図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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後継者

「……この時点を以って、私は印刷物管理局局長の職を解かれる」

 

私はそう言って局長印を新局長に渡す。

 

『法と秩序の代行者として、その責任と権限を自覚し、力を尽くして正当かつ公正に職務を遂行することを、ここに集まる証人の前で宣誓します』

 

そう聖典語で誓って受け取る新局長。うん。ケトに作ってもらったのだがなかなかいい響きだ。私の任命は政治的な色々があったし、今後もそういうのは避けられないだろうが一応こういう儀式的なものでも言わせておくと場合によっては行動を縛れるからね。一応ケトが言うにはこういう誓約はなんだかんだで法的な意味を持つことにもつながっていいらしい。まあ私がケトと結んだやつは証人が誰もいないし法的に認められる条件を満たしていないので実質無意味らしいが。

 

「まあ、最近私はあまりここに来れていなかったからね。そういう意味ではやることは変わりないのでは?」

 

「そうは言っても、何かあった時の全責任が僕にあることになるんですよ……」

 

新局長になった彼は実務よりも仲裁の方が得意で、多くの局員からそれなり以上に信頼されている。だから選んだのだが。あとは図書庫から出向の人なので異動のリスクとかを加味してというのもある。とはいえ出向元に人員が戻った例は案外少ないし、定期的に若手が送られてくるので新陳代謝というか作業のマニュアル化は進んでいる。なお専任というか管理局で雇っている人物がいないのでここはどうにかしたい。

 

「まあ、そうならないように他の人を頼りな……というのは、わざわざいう必要もないか」

 

「わかってはいますけどね?理解と感情は別なんですよ」

 

苦笑いを浮かべて新局長は胃の辺りを服の上からぎゅっと掴む。ああ、辛いよな。まあ慣れるさ。

 

「どうしようもなかったら新しい局長補佐に任せて、しっかり休みなよ」

 

「局長が帰ってきたらすぐに任命してやります」

 

「今はもう君が局長なんだけど」

 

「キイ嬢……というのは慣れませんね」

 

「別に嬢じゃなくていいよ。司女ではあるけど、図書庫の職は解かれているんだ」

 

「司女なら嬢でいいですよね?」

 

「まあそれでいいならいいけど」

 

名前をどう呼ぶかは慣れてしまえば気にならないものだ。オープンキャンパスで私を教授と呼んだあの高校生だったかは元気にしてるかな?あの頃の私はリサーチ・アシスタントですらない一介の修士課程生だったのだが。まあ無知を責めるのはよくないし、なぜか私が教壇に立って模擬授業をやっていたので仕方なくはあるか。あの担当教員のやつ前日にちょっとヤバい案件があるからとスライドだけ私に投げて南麻布に急行して私の発表時には国際便の中で呑気に寝ていたと言うのでうーん有罪。

 

「一応、新しい局長は人員や予算を結構自由にできるんですよね?」

 

「うん。ただし私利私欲のためにそういうことをするならどうなるかわかるね?」

 

「局長補佐が局長の座を奪い、僕は図書庫長直々に呼び出され、下手をすれば賠償金を支払うことになって債務に潰れるとかでしょうか?」

 

「おまけで君の悪事が報知される。よかったな、どうやら新しくできた『時勢』は印刷物管理局がお好きなようで」

 

「好きなのは管理局じゃなくてキイ嬢では?」

 

私は曖昧な笑みで誤魔化す。まああの編集長であれば捏造はしないだろうし、発表するときは動かない証拠を押さえてからだろう。そう入れ知恵してある。

 

「まあそういうわけでそれなりに緊張感を持って仕事をして欲しい。最低限の人と顔合わせはしたはずだけど、他に今からでも挨拶しておきたい人いる?」

 

どうしても紹介というのは重要なので新局長を含め優秀なスタッフには隙を見て私の名代とか渉外役とかをやらせていたのだ。それで一人幹部候補がもとの組織に戻ってしまったが、向こうで管理局と繋がる役をやってくれているので特に問題ない。別に新人教育機関として使ってもらう分には人脈が増えるほうのメリットが大きいと思われるのでね。

 

「いいえ。というより、キイ嬢はいいんですか?そろそろ出港でしょう?」

 

新局長の視線を辿って後ろを向くと少しイライラしていそうなケトと目があう。

 

「……そうですね。そろそろ行かないと」

 

「再度確認しますが、北の方に行く商船などに手紙と『時勢』を回せばいいんですよね?」

 

「そう。なんなら荷物の隙間に詰めるとかでもいい。通信機で受信はできるかもしれないけど、ちゃんとした文字情報も欲しいから」

 

そういえば新聞の海外購読者第一号である。変なことしているな。

 

「まあそんなとこかな。では皆さん、行ってきます!お元気で」

 

私は後ろから聞こえる歓声を背に片手を上げて足速に去る。お土産を期待する声が聞こえたが鋼鉄製の印刷機とかでいいだろうか。ダメ?

 

「時間的には余裕がありますし、最悪使節官が出港を止めてくれているとは思いますが」

 

ケトが呆れているのかため息の後に言う。

 

「君は案外他人を信用するというか信頼しているんだね」

 

「まあそれでもこっちが勝手に期待をかけているだけです。それが叶わなかったからと言って理不尽に怒りたくはないので早く進んでください」

 

「はあい」

 

前にも通った道を歩いていく。港のほうに向かう下り坂から、青い海と行き交う船が見えた。

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