図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第15章
質問


「こちらだ、上がれ」

 

男の案内で船と陸との間にある渡し板を通り、甲板の上を進む。そういえば外観で船に竜骨がないように見えた。面白い構造だ。代わりに船の前後方向と垂直、横方向に伸びた梁のような木材がある。これが船の強度を生んでいるのだろう。

 

「船長は東方通商語を話せない。君は我々の言葉を解するか?」

 

「僅かに」

 

案内の男の言葉に使節官は返す。

 

「通訳をしようか?」

 

「そうしてもらうとこちらは助かる」

 

「わかった。████████、███████*1

 

男が声を張り上げると、甲板の上のハッチが空いて初老の男性が顔を出す。灰色の髪に深く刻まれた顔の皺。年齢に見合わないしっかりした体格は、今でも肉体労働を続けていることを示している。

 

「……ようこそ、地上の方。███████ ██████████ ██████…… *2

 

挨拶は東方通商語でしてくれた。なるほど、こういう気配りは嬉しい。

 

「契約している商会からの追加依頼だ。僕を含む三人を、鋼鉄の尾根まで運んでほしい」

 

使節官が言う。

 

『構わぬが、それであれば別に銀を頂くぞ』*3

 

「当然です」

 

『よろしい。我々が貨人*4をどう扱うかは、知っての上か?』

 

「僕は子供の頃ではありますが、何度か乗りました。この二人は初になりますが、あなたがたに無礼を働くような人物ではありません」

 

そこまで言われると怖いんだがな。まあ、たぶん大丈夫だと信じたい。

 

「特別な扱いをするのかな」

 

私は小さく呟く。

 

『質問であれば、きちんと言ってくれ』

 

船長がこちらに視線を向ける。冷たい、とは違うな。隠しきれない鋭さはあるが、危害を加えるというよりも相手への興味、悪く言えば不信が生むものだ。まあ当然である。

 

「発言しても?」

 

私は軽く一歩踏み出し、使節官と通訳に視線を向けて確認するが問題なさそうだ。

 

『悩みを隠した人物を船に乗せるのは恐ろしいことだ』

 

「わかりました。私とこの少年、ケトはあなた達の風習について詳しくを知らず、彼からも全てを聞いたわけではないでしょう。もしよろしければ、ここで詳しい話を聞いてもよろしいでしょうか」

 

使節官のほうを示しながら言う。

 

『ふむ。客人のようにもてなすわけではない、と言えばいいか。船は我々の生活の場だ。そこを共有する以上、一員としての役割を船の上にいる間は担ってもらう』

 

「それは、掃除や調理などでしょうか?」

 

『その場合もある。もちろん、我々の中でも一部しか出来ないような特別な技を持つのでもない限り、そのような船の仕事をこなす必要はない』

 

「わかりました。それと、空いている時間には自分の好きなことをして過ごしていいのでしょうか?」

 

『……具体的には、どのようなことを?』

 

「空を見たり、人と話したり……。もちろん、咎められるのであればいたしません」

 

『問題ない。いや、このような確認をしていただけるのは助かる。誠意を持つ人間に対して、我々は共にあらねばならないからな』

 

これはたぶん信仰や信条のようなものなのだろう。いいものだ。

 


 

「この季節であれば、寄港場所は2つで済むだろう。地の恵みも乗せる余裕がある」

 

多くの結び目と飾りがついた紐を触りながら、案内をしてくれた男が言う。どうやら一種の航海士のようで、この紐は海図のようだ。結縄による記録らしい。色とりどりの布の切れ端のようなものが編み込まれて、枝分かれがあったりもする所を見ると相当いろいろな情報が記録されているのだろう。

 

「地の恵みとは?」

 

思わず私は質問してしまう。

 

「ああ、新鮮な食物のことだ。海の呪いを避けることができるので、このように呼ぶ」

 

「……長い航海をすると、身体に起こる異常を呪いと呼ぶのか?」

 

「ああ、寄港をせず、長い航海をすれば海の毒によって身体の柔らかい部分が蝕まれる」

 

「歯の根からの出血のように?」

 

「そうだ。なんだ、そのような例を知っているのか?」

 

「少し、ですが」

 

症状からすれば明らかに長期間のビタミンC欠乏によって発生する壊血病だ。基本的に新鮮な野菜や果物を食べていればそれなりのビタミンCを摂取できるはずなので問題ないが、長期間港に寄らない航海をすることがあればそのようなことも起こるだろう。

 

「ただ、そのような病はかなりの期間陸に寄ることがなければ起こらないと聞いています」

 

人間はビタミンCを合成できないが、体内のビタミンCが切れるまでにはある程度余裕がある。慢性的な欠乏が起こっていたとしても、発症までには期間があるはずだ。

 

「……詳しいな。そうだ」

 

「そのようなことがあるのでしょうか?」

 

「……ある、とだけ言っておこう」

 

「わかりました」

 

これ以上聞くのは良くないな、ということが口調からわかる。たぶん独特の文化やタブーに触れることなのだろう。こういうのは馴染みのない部外者がとやかくほじくり返すことではないな。

*1
船長、客人が来ている!(船民語、以下同様)

*2
君、彼らは何者かね?

*3
二重鉤括弧によって囲んだ部分はここでは船民語。通訳の人物によるやり取りの仲介は省略している。

*4
船民語で旅客のことを言う表現。

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