左足を前に、右足を少し引いて。手をリズムに合わせて揺らす。
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
私とケトの影が揺れる。歌の内容はうまく聞き取れないが、単語から考えるにあまりお上品な意味ではないだろう。ここらへんの上限というのはかなり文化によって異なるはずだが、それをどこまで聞いていいのかも難しい。民俗学の知識をもっとしっかり持っておくべきだったな、と少し後悔する。
「後で意味を聞くのは、やめたほうがいいかな」
「……キイさんが、どこまでこういう█████ █████████な話に慣れているのかにもよりますが*1」
知らない単語だ。たぶん、あまりいい意味の言葉ではないのだろう。
「踊りが終わったら、祭りの日だから話してくれないかな」
「まあ、この夜はそういうことが許される夜ですからね」
柳田國男によるハレとケの理論だ。ヨーロッパではエミール・デュルケームが聖俗二元論として分析していたんだったかな。こういう二分法は一般的なのだが、定義が曖昧なせいでちゃんと議論することは難しかったりする。
「……ケトくん」
「なんですか」
「君は言いたくなかったら、私の質問に答える必要はないんだよ」
「キイさんは、きちんと僕の話を聞いてくれるので質問には答えたいんです」
まあ生き延びるための情報収集の側面は強いからな。もちろん知的好奇心やらエキゾチシズムの側面も否定はしない。
ゆっくりとしたテンポで、二人の共通重心を中心として回る。私は周りの音を真似て、少し遅れて歌ってみる。笑うケト。
「……そんなに、私の発音は下手?」
「……率直に言えば、そうです」
「後ででいいから、全部きちんと教えてね」
「いいですよ」
視界の隅にお酒を飲みながらこちらを見ている司女のハルツさんが映った。私たちの夜は続いていく。
少し濃い目のアルコールを飲んだせいだろうか、お酒に強いというわけではない私の目覚めはあまりいいものではなかった。物置らしい場所で目が覚める。暗闇の中で、隣にケトが寝ているのが見えた。
上体を起こし、少し筋肉痛のある脚を押さえて、深く息を吐く。うん。調子に乗りすぎた。たしかこの祭りは二日か三日続くはずで、私たちは二日目の今日に衙堂に戻るということになっていたはずだ。
「……ん、キイ……さん」
「ああ、起こしちゃった?」
「ああ、その、いえ」
混乱したようにケトが言う。しばらくして、状況を飲み込んだようだ。
「……確認しますが、僕はキイさんに……その……ええと、なんて言おう」
「抱いたか、って話?」
「っ……」
ケトは少し緊張しているらしい。
「大丈夫。君は私に言葉の意味を教えてくれる最中に寝てしまっただけだよ」
「……本当ですね?」
うん。寄りかかってきたので膝枕をしたがこれについてはわざわざ言う必要があるかもわからないし、私もお酒が入っていて色々とまずかったので黙っていよう。
「本来、司士を目指すような人にとってそういう欲に溺れるのはよくないんですよ」
「それは、どうして?」
宗教と性や純潔についての関係は、本当に複雑だ。私のような非専門家が安易に語れば物陰から現れた専門家にどこかに連れて行かれて史料を前に延々と話を聞くことになるだろう。ただまあ、いくつか例を挙げるぐらいは許容されるだろう。ローマ神話の女神ウェスタに仕え純潔を守った巫女たちとキリストとしてのイエスの生涯をなぞることを目標にした修道士たちについてはぱっと思いつく。日本における仏教はここらへんがいい加減だった気がする。
「神への祈りを忘れるから、とされていますね」
「なるほど」
「詳しくは僕も知りませんが、少なくともそういうことになっているんです」
「……君は、そういう過去についてどう思う?」
「守ることで人々の関係がうまくいくなら、それは大切なものなのでしょう。丁寧な言葉づかいとか、人を殴らないとか、呪わないとか、そういうのと同じです」
「わかった。ありがとう」
「ところで、ハルツさんは?」
「どこかで寝てるはずだよ」
「探す?」
「もう少し寝ます。キイさんは?」
「私も寝るよ」
藁の上に私は寝転がる。冷たいとまでは言えない、涼しいぐらいの温度。
「……ところで、僕は歌の話をどこまでしましたっけ?」
「ああ美しい少女よ、僕の唇にってまでだったかな?」
「その次の██████を共にっていうのは、まあ今僕とキイさんがしているようなことです」
「同じ所で寝る?」
「はい。██████というのは寝台ってほどしっかりはしていませんけど、そうですね、藁の上に布を引いたような……」
こういう学習は、やはり楽しい。あまり特別な意味を見出さないようにしないといけないけれども。