図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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機密文書

巡警に案内され、頭領府の施設が集まる地区にある建物に入る。

 

「キイ嬢とケト君ですね?こちらに」

 

ここから先を案内してくれるのはランプを持った初老の男性だ。階段を降り、地下にあるだろう通路を抜ける。ああ、この建物はたぶん外観のとおりになってないのだな。

 

「質問してもいいですか?」

 

ケトが静かに言う。

 

「構いませんよ」

 

「僕たちはどこに案内されるのでしょう」

 

「我々の図書庫です」

 

そう言って、彼は扉の一つの前に立ち、金属製の棒を取り出した。それを孔にいれてなにかしている所を見ると鍵のようだ。一種のシリンダー錠だろう。一応鍵作りは規格化において大きな影響を与えたのでここらへんの知識はある。小学生の頃に読み込んだスパイ入門書の影響ではないです。

 

「どうぞ。持ち出しはできませんが」

 

木の棚に、ずらりと並んだ厚紙のフォルダ。木の箱の中には手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)。検索システムが揃った、情報の蓄積場所。

 

「これ、入ってはいけないものでは?」

 

「我々の長からの言伝です。信頼を得るためには、秘密を共有するべきだと」

 

ケトは手早く手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)を操作し、一枚のカードを見つける。ちらりと見ると私の名前。へえ。気になるんだ。私も気になるが。そこに書かれていた番号を呟きながら棚からフォルダを引き抜く。かなり丁寧に整理されているようだ。

 

「この部屋は、あなたが管理しているのですか?」

 

「ええ、キイ嬢。ぜひ一度お会いして、お礼を言いたかったのです。素晴らしい方法だ。お陰で職を失うかと思いましたが、老いた私でも使いこなせるだけの容易さがあってよかった」

 

笑顔だが、機密保持のために何が行われるかを考えてしまった私は背筋が冷える。

 

「キイさん、これを」

 

私にケトがファイルを渡す。……私の生活パターンと襲撃ポイントの候補?なるほど。私を守るにせよ、消すにせよ、こういった情報は重要だ。しかしこれを見られてもいいとなると、「刮目」は私に対して相当譲歩しているか、あるいは完全に一員か何かと考えているかだ。別にいいんだけれども、仕事ができるかどうかは怪しいな。永遠にスリーパーでいたい。

 

とはいえ、ファイルの一番上に書かれた文言を見て私は少し安心する。「重要人物、敵対を避けよ」か。まあ私だって基本は仲良くしたい。善隣友好政策は公正世界誤謬にさえ気をつければ悪くないものなのだ。

 


 

「こちら、キイ嬢とケト君。今回来た『鋼売り』が狙っている可能性が高い人物」

 

「よろしくお願いします」

 

ツィラさんの紹介にケトが礼をする。つられて私も。

 

「さて、改めて目標を確認しましょう。現状では相手が何を求めているのかを知るのが重要。だから、ある程度はこちらからの接触も必要だと考えます」

 

「今回の取引の対象となっている商会側からはどうでしょう」

 

「長髪がどう動くかがわからない」

 

「さすがにあいつでも大事にはしないだろ」

 

「信じられる?鋼の生産技術を流したのよ?」

 

うーん、妙な対立がありそうだ。私は「刮目」の構成員らしい人たちの話を聞きながら、現状を一旦整理する。

 

役者はかなり多い。私とケト、ツィラさん率いる「刮目」、長髪の商者、そして「鋼売り」。一応図書庫の城邦の内側と外側という意味では敵は「鋼売り」となる。

 

「結局、これはキイさんの取り合いですよ」

 

ケトが小さな声で言う。

 

「そう?」

 

まあ考えてみれば、あの機密文書庫に入れたのは「刮目」が私を引っ張りたいから信用を得るために、という側面はあるだろう。長髪の商者だってそうだ。開発環境を整えて、私の持っている知識を実用化したいと考えている。互いの利害関係は調整可能だろう、と今のところは信じる。私と接触する機会があって、たぶんやろうと思えば殺すこともできたのにそれをしなかったのは最低限の話し合いがしたいということを意味している。相手を知ることは倒すために重要だけれども、話をするためにはもっと重要なのだ。

 

「ですので、あまり一方に肩入れをするのはよくないかと」

 

「わかった」

 

とはいえ、敵のほうが上手なのはどうしようもない。そこから逆算して、弱者なりに戦略を練らないと。裏をかくのは難しそうだ。基本的には素直に従いつつ、必要な決断ができるだけの情報を集めるのがいいだろう。幸い、どこも私を高く買ってくれているらしい。少なくとも死ぬ心配はしなくて良さそうだが。

 

「それにしても、大変なことに巻き込まれてしまったなぁ」

 

「結構余裕がありますね」

 

私の言葉に、ケトの呆れるような声。まあ、ケトの方も変に緊張しているわけではないのはいい。精神が追い込められては視野が狭まる。おい聞いているか私。徹夜での論文執筆をやめろ。

 

「ただ、味方は多いようで良かった」

 

「……そうですね」

 

ケトは少し不満そうだ。

 

「なに、敵が多いほうが楽しい?」

 

「違いますが……なんて言うんですかね、キイさんの価値が認められてしまうと……」

 

「しまうと?」

 

「何か、悔しい気分になるんですよ」

 

「ふうん」

 

広義の嫉妬だろうか。まあ、別にそれ自体は構わない。行動に出なければどんな思想を持とうが自由だ。

 

「とはいえ、私が秘密を話すつもりなのは君だけだよ」

 

「……それはわかっているんですけれどもね」

 

ならいいか。私がサポートできるのも限界があるし、ケトはある程度は自分でできるだろう。もし困ったらちゃんと言ってくれるだろうし。

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