図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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貨物船

「これかな」

 

私は掲示板として使われている壁面を見て言う。色とりどりの木の板が、それぞれの商会が担当する船の場所や荷運び人の担当場所を表している。ここらへんも本来は改善の余地があるのだろうが、下手にやれば労働者の仕事を奪うことに直結する。支払い側としては一人日でできる仕事量に払う金額をわざわざ上げる必要もないわけだから、労働者側とのパワーバランスの問題が生まれる。まあここらへんの社会案件は最近便利な新聞社ができたので定期的に投書したり編集長にあれこれ吹き込んだりしよう。

 

「たぶんそうです」

 

ケトが指差すのは北方からの資源を運ぶ船を示す符票だ。かなり業界用語というか内輪向けの表示方法なのでわかりにくい。複数の港のどこにつけるかがおおまかに決まっていて、それに合わせて水先案内人が貨物船を誘導するようだ。

 

「ああ、ここにいたか」

 

私たちの後ろから若い男性が声をかけてきた。

 

「どうも、そういえば北方担当使節官の正式就任、おめでとうございます」

 

「お陰様で、ですよ。久しぶりに子供時代を過ごした地に戻れるというわけです」

 

あまり皮肉は感じられない。まあ、私のせいで色々と面倒事を背負い込んだ人は多いだろうが私が直接指示したわけではないので良心の呵責は実はあまりない。ケトに対してはあるが、本人が気にしていないことをわざわざ言うべきでもない。

 

「それで、私たちの乗る船は」

 

「こちらです。この港に来る中でもそれなりに大きいものですね。乗組員は400名ほどになります」

 

そう言いながら使節官は歩いて行く。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船の倍ぐらいかと一瞬思ったが、そもそも自動化設備も動力クレーンもないのだ。考えてみれば当然である。とすると乗組員は専門家ではなくむしろ動力源として積まれているのだろうか?

 

「荷物については、まとめていますか?」

 

ぼんやりと考えていると彼から声をかけられた。

 

「ええ。出発は半月後でしたっけ」

 

「そのくらいですね。荷降ろしと購入契約、荷積みが入ればそれだけかかると」

 

「なるほど」

 

「とはいえ、途中で寄る港ではそういうものは数日で済みます」

 

「……ケトくん、鋼鉄の尾根まで船で一月と言ったよね」

 

「実際はもう少しかかりますかね?ただ、強い風と潮の流れがあるので内海よりも速く進めるんですよ」

 

そうか、海洋学についてはあまり知識がないから海流とかはよくわからないな。チャールズ・ワイヴィル・トムソン隊長が率いたチャレンジャー号探検航海がぱっと挙がるぐらいだ。

 

「今日は船長を含む乗組員への挨拶を。船長は北にいる船の民の中ではそれなりに名を知られた男で、僕でも名前は聞いたことがあるほどの人です」

 

船の民。そういえばちょくちょく文献には名前が出ていたな。古帝国時代に政治的な理由や宗教的な理由で追いやられ、船の上に生涯を浮かべることになったという人々の末裔だ。日本にもいたし、中国だと蛋民と呼ばれていたっけ。国立民族学博物館の図書室でそういう本を読んだ記憶がある。基本的にこの世界での航海はこの船の民が担っている。なので私がいた世界のように資金を募って航海をするというよりも、専門の人々と契約をして荷物を運ぶという形になっているらしい。あー、これだと保険制度が生まれにくそうだな。

 

「そういう人々と接する時に、何か気をつけねばならないことはありますか?」

 

「まあ、キイ先生ならそう問題ないでしょう。礼儀を忘れるような人ではないように思いますし」

 

「……ならいいか」

 

たぶん向こうのほうが見てきた世界は広いのだろう。そういう相手を前にすると結構人間というものは素の性格が出てしまいがちに思う。もちろん中にはそれを色々な方法で隠すことができるだけの人もいるけどさ。

 

「これですね」

 

使節官が足を止める。大きな帆は布ではない。草か葉……なのだろうか?それが編まれることで作られている。三つの横帆と一つの小さな縦帆が組み合わされた、かなり大きな船だ。

 

「ここで北方で作られた鋼鉄や木材を降ろし、麦などを乗せて行くわけです」

 

この一帯は穀倉地帯だからな。確かに理にかなっている。となると向かう先は農業が怪しい地域ということか。

 

「北の方では栽培されている植物はあるの?」

 

「痩せ麦というものがありますが、これは寒冷地でも育つ代わりに良い土のある場所でないと育ちません」

 

「なるほど、うまい話はなかなかないんだね」

 

そう私が呟くと、船から荷物をおろしている一人が私たちの方を向いた。

 

「██████ ████████ ███████ ██████*1

 

あっまた未知の言語だ。北方平原語でもない。知らないざわめきがしばらく行き交った後、上裸の男性がこちらに向かってくる。なかなかいい筋肉がついているな。

 

「東方通商語は話せるか?」

 

そう言うのは使節官。

 

「問題ない」

 

「北に行くときに運んでほしい人と物がある。商会には話は通した。船長に会いたい」

 

「構わない。ついてきてくれ」

 

そう言って男性は船の方にずいずいと歩いて行く。少し遅れて、私とケトは走り出した。

*1
お客さんが来とるよ、誰か話せる人!(船民語)

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