図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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冗句

「すまないね、呼び出してしまって」

 

暗に出て行けという雰囲気を漂わせる長髪の商者。まあこれは私の邪推混じりだろうが。

 

「構いませんよ。この後迎えが来るでしょうから」

 

そう言って私は床をコツコツと叩く。

 

「それでは、失礼いたします」

 

礼をして、部屋を出て、扉を閉じる。

 

「行かないんですか?」

 

隣のケトが不思議そうに私に声をかけた。

 

「まあ、少し待とう」

 

そうしていると、若い男性が現れてついてくるように私にハンドサインを送ってくる。確か前に盗聴器を仕掛けたときに見た顔だ。

 

「どういうことです?」

 

「静かにしておいてね」

 

質問してくるケトに、私は小声で言う。

 

「……面倒事をしてくれたな、とおっしゃっていました」

 

しばらく歩いて、彼は口を開いた。

 

「それはまあ、悪いとは思っているけどさ」

 

私は申し訳なさを声に滲ませる。実際申し訳ないと思っているので演技ではない。

 

「頭領府外交局構想はご存知ですか?」

 

「私が昔言ったやつかな?」

 

ツィラさんに話したことのある外交戦略の話だ。

 

「僕は北方担当使節官の一人になりました」

 

「それはめでたい」

 

「……そろそろ、種明かしをしてもらってもいいですか?」

 

ケトが言う。

 

「えーと、あそこでの会話が盗み聞きされているのはわかっていた?」

 

「……そういえば、そういうこともしていましたね」

 

長髪の商者に許可を取っているかどうかは知らないが、本人が素直に話すような性格ではないと判断したら普通に無断で炭素粉末伝声器(カーボンマイクロフォン)を仕込むぐらいはしているだろう。

 

「というわけで音で合図をして、呼び出した」

 

「呼び出されました」

 

元ネタはソ連時代のАнекдот(アネクドート)である。ああいう時代を真面目に捉える人からは茶化すなと言われそうであるが、まあそういう相手は大抵思想が強いので関わりたくないし、別にいい。

 

「ケトくん、鋼鉄の尾根ってここから北側だっけ」

 

「そうです」

 

「……となると、私が行くとなると担当者は君?」

 

「そうなりますね」

 

男が言う。

 

「頭領府外交局って、今どうなっているの?」

 

「すでに各所で安全な寝場所を手に入れ、仲間を増やしているようで。正式な機関として動き出すのはもう少しあとでしょう」

 

「なるほど。まだ具体的な業務についてはできていない、と」

 

「そうなりますね」

 

「手紙のやり取りについては?」

 

「図書庫の城邦とつながりの深い商会を複数使い、定期的に運べるようにしてあります」

 

「……君は遠距離通信について知っている?」

 

「長髪が所属する商会で試行錯誤が繰り返されているものでしょう?知人があれに関わっています」

 

「それを実用化して、海を越えてやり取りができるようにしていく。その頃に北に行けるよう、調整をお願いできる?」

 

「僕の権限を超えます。上の方に直接言ってくれませんか?」

 

そう言って彼は一つの部屋の前で立ち止まった。頭の中で三次元地図を構築するに、たぶんさっきまでいた部屋の真下だ。

 

「静かにしてくださいよ?聞き終わるまで、待っていてください」

 

「わかっているよ」

 

ケトの方を確認するが、理解しているように頷いたところを見る限り問題はなさそうだ。

 


 

必要は発明の母、というのは必ずしも真ではないが常に偽ではない。少なくともここで真となる例を示すことができる。天井から伸びるケーブルに交換用らしき鉛蓄電池、仮眠用の寝台に二人体制の速記。

 

ツィラさんは寝台の上で横になっていた。たぶんストレスと疲れがあるのだろう。

 

「念のため確認するけど、私がやったこと以上に厄介なことは起こっている?」

 

私は小さい声でここまで案内してくれた将来の使節官に声をかける。

 

「北方における国家間情勢の悪化が危惧されていますが、その程度です。重要人物がそういう場所に行くと言い出さなければもう少しマシだったのですが」

 

「今後の活動には必要だよ。通信の効率化のために必要な装置の設計に金属の加工が……」

 

「失礼、専門外の内容を流し込まないでください。僕にはそちら側の知識が十分ではないので。ただ、あなたの言い分はこちらからも伝えておきます」

 

「いや、これは私が悪かったな」

 

オタクの悪い癖と言えばまあそうである。こういうのは避けたいのだが、すぐに自制を忘れてしまう。

 

「……まあ、こちらとしては仕事ですので努力は致します。ただ、限界があることは知っておいて下さい」

 

「もちろん」

 

そういうふうに話していると、どうやら上の方での商談が終わったようだ。静かに、しかし素早く撤収が始まる。

 

「必要なものはある?」

 

起きたツィラさんが私に言う。

 

「……キイ嬢は北方平原語を話せないんですよ」

 

そうため息を吐いて言うのはケト。

 

「え、言葉が違うの?」

 

「そうですよ」

 

「それにしては二人とも流暢な東方通商語だったな……」

 

「なので、できれば北方平原語に慣れた人を紹介してほしいのですが」

 

確かにそれなら言葉の練習は必要だ。まあゼロから頑張ってなんとかなった事例があるのだ。それに比べれば楽である。

 

「なら彼に頼むのがいいかしらね」

 

そう言ってツィラさんは先程まで話していた男性を指した。

 

「母が北方出身で、父も北方との取引が多い商者。求める人材だと思うわ」

 

「ありがとうございます」

 

やっぱり持つべきものは人脈だな。それなりに負担をかけているのは自覚しているので、新しい製品をいっぱい作って……そうするともっと負担が増えそうだな。私から得られる利益より増える事務の方が問題になりかねないので、夜道には気をつけないと。

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