図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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冊子

値札を見ていくと、この世界での経済がわかる。例えば服は銀片数十枚だ。これを銀片数枚にまで安くする方法はあるが、実現するのは楽ではない。一応紡績機も織機もミシンも構造は覚えている。構造として、一つ作るだけであれば不可能ではない。部品一つ作るのに銀片が飛ぶような代物になるだろうが。それに修理も整備も必要だ。動力も考えなければならない。そして糸と織物は農村における現金収入源の一つだ。これを奪うとなると夜道で刺される。なのでできれば農村で整備可能なレベルの部品供給網とか操作人材の育成ができる知的基盤とかの方向で行きたいのだが、それは数十年で行けるか怪しいレベルだ。

 

「新しい服が要りますか?」

 

布地を見ていると、隣からケトが聞いてきた。

 

「……普段着としてはいらないけど、作業用に欲しいかもしれないな」

 

「特注品になりそうですか?」

 

「たぶん、ね」

 

回転部分に巻き込まれないような袖、尖った部品から肌を守る厚手の生地、そして動きやすく、洗いやすいこと。まあ普通に綿があればそれでいいのだが。……繊維作物もちゃんと確認できていないな。やはり手元の資源をきちんと確認しておく必要はある。それに合わせて技術も変えていかねばならない。かつての世界における産業革命は木綿織物を中心に広まったが、裏には植民地があった。これは正直あまり良くない。下手に地域経済差に依存したシステムを作るとそれを無くすには数百年かかるのだ。なら起こさないのが一番である。産業革命をできるだけ小規模なものにする必要がある。全く、厄介だ。

 

「まあでも、鋼が安くなったのはいいことだ」

 

「……去年ぐらいに話した、あの方法ですかね」

 

「かもね。詳しくは知らないけれども」

 

転炉というか、溶けた(ずく)に空気を吹き込むことで炭素濃度を下げて鋼を得る方法。まあ実際は鉱石によっては特殊な煉瓦で炉の内張りをしたり、鏡銑(スピーゲルアイゼン)を混ぜたりと試行錯誤が必要なのだがそれでも実際に安くなっているということは徐々に成功しているのだろう。私の記憶にある方法はある程度伝えているのでそこらへんで色々とショートカットできているといいが。そうだ、もし機会があればあの人経由で実際の鉄生産の様子を聞くのもいいな。人脈は有効活用せねば。

 

「それにしても鋼で機械を作るというのは、実際に口にすると意外ですね」

 

「そうなんだ。私のいた場所だと鉄と鋼を区別して使わないぐらいだったから」

 

「……信じられませんね」

 

まあ、ケトからすれば黄金の食器であるとか銀の糸で編んだ服とかみたいなイメージなのだろう。確かに変な気分だ。

 

「そろそろ加工装置に手を出すかな」

 

そんな話をした私たちの足が止まる。束ねられた紙と、その上に載せられた値札。売り主は目深にフードをかぶっている。

 

「ほう」

 

これは法に定める本ではない。自費出版の類だろうか?

 

「見せてもらおうか」

 

「あぁ?学徒向けのものだ、あんたみたいな齢であれば不要だろ」

 

「おや、心外だね。これでも君が思っているより若いのだ」

 

私は積んだ銅葉を相手の前に置く。まあ相手が私を何歳ぐらいと思ったかは知らないが金を渡せば黙るだろう。

 

「……これを作ったのは?」

 

「知らねぇよ、俺は売るだけだ」

 

「ふうん」

 

内容は意外なものだった。講師のリストだ。活字のかすれからして、あまり慣れていない人が組んだのだろう。印刷機の台数から考えて、少し調べればどこで印刷されたものかは特定できる。しかしこれは別に違法行為でもなんでもないからな。製本された巻子本以外は本ではないという見解は特に問題ないとして法務審議会が認めたのだ。

 

「一冊いただこう」

 

「毎度」

 

ぶっきらぼうに売り主は言う。まあ、あまり表立ってやり取りはしたくないのだろう。

 


 

昼ちょっと過ぎに、私たちは部屋に帰ってきた。

 

「読んでもいいですか?」

 

ケトが私の胸元を見て言う。ああ、そうだった。違和感の原因だった冊子を私は懐から取り出す。

 

「と言っても内容自体はケトくんのほうが面白いんじゃないかな」

 

書かれているのは講師の教えている内容、価格、そしてその評判。人によっては短文でちょっとしたコメントがついている。なかなかレイアウトはよくできている。これを作るには暇な学徒がそれなりに必要だ。需要はあるだろう。まったく、休日だというのに面白いものが見つかって仕事のネタになりそうだ。

 

「こんなものがあったんですね……」

 

「巡警の人は、たぶん本の形のものしか確認をしていないよ」

 

人間は探そうとしているもの以外を探すことは難しいのだ。

 

「うーん、とはいえ自分で探すのも大変だしな……」

 

「面倒くさいんですか?」

 

「いや、私以外に適任者がいるというだけ」

 

あの頭領府から来ていた女性の局員にでも頼もうかな。図書庫の城邦の諜報ネットワークを使えばそういうものを探ることもできるだろう。

 

「キイ局長はいるか?」

 

私とケトはびくりと背中を跳ねさせる。聞き覚えのある声。扉を叩く音。

 

「……なんですか、今日はキイさんはお休みですよ」

 

ケトがそう言いながら、小さく扉を開ける。

 

「いますぐ来てくれ」

 

そこには、ツィラさんの部下であるあの女性が慌てた顔をして立っていた。

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