図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

166 / 365
挟撃

「失礼」

 

私はそう言って露天で買った食事を口にしている青年の隣に座る。

 

「……あなたは?」

 

かなり警戒されているな。まあ当然だろう。

 

「これを見て、少し話をしたくてね」

 

私は少し前に買った冊子を彼の膝の上に置く。それと同時にケトが私を挟んだ青年の向かいに座る。彼を挟む形だ。

 

「別に君を捕らえて酷いことをしようとするつもりはない。むしろいい取引を持ってきたつもりだ」

 

「ならこういうやり方はやめてくれ。それと俺は危ない話に乗るつもりはない」

 

「頼むのは今のところ安全なものだ」

 

「俺に頼むってことは真っ当じゃないんだろ」

 

こんな事を言いながら話を聞いてくれるあたりいい人だ。まあ見知らぬ二人に挟まれてここまで堂々と話せるのはいい。

 

「印刷とその内容の収集をまとめてやる集団が欲しい。君にはそのための人脈と技術があるだろう?」

 

「……何をやらせようって言うんだ」

 

「定期的に世間の事情をまとめて、紙に刷るのさ」

 

「幾らかかると思っているんだ。そんなのは印刷機一つじゃ足りないし、相当の人数が要る」

 

「必要な道具はこちらで揃えてもいい。資金も提供しよう」

 

「ますます怪しいな。そもそもあんたは誰だよ」

 

ふむ。まあ言ってもいいか。

 

「キイ、という名前に聞き覚えは?」

 

「素性不明の怪しいやつさ。印刷物管理局なるよくわからない場所で権力の奴隷をしている」

 

「どうやら嫌われているようで」

 

「わざわざ印刷物に面倒な規制をして、それを守らなければ脱税だのなんだの言ってくるんだろ。俺の作っているやつは『本』じゃないがな」

 

そう。印刷物管理局が今のところ管理の対象としている「印刷物」は巻子本、つまりは巻物に限定されている。彼が率いる組織が作って売っているような紙の束を綴じたものは今のところ規制する法律がない。ただ、いわゆる知識人層にとってきちんと巻物として作られていないものは本ではないという認識は根強いので今の所問題ない、というだけだ。

 

「そう。私は君たちのその発想を気に入っている」

 

「とはいえこれも俺たちが思いついたというよりも出回っている怪しい綴紙束を聞いてそれを真似ただけだ」

 

うん?そんな冊子がそう出回っているという話は初耳だが。

 

「どういうものだい?」

 

「『教育不要論』、知らないか?」

 

どこかで聞いたことあるタイトルだなと思ったが私の作品である。おい、怪しいとは何だ。認めるが。

 

「ああ、あの深緑色の。そうか、内容ではなく装丁が気に入られるとは意外だったよ」

 

「……キイを、知っているのか?」

 

「さあ、そういう哲学的な質問には詳しくなくてね。ただ君の隣の少年なら私より知っているはずだ」

 

「無茶言わないでくださいよキイさん」

 

私とケトの顔を交互に見た後、青年は深く息を吐いて頭を抱えた。

 


 

「印刷機を作ったのもあんた?」

 

「そうだよ」

 

「噂はだいたい本当だったのか……」

 

青年は追加で買ってきた強めの酒を飲んで言う。まあ、酒でも入れなきゃやってられんのかもしれないが。

 

「一体どういう噂が流れているのさ」

 

「印刷機を組み上げ、商会を動かして専用の紙まで作らせ、印刷物のための法まで撚った、と。これらを全部一人でこなす人間がいるとは思えないから、おそらく複数人物の総称だと俺は思っていた」

 

「へえ、まあ合理的に考えればそうだ」

 

「だから真似したんだよ。いい名前は思いつかなかったから俺たちに呼び名はないが」

 

「……全部私が引き起こしていたのか」

 

「自己責任だと思います」

 

私のつぶやきにケトがツッコミを入れる。

 

「で、俺に何を望む?」

 

「印刷の強みは短時間で大量の文字を紙に写せるところだ。これを利用して数日以内に起こった、願わくばその日の出来事をまとめ、紙に刷り、売る」

 

「……先物買いには売れそうだな」

 

「多くの人が文字を読めるこの城邦なら、下世話な話でも書けば買う人は多いだろう」

 

「頭領府の醜聞やら巡警の収賄やらの方が面白そうだが」

 

おや、案外反体制的な人間である。私がいる世界だったらゲバ棒持っていそうだ。いやたとえが古いな。

 

「大義のために、というところか?」

 

「純粋に強いものが落ちぶれるさまを見るのが好きだからさ。あんたも含めて、な」

 

「おやおや恐ろしい。具体的に私を引きずり下ろす方策でもあるかい?」

 

「管理局は印刷物なら何でも手当たり次第に扱うんだろう?」

 

「そういう場所だからな」

 

「なら本を粗製乱造する。仕事が回らなくなるぐらい多く、な」

 

「なかなか悪辣だな。素晴らしい。この仕事を任せるのにふさわしい」

 

思想が強い?結構。新聞なんてそういう人間でないと回らないのだ。信頼できるメディアであることなんて求めていない。大衆が興味を持って、話題にするようなネタを提供できればいいのだ。それに既存システムの問題を突く方法をすぐに出せるのがいい。そうそうマスメディアが特定勢力に乗っ取られては困るからな。まあ思想が強い人間には思想が強い人間を当てれば大抵は潰し合ってくれる。余波がちょっと面倒なことも多いが。

 

「……勝手にやってくれ。俺たちもそうする」

 

そう言って彼は席を立とうとした。

 

「あ、同じ版を作る時に粘土や紙で型を取って、それを円筒形に曲げて版を作るんだ。そうすれば一組の文字版から一度に多くの紙を刷れる」

 

「……その場合は、長い紙が必要になるのでは?」

 

「幅が一定の、ね。紙問屋に作ってもらうよう頼もうか?」

 

「そういう話なら聞いてもいい。具体的にどうやって作る?」

 

青年はすっとさっきまで座っていた場所に戻った。あ、こいつ根は技術屋だな?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。