図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

157 / 365
丁字管

足踏み式のふいごで火力を調節しながら、片側を柔らかい木栓で閉じた硝子(ガラス)管の側面を酸水素炎で炙る。慣れないと難しいし、普通にやるのであれば息の合った二人で作業を分担するべきだがまあいい。

 

「ここでうまい具合に炎を集中させ、柔らかくなった所に息を吹き込む」

 

何人かの視線が私の手元に向く。ちょっと緊張するな。肺に力を入れると、熱しておいた部分が餅を焼いたときのように膨らんでいく。よしよし。膨らみの付け根の大きさも狙ったとおりだ。

 

「ここで息を吸うと当然だけど肺腑に熱気が入って焼けるので注意。で、薄くなった部分を割る」

 

作業用のトレイの上で、木槌を振るうと縁が少しギザギザした状態の穴が開く。もう少し大きいなら事前に(やすり)で傷をつけておいたりするのだが。

 

「あとは炙って穴の縁を多少滑らかにしておいて、別の熱した管と合わせる。ちょっとふいごお願い」

 

圧力調整弁とかがあればいいのだがと思いながら私は脇を締めて、柔らかくとろけている部分を近づけていく。息を一瞬止めて、腕の震えを止める。

 

ゆっくり、手から力を抜いていく。二つの硝子(ガラス)管はくっついたままだ。よし。直線側のほうに追加の木栓をはめる。こういうところでも規格化というのは便利だ。一応栓は先に行くほど細くなっていく形状をしているので多少の太さの違いはカバーできるのだが。しかしやっぱりゴムは欲しくなるな。

 

「これで分岐管ができたわけ」

 

「簡単そう、ですね」

 

職人の一人が言う。

 

「お、ならやってみてよ」

 

私は席を立ち、硝子(ガラス)管を彼に手渡した。

 


 

「なんで私より上手いんだよ……」

 

滑らかな継ぎ目を見て私は唸る。あれを見て一発で再現できるものなのか?私は失敗を繰り返して先生に手取り足取りやってもらってやっとできたというのに。

 

「むしろ、本職じゃないんですよね?キイ先生は」

 

職人が返す。

 

「……まあね」

 

確かに、私がいた時代でこんな細工ができるのは大きな大学か研究所の技師さんか、あるいは科学史の実証実験を試みる私みたいな人間しかいなかった。それに比べれば日頃から硝子(ガラス)を扱っている人のほうがやりやすいのかもしれない。

 

「まあ、こういうふうに薬学で使う道具を硝子(ガラス)で作ることができます」

 

本当は(ホウ)(ケイ)硝子(ガラス)を使いたいが、仕方がないので今は曹達(ソーダ)石灰硝子(ガラス)を使っている。まあ普通の実験であればあまり気にしなくていいのだが。(ホウ)砂は一体どこにあるんだ。欲しい資源が多いが、それを手に入れるのは難しい。なぜならその物性を私はちゃんと知らないし、物性測定のための設備もないからである。元素番号はわかっても原子量までは覚えていないし、融点や化合物の色、あるいはそういった元素を含有する鉱物の特徴なんかはほとんど駄目だ。一応特性X線を使った分析なんかの手法があればモーズリーの法則から元素番号と単体を対応させることができるが、必要な高圧放電も真空技術も発展途上だ。いや、今でも頑張ればぎりぎり行けなくはないか?問題はフィルム側になりそうだ。あれだって相当な改良を重ねたものだったはず。知識は全然ないので、やはり市場に乗せて趣味人に色々試させるのがいい気がする。

 

「というわけでこういうものを作って下さい」

 

私は紙を広げながら言う。滴定用のビュレット、液体移動用のホールピペット、内側に溝の入った分留用のビグリューカラム、コックの付いた分液漏斗、そしてくぼみを持つ内管と分岐のある外管の間に水を流すアリーン冷却器。私の知る基本的な化学実験器具のごく一部だ。

 

「薬学師の先生が使うもんはたいてい奇妙ですけど、こいつらは特に変な形ですね……」

 

「基本的にはこれなんかは炎酒を作るやつと同じだろ」

 

そんな会話をしながら職人たちは製造の算段を始めていく。よしよし。まあ私が数月がかりでぎりぎりできる範囲に抑えてあるつもりだからな。たぶんここの人たちならもう少し短くできるだろう。

 

「ところでキイさん、なんでいきなり硝子(ガラス)細工を?」

 

「説明は長くなるよ?」

 

「構いません」

 

「ええと、今の通信では火花を使って電磁誘導を起こしているよね」

 

電磁波の概念が怪しいので、「ある種の電磁誘導」ということで一応理論を作っている。

 

「そうですね」

 

「断続的な火花からもっと滑らかな電気の動きを作りたいんだけれども、それには薄い空気の環境が必要になる」

 

「……ええと、まだいけます。先を塞いだふいごを潰すと空気が濃くするようなことを逆にして、薄い空気を作るんですよね」

 

「だいたいそう。で、そのために革と木でつくるふいごではなくて水銀と硝子(ガラス)で作る特別製のふいごを使う」

 

石油があれば油拡散ポンプも検討するのだが、まあ無いものをねだるべきではない。いやでもあれは単純に高沸点の油だから、樹液とかから生成できないか?第二次世界大戦下で試みられてなんかうやむやに終わった松根油生産を記憶から引っ張り出す。うーん。まあ試して見る価値はあるかもしれない。

 

「それはふいごなんですか?」

 

「今はそうとでも呼ぶしかないもの。それとその薄い空気の部分にいろいろなものを入れるから、細工技術を高めておく必要があるわけで」

 

「……わかりました。他に、図書庫の城邦を留守にする前にやることはありますか?」

 

「色々あるけど、どうして?」

 

「キイさんが言葉を学ぶことから逃げているように見えて」

 

私は曖昧な笑みを浮かべる。図星だ。いやだって東方通商語とも聖典語とも語派レベルで違うらしいので辛いのだ。一応古帝国語と文法や基礎単語が似ているらしいが私は古帝国語を知らないんだよ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。