図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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拡声器

炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)はトーマス・アルバ・エジソンによって特許が出願されたものだ。発明者は別の人だというのが定説である。まあそれはいい。二枚の金属板に挟まれた炭素粉末が周囲から圧力を受けると、炭素の粉が接触して電気抵抗がかなり大きく変化する。音とは空気の振動なので、これを金属板の振動として捉えて抵抗値の変化に結びつけるのだ。構成としては粉末検出器(コヒーラ)と似ている。というより、炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)の発明者の一人とされるイギリスのイギリス系アメリカ人、デイビッド・エドワード・ヒューズがヘルツより先に炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)を使って電波を検出していたのではないかという話もあるぐらいだ。あれ、でもそれはむしろ鉱石検波器に近い性質を使っていたんじゃなかったっけ。まあいいや。

 

「あー……」

 

ケトの出した声に合わせて、少し離れた検電器の鏡に反射された光がかなり大きく震えた。

 

「確かに機能しているね」

 

「こんな簡単なもんでできるんですね、意外でした」

 

「それは私もだよ……」

 

職人の言葉に私は苦笑いしながら返す。手先が器用なのもあって試作品がほいほい作られていく。まあ、バックに商会があるので色々と気兼ねなく試せるのがいいのだろう。追い込まれてできるものもあるが、自由にやるのも大切なのだ。選択と集中というのは方針決定後にやるべきものである。基礎研究でそんなことをしては土台を勝手に制限しているようなものだ。そんな縛りプレイは二周目でもしたくない。

 

「あとはこれを使えばっと」

 

私は準備していた拡声器(スピーカー)を取り出す。とはいえ大きさとしてはヘッドホンの片側みたいなものだ。配線を繋ぎ変える。ここらへんも規格化した部品を使っているのでかなり便利だ。電磁石で鉄板を揺らし、それで空気を振動させるというそう難しくないシステム。

 

「はい、これに耳をつけて」

 

私はそう言って手元の装置を職人に渡す。

 

『……聞こえますか』

 

ケトの小さな声が、多少歪んではいるものの拡声器(スピーカー)から流れる。

 

「……これは本当にすごいものなのではないでしょうか?さらりと作りましたけれども」

 

「これを無線でできないといけないからな……」

 

方法は知っているのだ。振幅変調(AM)放送の原理はわかる。しかし問題は十分な高周波を作り出す方法だ。炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)が10メガヘルツの音を増幅できるならいいのだが、たぶん無理だ。しかし真空管を使わないラジオ放送があった気がするんだよな。廃れたということはたぶん利便性の面で真空管に勝てなかったのだと思われるが、今ここで真空管を作るのが大変な以上その方法を探るのはありだ。

 


 

特定の周波数を持った交流を作り出す方法として係数(パラメトリック)励振と言われる現象を用いるものがある。基本的にはブランコと同じだ。普通にブランコを揺らすだけであれば、しばらくすると止まってしまう。油を差したりしても、熱力学第一法則のせいで最初に揺らしたよりも大きな振幅を得ることはできない。しかし外部から周期的にエネルギーを与えてやれば、減衰するよりも速くエネルギーを与えることができる。それでも基本的に振動が大きくなるとそれだけ散逸するエネルギーも大きくなるので、大抵はある程度大きくなったところで頭打ちになってしまう。理論上はブランコの固有周波数に合わせた外部からの強制振動を与えてやれば、まあ言うなれば常に同じ場所で足を振ったり背中を押したりしてもらえば振幅は無限に大きくなる。実際はブランコのチェーンが軸に絡まるという結末になるだろうが、これは例えなので。

 

こいつは機械屋にとっては厄介な代物だ。有名なところではタコマ橋の崩壊がある。橋が少し揺れると乱流が起き、それが橋を少しだけ強く揺らす。この作用が続くのに十分なエネルギーが強風によって与えられれば、振動は橋が壊れるのに十分なほど大きくなるというわけだ。まあこの振動の発生メカニズムは色々と意見があるらしいので門外漢は黙っておこう。あるいはモーターのような回転軸のある部品でもいい。軸が少し歪むと生まれる振動が更に軸を曲げるような振動を生む場合、本来壊れるような力がかからない部品でも破壊されることがある。

 

これを利用して大きな交流を得ることができそうではあるが、実際は難しい。適当にその場にあった変圧器を使ってみたが、発電機で作れる程度の周波数であれば影響を与えることができるもののうまく一般化できそうにない。後藤英一のパラメトロンの励振周波数はメガヘルツ程度だったが、あれは確かフェライトコアが使われていた。酸化鉄ベースの磁石を今から作ると年単位で時間がかかる。

 

どれもこれも難しい。便利な方法というのはそうないのだ。そんなものがあればラジオの発展は一瞬で終わっている。まあ火花放電で最低限はできるからいいものの、その先に手を出したい。一応今できる可能性があるのは真空管。マグネシウムゲッターに使うマグネシウムを電気分解で手に入れて、スプレンゲル・ポンプで排気を行えば……、できなくはないはずだ。手元に材料は揃っている。しかし実験室レベルでは行けても、それ以降はかなり難しそうなんだよな。

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