「……今から僕が言うことに、特別な意味はありません。司士としての仕事の手伝いの話です」
ケトが少し深刻そうに言う。
「わかった。何?」
「祭りに行きませんか?」
収穫祭は幅広い文化で見られる。今年の豊作を記念し、来年の豊作を祈念するという名目のどんちゃん騒ぎ。ただ、ここでの収穫祭は麦の収穫とその後の野菜や果実の収穫の間にある息抜きとしての側面が強いらしい。衙堂では手間をかけれることを前提に様々な作物を栽培しているが、逆に主要穀物である麦はあまり育てていない。なので収穫で忙しくなるのはもう少し先なのだ。こういう知識はケトにとって基本的なことらしい。それは衙堂の背景と関わってくる。
衙堂は
これを保証するのは衙堂の宗教性と中立性だ。まだ詳しいことはわからないが、ここは宗教施設だ。そして、私がここで観察してきた生活にはかなり宗教色が見られる。定期的な祈り、いくつかのタブー、そして聖典。この聖典は地域ごとに作られたものらしく、英雄叙事詩とか歴史書の側面がある。前に見せてもらったが読めない。かなり面倒なシステムにも思えるが、たぶんこれがここの人たちにとって自然なのだろう。
「いいよ。ケトくんは仕事で行くのかな」
「ええ。祭りを始める時の祈りとか収穫物の祝福とか……大変なんですよ」
「ハルツさんは?」
「今年からそういうのは僕に任せて酒を呑むそうです」
たぶん色々な仕事をやらせて経験を積ませたいのだろう。デビュー戦というのはいいものだ。後で思い出すと何もかもがひどくて自害したくなる。学部生時代にやった最初の学会発表が私にとってはそうだった。思い出さないようにしよう。
「そう。ところで質問いい?」
「構いませんよ」
「誰かを祭りに誘うことは、特別な意味があるの?」
少し悩ましげな表情をした後、ケトは恥ずかしそうに口を開く。
「特に異性を誘うときには、あります」
「なるほど。詳しく聞いても?」
「……僕に語らせるんですか?」
「……ごめん」
「構いませんけどね。ええと、祭りとは神々に収穫の感謝を捧げるということを口実に様々なことが行われます。日が沈んだ後に行われる火を囲んだ踊りとか」
「それに相手を誘うことに意味がある、と」
「はい。……興味のある人に声をかけるのが一般的です」
つまりはあれだ、学園祭のフォークダンス。私の通っていた工業高校ではそんな軟派なものはなかったが。数少ない女性を巡って殺し合いが起こることを避けるためのものでもあったのだろう。
衙堂から歩いて5000歩と少し。刈り入れられた畑が広がる集落が見えた。よそ行き用の鮮やかな衣装を着たケトからは確かに荘厳さのようなものを感じる。一方私は薄っぺらい足の裏の皮が結構辛くなってきたところだった。ここの文化では人々は基本的に裸足なのだ。長距離を歩く旅人が靴を履くことはあるらしいが、そうでない少し歩く程度であれば何も履かない。
祭りが行われるある程度開けた空間ではすでに準備が進められていた。行き交う人々の喧騒を聞くのは久しぶりだ。脂が焼ける匂い。そういえば長らく肉は食べていなかったな。見る限り豚のようだ。本当にそうかは知らない。私とケトに向かう視線は、どうしても部外者だということを感じさせる。
「そんじゃあ私は挨拶回り行ってくるから、ケトはちゃんと仕事するんだよ?」
そう言ってハルツさんは酒の入った
「……ケト、久しぶり」
荷物を置いていたケトに話しかける少女がいた。歳は同じぐらいだろうか。
「うん。元気にしている?」
「█████████が██████、████████████出来事は*1」
言葉がかなり速い。単語の間も分かりづらい。ケトがいつもどれだけ丁寧に話してくれているかわかるようなものだ。
「で、そちらの███████は?*2」
「今衙堂で世話をしている、キイという方です」
そんな感じで私の紹介が行われる。基本的に私は無言で笑顔を浮かべるだけだ。話せるほどの余裕がない。
「彼女は?」
話し終わったケトに声をかける。
「昔からの知り合いです。今度結婚するようで」
「いいことだね」
「……キイさんは、そういう相手がいるんでしたっけ?」
さて、ここが問題だ。この世界における平均婚姻年齢と婚姻率に関するある程度以上信用できるデータが存在しない。
「いない、と思ってくれて構わないよ」
ただ離別であったり離婚であったりというものは存在するだろう。離婚が宗教的に禁止されていても、逃げ道はたいてい存在していたし。
「では、そう考えます」
ケトはそう呟いて、そろそろ始まる祭りのために服を整えた。