図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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不満

現在ある設備で、十分な周波数が作れないか計算を始めよう。つまりは交流発電機の使用だ。まあもうケトには私が裏でこういう計算をしているのはバレているので、普通に住んでいる部屋でやることにしよう。計算が終わったら基本的に紙は処分するが。

 

回転速度は自動車用エンジンのタコメーターを参考にしよう。上限の12000 rpmとすると、200 Hz。一秒間で200回転だ。回転させる部分の半径を10 m、円周部分に0.1 mm刻みでコイルか磁石を置いて交流を作れると仮定。計算としては非常に簡単だ。円周が62 m、つまりは1回転で62万周期を生み出せる。これが秒間200回なので、124 MHz。おお、理論上は出せる。目標とするのが10 MHzなので余裕だな。

 

「ふざけるな」

 

思わず声が出てしまう。自動車のエンジンがどれだけの設計改良と精度向上の上に作られていたと思っている。直径20 mの円盤をこれだけの速度で回転させるとなると相当な精度と制御が必要だ。なにせ末端にかかる遠心力が……1.6 MG(メガ重力加速度)?超遠心機か何かか?

 

……もう少し、マシなスケールに落ち着けよう。回転数はそのまま、直径を2 mと控えめなサイズに。加工精度を考えれば円周部分に1 mm程度の間隔でコイルか磁石を並べるのがいいだろう。それでも周囲に並ぶコイルあるいは磁石の数は6万個程度。1.24 MHz。不可能ではない……か?実際、かつての世界のタービンの回転数と大きさを考えればこれぐらいなら作れなくはなさそうだ。こんなものができるなら真空管を作るには十分な技術があることに目を背ければ候補に挙げられるな。なにせこれに必要な技術よりターボ分子ポンプを作る技術のほうが低レベルだろう。

 

力を込めて硝子筆(ガラスペン)を紙に押しつけたせいで先端から嫌な感覚が指に伝わってきた。あ、やってしまった。この硝子筆(ガラスペン)は先端が脆いのだ。研ぎ直せば一応使えなくもないが。そういえばあの職人が良い砥石を知っていると言っていたな。後でちょっと研いでもらおう。

 

「あー……」

 

背中を後ろに倒し、天井を見上げる。

 

「どうしたんですか?」

 

寝台に座ったケトが私に聞いてくる。

 

「知識と技術が足りなくてね……」

 

「これで、ですか?」

 

ケトの言葉が、少しだけ怒気をはらんでいた。おっと、嫌な予感がする。まあ素直に聞こう。

 

「いやそうなんだよ。船同士のやり取りで使いたい波の長さを安定して作れなくて……」

 

「……キイさんには、後でまとめたものを見せるつもりだったのですが」

 

ケトが厚紙で作られたフォルダを私に手渡す。中には十数枚の紙。手書きの実験報告だ。量が増えてきたのでケトに分類と要約をお願いしてもらって、それを頭に入れてからざっと目を通すようにしている。なおこの報告書のフォーマットは印刷物管理局規格である。

 

「この船と陸の距離はどうやって計測しているのかな」

 

「……追記事項に書いておきます」

 

比較的どうでもいい所にツッコミを入れてしまうが、それだけ完成度が高い。慣れていない人間の悪文なんぞ目が滑って仕方がないというのに。……たぶん統治学を学んだことのある学徒が書いたのだろう。こういうところで知的人材の豊かさを見せつけられている。まあ世界からこの都市に才能の上澄みを集めているからこうもなるか。

 

「それにしても、この距離で?」

 

海上での無線通信実験の記録だ。この図書庫の城邦では船の出入りはかなりしっかりと管理されている。その担当者の名前も報告にはあった。水先案内人か。確かに短距離の移動であれば慣れているし、少し移動する程度であればかなりの実力があるのだろう。しかしこういう人間の協力を得ることができるということは商会の中でもしっかりと行動の権利を持っているというわけか。あの実験工房は商会の管轄なので厳密には私は非公式外部アドバイザーのようなものである。開発の成功報酬は現場の技術者にちょっと奮発して出して改良の成功者は名前を出して褒めるべきだなんてことを実験工房の管理人に話してあるのでたぶん今後私から独立して動けるようになるだろう。いいことだ。

 

「陸上では既に試されていた距離ですよ。そう驚くものではありません」

 

「いや、受信側空中線(アンテナ)形状の改良案があるからそれがあったほうがいいかなと……」

 

報告には簡単なスケッチもあった。やけに上手いな。透視法は使われていないが船の特徴と空中線(アンテナ)の構築がきちんと示されている。再現実験が可能なようにとの配慮だろう。そう考えるとできるだけ速くこのフォルダは向こうに戻さないとな。

 

「キイさんが作ったものは、もう既にかなり実用ができるような段階まで進んでいます。確かに完成品というか、適したものを見せたい気持ちはわかります。否定はしません。しかし、今使えるものを出せているのは十分とは言えないでしょうか?」

 

「私がこの地の人物ならね。もっと先を知っている身としては、耐えるのが難しいのさ」

 

このタイプの送信機は混線が起こる。それは今後複雑なやり取りが行われていくだろうことを考えると次の段階に進めたいが、それができないから悩んでいるのだ。

 

「……キイさんが知っている歴史では、そういう不完全なものであっても使われていたのでしょう?」

 

「まあね」

 

グリエルモ・マルコーニが最初の大西洋横断通信をやったとされるのが1901年。リー・ド・フォレストによる三極管の発明が1906年……でよかったかな。あそこらへんは特許争いが複雑だった覚えがある。三極管の実用は1910年代か20年代。数十年の間、増幅素子なしでやっていけたといえばその通りであるが無いものは無かったのだとも言える。

 

「最近は急ぎすぎです。既に長髪の商者から言われた条件は満たしているでしょうし、ツィラさんからの依頼についても十分だと思いますよ?」

 

「そうかね……」

 

「そうです。明日は休むべきですね。休みにします。朝一番で管理局に行ってその旨を伝えてくるので、キイさんは僕が帰ってくるまで眠っていてください」

 

ケトはそう言って、私の手を取って寝台の方へと引いた。

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