図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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特定

「楽しそうなことやってますね、局長」

 

「やるか?」

 

「やります」

 

このくらいの雑なノリで、印刷物管理局の人員のおよそ半分を動員した活字のカタログ化が始まった。閑散期だからって言っても仕事はあるのだが。書体の分類、欠けた部分のある文字の一覧、あるいは印刷者によって微妙に異なる文字の並べ方や幅。基本的に紙の大きさや高さは規格があるのでそれに沿って作られているが、見慣れてくるとそれ以外の差異がはっきりとしてくる。

 

「文字版の形状からすると図書庫のものだと思われるが、工房で実験的に作られた書体も混じっているな」

 

そうして分析する対象は例の印刷物である。

 

「やはりこういうものも管理局の案件にするべきですかね」

 

手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)にメモを書きながら局員が私に聞いてくる。メモレベルのノウハウも残しておいたほうが良いとなったら手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)に書いてまとめておくという文化ができている。あまり安いものではないのだが、予算はどういうわけかかなりしっかりある。商会から図書庫への寄付金が増えているようで。ありがたい。

 

「一定以上の部数が出たら図書庫に納めさせたいけど、強制しすぎても印刷が面倒になるだけだよ。難しいところだ」

 

「確かにそうですね。そういえば妹が学徒なので色々と街の噂を聞くのですが、こういう印刷物はたまに見るようになったそうで」

 

おや。局員の彼がかつての世界の大学院生ぐらいの年齢なので、妹が大学生ぐらいか。まあそのくらいか?

 

「なるほど。妹さんがここで学んでいるということは図書庫の城邦の生まれ?」

 

「いいえ、船で一日掛からない程度ですが離れた小さな漁村出身ですよ」

 

「となると、生活も楽ではないだろうに」

 

「ここでの給金は二人が暮らしていくのに十分ですよ。司女見習いもやっているので寝る場所の心配をしなくていいのは兄として助かりますし」

 

ああ、そういえば女性の学徒もいないわけではないが衙堂以外ではあまり就職先もないんだったな。

 

「二人も子供を都市に送るとは、親も心配していないかい?」

 

「いえ、幸いにも問題なく。とはいえ決して裕福ではないので、兄弟の中でも特に出来が良い妹を送るか、あるいは僕を送るかで悩んだそうです」

 

「……そういうのを気にせずに学べるようになればいいんだがね」

 

「全くです」

 

「もしよければだけれども、妹さんに印刷物について少し聞いてみてほしい。どうしても学徒目線でないと見えないものもあるから」

 

「ケト君……局長補佐も学徒では?」

 

「最近は学ぶよりも人脈作りとして学舎に通っているようで」

 

「はは、いいことではないですか」

 

そう言って笑う局員。まあ、ケトは楽しいようだからいいのだけれども。

 


 

「こちらになります」

 

諜報ネットワーク「刮目」が持つ機密文書庫の主である初老の男性がそう言って私にフォルダを渡す。

 

「彼らには名前がありません。強いて言うなら学徒たち、といったところでしょうか」

 

説明を聞きながら私と隣から覗き込んでいるケトは紙を見る。

 

「印刷物関連の中心人物だと見られている彼は、いくつかの職場で印刷機を扱っていたと。仕事に慣れていたとの証言も得られています。人間関係から見ても、おそらく独自に印刷機を複製していると考えて良いかと」

 

「なかなかやるなぁ」

 

紙問屋や金属細工工房に対して行われた聞き取り調査から得られた、協力者らしい学徒の名前の一覧。強く関与しているのは10人程度か。

 

「ただ、我々は少し急に動きすぎたきらいがあります」

 

「というと?」

 

「何者かに探られている、と学徒たちが感づいている可能性は高いかと」

 

「そこまでして自分たちのやっていることを隠したい?」

 

「決して歓迎されるものではないだろうからな。相手の無知を武器としている講師は多い」

 

「嫌な話だな……」

 

まあそういう講師もいるということか。とはいえ啓蒙主義的思想と無知の存在は切っても切り離せないから難しいところだ。やり過ぎると反知性主義になる。えっ反知性主義の定義がいい加減でこれでは誤用だって?思想系は面倒なのであまり好きではないんだよ。

 

「ひとまず名前を書き写してもいいですか?」

 

ケトが口を開いた。

 

「構わないが」

 

「知り合いに聞いてみます。学徒の問題は学徒に聞くのがいいかと」

 

「なるほど。確かにそうだ」

 

文書庫の主が言う。

 

「そういえば『刮目』は学徒に対して協力者を持っていないのですか?」

 

「全てを知っているわけではないが、見る限りではほとんどいないな」

 

「わかりました。そっち方面も問題だな……」

 

今の若者が私の知識を飲み込んで、使いこなしているというのはワクワクする。いや私もまだ学生気分が抜けていないと言えばそうなのだが。いや、博士課程の中では研究で書いたものより事務仕事の方が多い時期もあったから学生時代に仕事気分だったのか?まあいい。ともかく、誰に声をかけるべきかわかったので十分だ。直接接触するのがいいか、それとも間接的にやるべきか。どうするのがいいかな。

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