「……気合入っていますね」
「鋼鉄の尾根まで行くのだろう?なら手は抜けんよ」
今まで色々と頼んできた工師が箱を開けながら言う。黒い布の上に置かれている金色の装置。六分円形の本体の弧部分を少し固めに滑る
「鏡の微調整は留針で行えるようになっている」
「問題ないはずです」
持ち上げてみるがかなりの重量がある。まあ基本的に真鍮だからな。両手で支えないといけないが、これだとちょっと操作は面倒そうだ。まあいいけど。もし無理そうならケトに支えてもらおう。
「使ってみても?」
「当然だ。煤
箱の中にあった小さな袋から工師が黒い
「ここに入れればいい?」
「そうだ。今日の天気であれば赤い煤
「なるほど」
「では、使ってみますか」
足を肩幅に開き、脇を締め、望遠鏡部を目に当てる。とはいえ
太陽の高さによって鏡の角度が決まる。入射角と反射角の分があるので、動く距離は倍。つまりは
望遠鏡の中の視界は左右で分かれている。左側にはそのままの景色、右側には2つの鏡で反射された薄暗い太陽の像。少し角度を微調整。狙った場所と太陽が一致するまで
「……ええと、65刻」
頭の中で中学校の理科の授業を引っ張り出してくる。南中高度は春分および秋分で90刻から緯度を引いた分。ここの緯度は調べたら33刻だったので57刻。もし夏至であればそれに地軸の傾きを加えた値になる。文献によれば地球と同じぐらいの23刻。合わせて80刻。今日の日付から南中高度を求めて、さらにそこから今の太陽時を求めるのはそこそこ面倒な三角関数混じりの計算が必要だがこの世界の数学水準では可能なはずだ。ちゃんとそういう計算表を見たことがないので断言はできないが。
「で、実際は……」
指を伸ばして軽く測っていく。1ラジアンが57.3刻なので、65刻は1.15ラジアン弱。私が右腕を伸ばし、親指と小指をいっぱいに広げればその間隔がざっと330ミリラジアン。太陽の高さがだいたいこれ3つ半分。よし、無茶苦茶な数字は出ていないな。
「いいもののはずです」
「そろそろ出発だろう?完璧な出来とは言えないが、どうせすぐにこれ以上のものはできるんだ」
「……そう言わないでくださいよ。私はあなたの作成物に今まで助けられてきたんですから」
「ああ、ありがとうな。だが向こうにはこちらがどれだけ腕を磨こうが届かないほどの職人がごろごろいる」
「覚えておきます」
私はそう言って、六分儀を箱に戻した。
「それと錆止めの油はこれだ」
「真鍮は比較的強い金属ですけれども手入れあってですからね。きちんとやりますよ」
「……良い旅を。キイ嬢」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。少なくとも、旋盤なしにできる工芸レベルであればかなり上等のものを作ってもらったのだ。職人としてはこれ以上のものを作ってお返しにしたいところである。
「ところで、確認したいことがあるのだがいいか?」
箱の留め金をかけていると工師が聞いてくる。
「もちろんです」
「これは水平面から対象の高さの角度を求めるものだよな?」
「そうです。基本的にこれは天体観測用に設計しましたが、設計や測量などにも使えるかと」
「ならわざわざ六分円にしたのはなぜだ?90刻までの角度であれば八分円で測定できるだろうに」
「ああ、それは目標物の真下の水平線が常に明瞭とは限らないからですよ。六分円なら120刻分まで測定できるので、対象を背に向けて測定すればもう一つ水平線を使えます」
「……なるほど。よく考えられている」
「私の発案ではないですけどね」
六分儀自体はかなり長い間使われた測定装置だ。実際に使うには標準地点との時差と天測暦、それにちょっとした計算が必要だが今回はちゃんとやるわけではない。かつての世界では時差を求めるために専用の