図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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感情

「紙自体の品位は下げていいわけだろ、となると速乾性の(インク)が欲しくなるわけで」

 

「回転仕掛けで版と紙を自働で動かすようにすればいい。こういう動きをさせたいわけだから」

 

「楽しそうですね……」

 

新聞社を立ち上げる方向で話が進んでいる青年と私の会話を聞いて、ケトは少し呆れたような声で言う。

 

「強度が足りないだろ」

 

「鋳鉄製の部品が数年以内に安く出回るようになる」

 

「……まさか、そこまでやるのか?」

 

「鋼鉄の尾根にちょっと行ってこようかと」

 

「まったく、恐ろしいやつだ」

 

気がつくと飯屋の机の上で紙を散らばらせながら色々と話し込んでいた。なるほど、彼が冊子作成の中心人物になったのも頷けるな。他人の知識を吸い取り、うまく計画を作ることに長けている印象を受ける。

 

「まあ、基本的にこれを見せれば融通は利くはずだ」

 

私は名刺代わりに使っている印刷物管理局局長という肩書と名前が入った紙の裏に便宜を図るようお願いする文章を書いて青年に渡す。

 

「ところで、あんたはこれで何を手に入れるんだ?」

 

「まず一つはこういうものが出回ることでやり取りが速くなるということ。それ自体が私の益になる」

 

「やり取りの巡りを速くするということか、あまりいいこととは思えないが」

 

「ほう」

 

まあ、確かに私がかつて過ごしていた現代社会は成長を前提としているのでそこらへんが危なくなっていた時期はあった。それを加味しても情報の速度というのは重要だというのが私の意見。

 

「まあいい。他には?」

 

「掲載する文章を読者が投稿できるとか、ある程度の枠を広告として使うとかで多くの人に自分の思想や製品を伝えることが可能になる」

 

「ああ、それならこちらが書く文書を減らせはするか」

 

「とはいえその印刷物がどういう思想のもとで活動をしているのかを決めるのかをきちんと表明することは不可欠だと私は考えるね」

 

「その点においては同意見だ」

 

おお、思想があるのはいいことです。

 

「あとはあれだ、暴走しがちな『市民の感情』というものを多少は制御できる」

 

「……誰の思想に沿って、だ?」

 

ああ、やはりそう来るか。

 

「さあ。それを決めるのは君だ」

 

「法律を盾に、あるいは暴力的脅迫を用いてそれを操ろうとする人がいれば?」

 

「それをどうにかするかどうかは、印刷を行う人間に任せられている、としか言いようがない。もちろん暴力については巡警がどうにかしてくれるだろうが」

 

「……面倒だな。敵を作れない」

 

「そもそも誰かに喧嘩を売るということはそういうことではあるけれどもね。安全圏から一方的に殴れるだなんて虫のいい話はない」

 

「まあ、故にもし刷るのであればそれなりの備えが必要、か」

 

「もし君が嫌うような人々が先にこういうものを作ってしまえば、対抗する必要が生まれるだろう?直接殴り合うよりも公開された紙の上でやるほうが外野から見れる分楽しい」

 

「楽しいで済ませていいのか?」

 

「もっと先に行ってもいいけどね。それでも互いに暴走するようなら第三者の介入が必要となるだろうけど」

 

「……そういう事に関する法は、あんたが作るのか?」

 

「関わることにはなるかもしれないね。そうなったらもちろん当事者から意見を聞くべきだと主張するが」

 

「……なるほど」

 

こういう思想的な話をする機会は今までなかったから楽しいな。

 

「キイさん、ちょっと落ち着きましょう」

 

「……そうだね」

 

ケトに言われて少し呼吸を整え、紙をまとめる。

 

「出資を募ることはできると思うか?」

 

考え込んでいたらしい青年が言う。

 

「銀百枚程度であれば出せるけど、たぶん足りないよね」

 

私が言うとケトの表情が少しひきつる。あー、うん、はい。すみません。

 

「最初の広報物が資金募集になりそうだな……」

 

「商会の方に話も通せるけれども、当然金を出す分圧力は受けるよ?」

 

「それはそれで難しいな……」

 

まあ彼のことだ。どうにかして資金は集められるだろう。

 

「私は君に期待しているんだ。印刷機を作り、情報を集め、そしてそれを売ろうとするのはとても興味深い」

 

「そういう上から何かを評価するような言い方は気に食わないな」

 

「すまないね」

 

「まあ、他人の模倣に過ぎない俺たちがあんたにとやかく言うのも変な話だが」

 

あ、そこらへんはちゃんと割り切っているんだ。

 

「たとえ模倣でも、最終的に生み出された新しいものは君たちに帰属するべきだよ」

 

「そう言ってもらえると少し気が楽だな。いい話ができた」

 

「どういたしまして。払わせてもらうよ」

 

そう言って私は懐から銀片を取り出す。

 

「いや、ここで奢られると今後あんたからの圧に耐えられる気がしない」

 

「別に今更いいのに。相当色々なものを渡したはずだし、これぐらいは受け取っても別に厚かましいとは思わないさ」

 

「ただでさえ恵んでもらっているようなものなのにこれ以上実際の銀まで受け取りたくはないんだよ」

 

「そうかい、なら折半しよう」

 

「酒代と肴代はともかく、そこの少年が食べた昼食代はそっちで持てよ」

 

そういえばケトはちゃっかり注文しているんだった。私も後で食べよう。

 

「まあいいけどさ」

 

なんとも微妙な関係である。まあ、面白いからいいが。

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