図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第13章
工作員


「局長、報告です」

 

何事もないように、昨日会った頭領府から来ている局員が言う。渡されたファイルは印刷物管理局規格のものだが、紙質が微妙に違う。

 

「これは、読んでいいものなの?」

 

表紙には管理番号と人名。知らないフォーマットだ。

 

「ええ。ただ、読み終わったらできるだけ早く返して下さい」

 

「わかった」

 

中に入っているのは調査書のように見える。複数の筆跡。ある程度時系列順に整理してはあるが、一貫したものではない。まあ、別に読むのに問題はないが。

 

通称「鋼売り」。鋼鉄の尾根と呼ばれる一帯を中心に活動する商会。傭兵派遣、物流確保、身代金交渉まで何でもやるが、基本的には鋼鉄およびその加工製品の製造・販売を行っている。面白いところだ。長髪の商者とは微妙な利害関係がある。

 

「なるほどねぇ、確かに私の存在は気になるな」

 

図書庫の城邦に入ってくる鉄と鋼においてある程度の割合にこの商会は噛んでいる。この世界でも鋼は重要な材料だ。構造材料に使えるほどの生産量はないが、多くの道具に使われている。確かにここを敵に回せば面倒なことになるが、力を持たせすぎても厄介になるだろう。

 

いまこの城邦に来ているのは二人。一人はデナイリストに突っ込まれかけている、危ない方法で秘密を盗む男性。これといった特徴がないので探すのも大変らしいが、局員の一人が顔を覚えていたのでわかったそうだ。あ、風貌のスケッチがある。私の知っている写実的なものとはまた別だが、まあなんとなくはわかる。

 

写真があったほうがいいかもな。前に書いたメモを引っ張り出す。トゥー嬢に投げようと思って忘れていたものだ。必要なものは硝膠(コロジオン)、硝酸銀、チオ硫酸ナトリウム、硫酸鉄(II)、ハロゲン化合物、硝子(ガラス)板。チオ硫酸ナトリウムは濃水酸化ナトリウム水溶液に二酸化硫黄を吹き込んで硫黄を足せば作れる。まあ配合がかなり面倒だった記憶があるな。一応コロジオン湿板は扱ったことがあるし、写真機も見たことはあるが再現は厄介。未使用のフォルダを取り出し、トゥー嬢の名前を書いたラベルをスリットにはめる。毎回新しいフォルダを用意するのは無駄なので、ちょっとしたやり取り用にはこういう再利用可能なフォルダを使っている。規格化はこういうところでも便利なんだよな。

 

脇道にそれていた思考を戻す。合計で二人ということは、もう一人来ているのか。女性。詳細不明。はい。まあ、詳しいことはわからないか。おそらくキイと接触済み、と。……まさか、昨日のあの焼き魚食べていた女性か?というかなんで接触したことがわかっているんだよ。盗聴かな。まあいい、相手を知ることはできた。私は席を立つ。

 

「ありがとう」

 

ファイルを返すと、局員は私を廊下に行くよう無言で指で示した。

 

「この女性に心当たりはありますか?」

 

「昨日会った人だと思う。」

 

「どうでしたか?」

 

「綺麗でなかなか理性的な女性に見えた。今の時点で言えるのはそのくらい」

 

「わかりました。私たちはあなたとケト君が狙われることを危惧しています」

 

「どのぐらいの意味で?生命を?それとも拘束して秘密を聞き出すという形で?」

 

「不明です。今晩、関係者との情報共有を兼ねた夕食会を開くつもりです。小さなものですが、来ますか?」

 

「行こう。信頼できる人間に迎えに来てもらうことはできる?」

 

「できます。巡警を一人、派遣しましょう」

 

局員はテキパキと今後のプランを立ててくれる。

 

「……ところで、相手の狙いはわかる?」

 

「いいえ。しかしこちらから危険視されていることは把握しているでしょう」

 

「そこまでして私を狙う必要は?」

 

「鋼の生産について他の商会から影響を受けたくないのでは、との分析が」

 

「……それは、生産方法を変えたくないから?」

 

「違うと思います。こちらの情報では大規模な設備投資を『鋼売り』が始めています」

 

「どいつもこいつも思い切りがいい……」

 

普及に時間がかかることを想定していたのだが、この世界の人々はかなり貪欲だ。場合によっては情報をちらつかせるだけで結論までたどり着けるのではないだろうか?そうなら楽なのだが。

 

「個人的には金属製品を取り扱える相手側とは敵対したくない」

 

「平和的に取引できるならそれが一番でしょう。ただ、相手は荒事に慣れていることを忘れないで下さい」

 

「……わかった」

 

私は殺された死体を見たことがないし、生命の危機を感じたこともない。だから、たぶんそこらへんの警戒はひどいものだろう。専門家に任せられるところは任せよう。

 

「こちらへの連絡は、基本的に私を通して行って下さい」

 

「理由は?」

 

「相手側に、誰が見張っているのかを感づかせたくないからです」

 

「わかった」

 

私は頷く。確かに尾行されている状態で直接ツィラさんと顔を合わせたりなんかしたら指揮系統がわかってしまう。それに比べて、彼女は今のところ局員の一人にすぎない。彼女だけを特に警戒する理由がなく、動かせる人数に限りがあるならば情報のやり取りはある程度秘匿できるだろう。

 

「……本当に、話がしやすくて助かります。それでは、また終業時に」

 

局員は少し安心したように言って、何事もなかったかのように仕事へと戻っていった。

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