微小な変化量の測定の方法として光てこ法がある。私がかつていた世界でも走査型プローブ顕微鏡に使われていた由緒正しい方法だ。起源はあのポッゲンドルフ錯視で有名なヨハン ・ クリスチャン・ポッゲンドルフが作った検流計にまで遡る。知らない?まあこれはポッゲンドルフが作ったものではないからな。傾いた直線の中央部分を幅広の帯のようなもので隠すと、直線が不連続に見えるというやつだ。デザインをやっているとたまにこれのせいで微調整が必要になる。
まあ科学史というのは時々「どうでもいい」と本人が思っていたであろうもので評価されたなんてことが多くある。左手の法則で知られるジョン・アンブローズ・フレミングは真空管の発明者だし、ナッシュ均衡のジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニアは自身のナッシュ均衡の発見は角谷の不動点定理のちょっとした応用にすぎないと評価していた。前者は世界中の物理学を学んでいた学生が五分五分以上の確率でローレンツ力の向きを出すことに貢献しているし、ナッシュ均衡はゲーム理論や経済学において欠かせない概念に発展した。一方で二極管と聞いてぱっとわかる人はそうそういないし、リーマン多様体の埋め込みについて私は何もわからない。
ええと、光てこの話。これのためには当然光が必要だ。今のところ使える光で一番強いのはちょっと離れたところの核融合反応によって生まれた光エネルギーによるものである。太陽光とも言う。あれを太陽と呼んでいいかの議論は置いておくとしても、その光にはちょっとした問題がある。光源が動くのだ。そして使える時間も限られる。
ではある程度の強さの光で、安定して使うことができて、測定に使えそうなものはあるだろうか?電球は無理。なぜならこの微小変化量の測定手法で熱膨張率を測定して電球に使うための合金電線の組成を調整しようと思っているので。鉄-ニッケル合金のインバーみたいな低熱膨張合金を作ろうにもニッケルがどこにあるかわからないのもあって難しい。一応炭素鋼の炭素濃度を増せば熱膨張率は下がるはずなのだが、問題はガラスのほうだ。ガラス製品は熱で膨張すると精度が下がるので、基本的に私の知識を漁ってもパイレックスのような膨張率を下げたものの組成とかしかない。
ではどうするか。
二重にした金属製の管で酸素と水素を混ぜ、火をつけると小さな石灰石が白く輝く。これを頑張って磨いた凹面鏡の焦点に置くと比較的平行に近い光が得られるので、これを使って光てこに使うのだ。なおこの発想を見た関係者によって照明としての開発が進んでいるらしい。光が強すぎるから下手すれば蝋燭とかより使いにくいと思うんだけれどもな。
耐熱
「それにしても変なことをするんですね、板
この仕組みを作るよう私が頼んでおいた職人が私に声をかけてくる。
「溶けた
「……それをよく知っていますね」
「尊敬するべきはそれを形にできる人物だよ」
私の知っているアラステア・ピルキントンらによるピルキントン社で実用化された方法を、かなり雑に再現しようとしたものだ。なお発明者と会社を経営した一族は特に関係なかったはず。そこまでありふれた名字ではないと思うんだがな。
「普通、金属と
「それでも熱を加えれば取れたりするし、場合によっては割れる」
「そこが問題なんですよ。いろいろ試しているんですがなかなか難しい」
「君たちならできる、と無責任に励ませるほどではないからな、これは」
「いえ、むしろそれぐらいがいいですよ。キイ先生が無理だと思っているものを実現できれば見返せるわけですから」
それを聞いて私は吹き出してしまう。
「……なんですか、変なことでもいいましたか?」
「いいや、挑戦心があるのはいいことだ」
フロート法の実現は1950年代。私がこの世界に持ち込んだ技術の中ではとても新しい方に入る。技術的課題の解決策を知っているのでそこは多少ショートカットできるが、そうではない基礎的な技術の部分で問題が起こるかもしれない。ただまあ、ガラス板があると今後の研究で重要な写真を作れるようになるので少し背伸びしてでも平滑度の高いものが欲しかったのだ。いちいち磨いていては手間がかかるからね。