図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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貿易

私がいた世界では秋刀魚は目黒に限るなんて言われていたが、炭火で直焼きの魚に塩を振っただけのものがなぜこんなにも美味しいのだろう。銅葉二枚で硬めに炊かれた蒸した穀物までついてくるのでなんともお得なセットだ。滴る油を麦なのか米なのかよくわからないものの上で受け止めさせるようにして、苦い内臓をかじる。

 

「あ、苦手?」

 

「……大丈夫です」

 

少し辛そうな顔をしながらケトは腹の部分に歯を当てる。まあ、苦いのは仕方がない。大根おろしとかあれば多少は和らぐのかな。まあ私がかつていた世界のような大根をここの市場で見かけたことはない。まあ確かにあれは東洋で品種改良を重ねて作られた植物だからな。植物分布も動物分布も違うここでは無い方が自然である。

 

「……少しいい?」

 

「何ですか?」

 

「動物や植物がまとめられた本ってある?」

 

私の質問に、ケトはいくつかの本を答える。

 

「最初の2つは旅行記に付随したものですね。後半のがそれらをまとめたものです」

 

「なるほどね」

 

動物と植物に対する興味が分かれていて、さらに鉱物についてはかなり別ジャンル扱いされているそうだ。奇品収集はあっても博物学がないというのは不思議な気分だな。一応自然学というジャンルはあるが、分類というよりも地理的分布に着目したジャンルであるらしい。本草学とも違うんだな。

 

「失礼します、ここ、座ってもよろしいですか?」

 

目を上げると、少し着飾った女性が焼き魚の刺さった串を持って私に問いかけてきた。アイシャドウのようなものをつけている。あまりここらへんでは見ない化粧だ。いや大道芸人とかはしているけど、彼女のそれは比較的自然に見える範囲に抑えられている。化粧っ気というものを持っていない私には詳しく分からないが。

 

「構いませんよ」

 

私は少しケトの方に身体を動かす。まあ別に座るスペース自体はあるのだけれども。

 

「旅の方ですか?」

 

ケトが私越しに彼女へと声をかける。

 

「ええ。商売でこの城邦に今日来た所です」

 

落ち着いた声。安心できるな。

 

「あなたがたは?」

 

「数年ほど前にここへ。図書庫の城邦はどうですか?」

 

「いい所です。品物は多いし、本は読みやすいし」

 

「と、言いますと?」

 

「文字が綺麗に揃っているんですよ、知りませんか?」

 

あ、普通に活版印刷の話か。まあその仕掛け人なので知らないはずはないのだが。それにしても今日はそういう話が多いな。

 

「そういうものなのですか。興味深いですね」

 

私はちょっと気になったので、あくまで知らないフリを通す。少しむせたようなケト。

 

「ちょっとすみませんね。大丈夫?喉に骨とか刺さってない?」

 

「ええ……問題ありません。話を遮ってしまって申し訳ないです」

 

ケトは私を挟んで彼女から見えない角度で視線を送ってくる。疑問かな。不信はない。私は小さく、ちょっと邪悪さを込めた笑いで返す。

 

「二人は夫婦(めおと)で?」

 

お、ここらへんの東方通商語ではあまり見ない表現だ。意味はわかるけれども。

 

「違います。……が、まあ似たようなものかもしれませんね。私は司女をしていますから」

 

「……そういうことですか。すみません」

 

司女と司士の関係についてはわかっているのか。ちょっと探りを入れてみよう。

 

「ところで、どういう商売を?」

 

「道具商をやっています。まあ、私はあくまで補佐にすぎませんが」

 

それにしては結構飾っている気がする。ここのファッションは質素とまでは言わないが彼女のように金の鎖を使った手首の飾りみたいなものはあまり見ない。まあ、銀とかのほうが手入れが難しいのでそちらのほうがステータスになるのかもしれないが。そこらへんの知識はない。

 

「道具ですか。具体的には?」

 

「腰に吊るようなのを」

 

そう言って彼女が微笑む横で、ケトが私の耳に口を寄せる。

 

「剣のことです」

 

おや、そういう慣用表現なのだろうか。なら私が知らないのも仕方がないな。

 

「となると、顧客は巡警ですか?」

 

「少し違うけれども、まあ似たようなところよ。ここだけの話、最近鋼が安くなったから今のうちに売ろうかと」

 

「賢いですね。ところで、なぜ安く?」

 

「詳しくは知らないけど、炉が良くなったと聞いているわ」

 

「そういえば、どこから来たのです?」

 

「鋼鉄の尾根、と言えばわかるかしら」

 

地名なのだろうが私には一般名詞に聞こえるな。まあ地名とは得てしてそういうものだが。

 

「ここから船で一月ほど行った場所にある地ですよね。良い鉄が取れ、一流の人が使う道具が鍛えられるという」

 

ケトが言ってくれる。ああ、なるほど。そういう地域か。名前のまんまだな。図書庫の城邦に住んでいる人間が言えたことではないか。

 

「そう。まあ、今回は大きな刃物だけではなくて様々なものを扱っているから、もし欲しいなら少し安く売るわよ」

 

「いいんですか?」

 

「この城邦はかなり久々なの。こういう話をできる友人もいないし、勇気を出して声をかけて面白い話ができてよかった」

 

まあ、こう言われると悪い気はしない。そこまで面白い話ができたかは分からないが、会話の内容よりも会話をしたという事実が重要なタイプなのだろう。そういう人もいる。まあ、かなり理性的な人であったし話すのも上手い。私とは違うのも当然だろう。

 

「それじゃあ、二人ともいい一日を」

 

彼女はそう言って、綺麗に頭と骨だけになった魚を持って去っていった。

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