になるだろう。少しここらへんも理論的背景を固めておきたいが、電波による実験もなしに電離層の存在を主張するのは明らかにおかしい。まあほどほどにしよう。

 

今私が顕微鏡で覗いているのは鉱石検波器だ。猫髭線(キャット・ウィスカー)と呼ばれた金属針を用意し、鉱石の表面にくっつけるもの。今回使っているのは綺麗な金色をした黄鉄鉱だ。金属の酸化物や硫化物は状況によって電気を通したり通さなかったりする。半導体というものだ。これをちゃんと理論的に説明するのはとても大変なのでやめておくが、これが整流作用を示して前作った酸化銅整流器と同じような働きをしてくれる。鉱石ラジオの原理だ。

 

ただ問題があって、これはかなり扱いが難しい。趣味で作るラジオでは結構この鉱石検波器が用いられたというから粉末検出器(コヒーラ)より使いやすいのかと思ったら全くそういうことはなかった。目を上げて、検知機構を見る。電磁石で磨いた鉄板が引き寄せられ、太陽光を反射することで電波を検出しているかどうかが分かる仕組みだ。電波については最近ひっきりなしに飛んでいるので問題はない。

 

「……鏡は、欲しいが」

 

検出器にも、光通信にもやはりもう少ししっかりした鏡が欲しい。ぱっと思いつくのは錫アマルガム法。明らかに危ない。これは平面ガラスの上に錫箔を置いて、その上から水銀を流してガラスに張り付く錫アマルガムを形成するものだ。当然鏡には水銀化合物が残る。これでは、よくない。

 

別の方法は銀鏡反応と呼ばれるものを用いる。高校の教科書にも載っているような、ジアンミン銀(I)イオンと還元剤の反応だ。還元剤に使う糖は麦蜜に酸を加えればたぶん行ける。問題はジアンミン銀(I)イオンのほうだ。硝酸銀とアンモニアで作れるが、アンモニアはあったか?トゥー嬢に確認が必要だ。さすがに今の技術ではアンモニア合成はできない。動物が窒素分を排出する時に窒素化合物を出すから、その分解物を蒸留すればいけないか?いや駄目だ。アンモニアはそもそも気体だ。ああでも水溶性だから気体を水と接触させれば回収できるか?あとはそれを加熱すれば……。本当は溶解度の低いアンモニウム塩があればいいのだが、簡単に作れそうなものはどれも溶けやすかった気がする。鉱物として出てくるアンモニウム塩、例えば塩化アンモニウムなんかは乾燥地域でしか残らない。商会の取り扱いがあるかどうかもわからない。

 

これについては各所でやられているだろう資源探索に頼るしかない。本来なら私が出張ればいいのだが、身は一つだし印刷物管理局を回せるのはどうにも私だけらしい。部下からの信用が篤いのはのはいいことだが、自分が代替不可能な人員になっているのは少し思想的に難しいところがある。

 

「……まずは短距離の電話を作るのがよさそうだな」

 

電信よりかは扱いやすいだろう。声を出せば向こうでもそれが聞こえるのだ。衙堂でなら使えるのではないだろか。

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