図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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社交辞令

「……おいしいですね」

 

苦味と旨味がある、ぬるめの液体が喉を通る。一番近いのはチョコレートだろうか?香りは少し草っぽいが、決して悪いものではない。

 

「特産でね。剣だけを商っているなどと誤解されることも多いけれども、他にも色々と扱っているのです」

 

そう言うのは妙に印象の薄い男性。なるほど、確かに聞き込みや潜入では役に立ちそうだ。

 

「改めて紹介しましょう。こちらはキイ先生。顧問のようなものをしていただいています」

 

長髪の商者は少し上機嫌なのを隠さずに言う。どこまでが演技なのかは分からないが、微笑んでおこう。

 

「その後ろの方、昨日お会いしましたね」

 

私は「鋼売り」側の商者の一人である女性に声をかける。

 

「ええ。まさかこういう形で再会するとは」

 

おお役者ですこと。狙って接触してきたのは知っとるんやぞ。まあ私も学会とかでちゃんと相手の名前を調べてオンラインで読める論文にざっくり目を通してシラバスを確認してから「本を読みました、こんなところでお会いできるなんて。今日はどういう研究を聞きに?」「素晴らしいですね、えっ今度学会発表するんですか。見に行かせてもらいます」「もしよければ、そちらの大学に見学に行かせてもらってもよろしいでしょうか?」などと白々しいことをやっていたからな。偶然の出会いを演出するというのは結構大切なのである。こうやって名前と顔を覚えてもらうと学会で紹介とかされてなんか知らないうちに厄介な役職を押し付けられそうになるのだ。小さい学会で酒の席の冗談だとしても院生を理事に推薦するなよ。

 

「さて、改めて今の状況を。我々の商会としては、このキイ先生の求めるものをそちらに作って欲しいのですよ」

 

「鋼売り」側の表情が少し変わる。速攻をかけてきたな。たぶんこの会話は盗聴されているだろうからまあアフターケアは専門家に投げよう。私は楽しいことをする。

 

「どうしても専門的なものになるでしょうから、しっかりとした話のできる人を連れてきてくれればよかったのですが。どのようなものを求めているのですか?」

 

冴えない商者が言う。ああ、二人はあくまで諜報員だしな。加工の専門家ではない、と。

 

「私から言ったほうがいいですか?」

 

一応確認。部外者とまでは言わないが立場が微妙なのだ。

 

「もちろん」

 

長髪の商者からの返事を確認し、私は厚紙のフォルダを取り出す。これもある種の脅しだ。これだけの紙製品を、一定の品質で作ることができていて、それを使って事務作業をしているのだぞと言うもの。もちろんアイデアの模倣はそう難しくないが、これを何事もなく見せるということから相手が読み取ってくれるものがあるといいのだが。

 

「まだ下書きではありますが、欲しい装置の一つになります」

 

そう言って紙に描かれた小型旋盤の概念図を見せながら私は軽く説明をしていく。もし腕のいい職人がいれば数月あれば形にはできるだろう。ただ、軸の設計や回転速度の調整、バイトの素材なんかは知識がないと相当試行錯誤が必要になるはず。

 

「組み上げれば、この机の上ほどの大きさになりますか」

 

「そうなりますね」

 

「素材は?真鍮などであれば作れると思いますが」

 

知識はある程度あるのか。まあ扱う商品を知らねばならないとは長髪の商者も言っていたしな。

 

(ずく)を使いたいですね」

 

「……断言はできませんが、鋼鉄の尾根の職人の腕であれば作れるでしょう」

 

「わかりました。……この図画を持ち帰りますか?」

 

私は何食わぬ顔をするよう心がけながら少し相手を試す。もし持ち帰れば今後改良を行ったとしても私の貢献を否定することが難しくなる。もちろんしらを切ることもできるが、そうなれば今後私が出していく加工技術を「鋼売り」に直接見せることはなくなるだろう。もちろんここで暗記して、あくまで独立に発明したと言い張ってもいい。

 

「いえ、やめておきましょう。これは職人同士で見せ合わなければ意味がないものです。貴女が尾根に来てくれればいいのですが」

 

社交辞令のつもりだろうか?引っかかったな。私の欲しかった言葉だよ。

 

「それはそれは。ぜひ一度そちらの工房と冶金の術を見たかったのです。もしよろしければ、伺っても?」

 

そう言いながら私は横目で長髪の商者の方を確認する。少し驚いているようだが、その表情をすぐに引っ込めた。まあ、特に問題はなさそうだ。

 

「……貴女ほどの職人を呼ぶとなれば、それなりの準備をしなければならないでしょう。一度持ち帰っても?」

 

「鋼売り」の男は落ち着いて言う。さすがにすぐには断らないか。うまく行けば功績にもできる、と一応互いの利益になるような形にしているのでそこまで酷い取引ではないはず。

 

「当然です。無茶な願いを聞いていただき感謝致します」

 

ここでは丁寧に頭を下げる。これで断りにくくなった。

 

「必要であればこちらからも推薦状を書きましょう。彼女の腕は我等が商会の名によって保証するほどです」

 

そして長髪の商者の追い打ち。完全にここに来ている「鋼売り」二人の一存では決められない内容になった。そして商会同士の書簡だ。そうそう無くすわけにも行かない。

 

目を上げると、後ろの女性は悩ましげに息を吐いていた。まあ、お疲れ様ですとしか言いようがない。

 

 

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