図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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盗聴

「で、何があったのさ」

 

私は小走りで商館のある方に向かう局員を追いながら聞く。

 

「要注意人物がこの城邦に入りました」

 

「詳しい情報はある?」

 

「後で見せます。中年の男性で、これといって特徴は無いのですが」

 

「なかなか難しいな」

 

私は視線を横に向ける。ケトは何事もないように私たちの隣についてきている。私はちょっと足が限界に近い。運動不足が祟っているな。

 

「それで、キイ嬢の作っている電気によって声を伝える機構がありますよね?」

 

「なんでいきなり?まだ実験中だけど」

 

「使えますか?」

 

「まあ、無理ではないはず」

 

実用化というか商品化のためには長距離での伝送とマイクの周波数特性に癖があるのでそこが問題だが、逆に言えば建物一つの中程度であれば今でも問題なく利用可能だ。

 

「構いません。ところで、危ないことに手を貸す意志はありますか?」

 

私は少し思考を巡らせて、一つの仮説を出す。

 

「その要注意人物が、誰かと話すの?」

 

「ええ。それを聞こうかと」

 

盗聴だ。なかなか面白いことを思いつく。私は今の今まで炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)をそう使うという発想はなかったぞ?

 

「技術面では手を貸すよ。けれども聞き取る内容自体については関わりたくない」

 

「相手の狙いはおそらくキイ嬢です。嫌でも関わることになるかと」

 

「どうしてわかるの?」

 

「商会と衙堂でキイ嬢について聞いてきた人物がいました。詳しい特徴については記憶が曖昧らしいのですが、考えるに同一人物かと」

 

「なるほどね」

 

他国の諜報機関から手が伸びるのは技術系では珍しいことではない。大抵は機密のヴェールの裏で方がつけられるが、歴史の表舞台に現れた例もある。水力紡績機の設計図を頭に入れてイギリスからアメリカに渡ったサミュエル・"裏切り者(トレイター)"・スレーターや同じように力織機を手ぶらで持ち出したフランシス・キャボット・ローウェル、清からのチャノキ密輸出に成功したロバート・フォーチュン、あるいはローゼンバーグ夫妻を始めとするソ連の協力者。彼ら彼女らはアメリカにおける産業革命の先駆者であり、インドにおける紅茶生産の貢献者であり、そして連邦の英雄であった。裏返せばイギリスの利益を簒奪し、清の国際貿易における地位を失墜させ、核戦争のリスクを高めたのであるが。

 


 

私がお願いすると、あっけなく実験中の設備類を貸してもらうことができた。いきなり当局がやってきてそんな事をしたら普通は大問題になるが、私の案件ならまあ問題ないだろうという変な信用のおかげで助かった。もちろん頭領府から出向している局員が商会側に色々話を通してくれたのもあるだろうが。まあ、終わったら借りたものはちゃんと返すように私が強く主張するのでたぶんなんとかなるだろう。東京湾や大阪湾の藻屑になることはないはずだ。

 

「場所はここでいいですか?」

 

まあ配線とかは私の手でやることになるのだが。商館が持つ宿泊施設の一つに盗聴器を仕掛ける簡単なお仕事である。配線は床下や壁を通して隣の部屋に繋がり、そこで数人の人がかわりばんこに話を聞くわけだ。まったく、大変なことで。本当であればレフ・セルゲーエヴィチ・テルミンのThe Thingみたいな物を作りたかったが、あの受信機を作るためには増幅素子が必要である。

 

会話が行われるだろう場所を中心にマイクを配置していく。一部は感度が高すぎるという評価がついていたが、まあ別にいいだろう。ノイズを聞くのは私ではない。軽く高域通過濾波器(ハイパスフィルタ)がわりの可変容量蓄電器(バリコン)を噛ませてあるので発狂するほどではないはずだ。

 

「大丈夫。まだ帰ってくるには時間があるはずだけれども、早めに撤収しましょう」

 

そう言うのは久しぶりにあったツィラさん。図書庫の城邦が持つ諜報ネットワーク「刮目」の元締めだ。こんなところにまで直接顔を出すあたり、たぶん人数が根本的に足りないのだろう。国家保安省(シュタージ)めいてパーセントレベルの協力者を抱えていているわけではないし、構成員はたぶん百人いるかどうかといったところ。

 

「聞こえますか?」

 

私が声を出すと、隣の部屋から壁を叩く音が聞こえた。問題なさそうだ。

 

「通信来ました。まもなく帰ってきます」

 

扉から入ってきた人がツィラさんに言う。なんと無線通信まで使いこなしている。実験工房の技術者の中に「刮目」の構成員がいたらしい。まあ別にいいが。一応このせいで無線使用の制限がかかっているが、そもそも無線送信機は数えるほどしか無いのであまり問題ない。

 

「退散!」

 

ツィラさんが手を降って最終確認を済ませる人達に言う。

 

「これって、私もいたほうがいいですか?」

 

「いいえ。あなたはこの後実験工房に寄って、しばらくしてから何事もなかったかのように帰ってもらえる?」

 

「はいはい」

 

私は少し不満そうな演技をする。

 

「……今回の件について、埋め合わせは必ず」

 

それに応じてか、ツィラさんが言う。

 

「なら調べてほしい人がいます。それと、今回使用した装置類の感想を頂ければ」

 

「わかったわ」

 

「ケト君、それじゃあ出ようか」

 

「……ええ」

 

そう言うケトを連れて、私は扉をくぐる。ふと後ろを見返すと、確かに何かが仕掛けられている気配は感じられない、ある程度品のいい客室があった。

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