図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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世界一周

化学実験の道具、写真機、通信設備、小型発電機、測定装置、薬品類、その他諸々。一人で持ち運ぶのはちょっと無理な量でも、海運であれば何とかなるのはいいところだ。この代金は長髪の商者が出してくれるらしい。ありがたいことだ。会計上面倒なことにならないのかとも思ったがそもそも会計がいい加減らしい。うーん、難しいところだ。ここらへんを厳密にやり過ぎると融通がきかなくなるし、雑だと資産の把握ができなくなる。まあ基本的にこの世界のこの時代はある程度の記録をもとに才能でゴリ押ししているところがあるように思える。だから会うやつはみんな有能だし、多少おかしな異世界転移者が来たところでまあこういうのたまにいるからな程度の扱いをされる。

 

「一覧の荷物、ここまでは詰め終わりました」

 

ケトが私に紙を渡す。

 

「……問題なさそうだね」

 

「キイさんのほうはどうですか?」

 

「緩衝材がわりに紙を詰めているけど、どこまで保つか。ある程度の破損は覚悟しておいたほうがいいね」

 

向こうで炉などを借りることができれば修理はできるだろうが、問題は燃料だ。高温を出せるガスとして今は水素を使っているが、向こうに発電機を回せるような動力源があるかはわからない。さらに水素は燃料としてあまり効率が良くないのだ。半日かけて溜めた水素でも少し作業にもたつくと切れてしまう。水性ガスとして作られる一酸化炭素は温度に難があるし、メタンは衛生上の問題もあって手を付けられなかった。まあ最悪人力で頑張ろう。もう少し発電機の抵抗が軽ければ風車で軸を回したんだがな。

 

「それにしても、ここまで遠くへ行くことになるとは思っていませんでしたよ」

 

ケトはそう言いながら箱を紐で締めていく。

 

「そういえば旅行記はあまり読んでいないけど、知られている範囲の土地というか領域というのはどれぐらい?」

 

「具体的な数字を出すことは今はできませんけど、北も南も氷が海に張るまでと言われていますね」

 

「……ちょっと待って」

 

「はい」

 

「この大地が球状なのは知られているんだよね」

 

「はい。ただ、厳密には南北方向に一周した例がないので円筒形かもしれませんけどね」

 

そうやって笑いながらケトは言う。私はあまり笑えないが。

 

「……まさか、東西方向には一周できている?」

 

「ええ」

 

「うわぁ……」

 

何が原因だ?造船技術は決して特別だとは思えない。私のいた世界では1522年のフアン・セバスティアン・エルカーノ率いるビクトリア号が確実な記録としてはあったはず。もちろんネコ2世の時代に喜望峰廻りでアフリカ一周がされていた可能性はあるし、造船や航海の技術からすれば理論上は不可能ではないが。

 

「……キイさんの知識だと、これは驚くべきことなんですね」

 

ケトは少し嬉しそうだ。

 

「ああ、だから海の呪いが知られているのか」

 

壊血病が起こるほどの航海がされている可能性をあの時点で考慮するべきだったな。

 

「古帝国時代、当時の皇帝が地の果てまでを支配するべく使者を出し、西に向かった隊と東に向かった隊の生き残りが出会ったという話があります。この時の西に向かった人々の末裔が船の民だという伝承もあります。これが真実かどうかは多くの歴史家が疑っていますが、それ以降にも西の方にあると知られていたものが東廻りの海路で届けられるなど、間接的な証拠はありました」

 

「確実な証拠が得られたのは?」

 

「最初に地を廻った人の具体的な名前は知られていませんが、陸上がり……船の民でありながら、地上の上に暮らすという禁を犯した人物であったとされています。このせいで船の民にとってこの話はあまりいいものではないようで」

 

「ああ、この前船を見た時に海の呪いについて聞いた時の反応はそれかな」

 

「おそらくは。僕も気になったので知っている講官に訪ねに行ったりして知ったんですが」

 

講官は図書庫に直接雇用されている研究者にして教育者である。規模と人数から言えば教授クラスか。いや、もっと上かな。

 

「気軽に会いに行けるのはいいね」

 

「まだ僕は若いですからね、訪ねていくと勉強熱心であると言ってもらえるんですよ」

 

「わかる。私もかつてはそういう事をしていたよ」

 

学生は時間に余裕があるし、足で稼げるのだ。色々な学会に顔を出して、その後にさらりと懇親会に出ると結構共通の知り合いがいたりするのだ。そして後でその知り合い、大抵は教授クラスからお前は何をしたいんだよとツッコまれるまでがお約束。

 

「話を戻しますが、途中にある大きな海を超えることが島伝いでも非常に難しく、半分以上の船がたどり着かないと聞きました」

 

「相当難しいのか。というより、半数っていう数字が出るぐらいには挑戦者がいるんだね」

 

「ええ。もしその大洋を渡って品物を運べれば、それだけで相当の財を手にできますから」

 

原動力はやはり金か。大航海時代と同じだな。ちなみに私はこの大航海時代という呼び方を結構気に入っている。Age of Discoveryが定着した用語だというのはわかっているので別にとやかく言わないが、私が言う時はできるだけ"Discovery"のところでエアクオートをするようにしている。こういう事すると思想が強い人間としてちょっと距離を置かれたりするんですけどね。

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