日の出の少し前、夜番の船員に頼んで起こしてもらう。眠いな。欠伸を一つ。
「……星見か、と聞いています」
私の隣にいる船員二人のうち、一人は天文観測の心得があるようだが東方通商語を話せない。代わりに北方平原語は行けるらしいので通訳がわりの船員を挟んで三言語が入り交じる会話をどうにかしている。ちなみに会話に交じるもう一つの言語は船民語である。船の民を民族と呼べるかは民族という単語の定義の問題やら訳語の選択なんかと絡んでとても面倒な問題に直結するので適当にぼかして言えば、船の民を船の民たらしめている要素の一つが船民語である。聞く限り他の言語との共通点も少なく、ある程度船の民同士で通じるものの地域差も結構あり、これまた面白そうなのだがひとまずそういう方面の好奇心はしばらくお休みさせておこう。
「ええ。天極三星の海面からの高さを観測するためのものですね」
そうそう、この世界の星空に北極星はないのだ。かわりに真北から少し離れた場所に3つの星がある。一つは一等星ぐらい、残りの二つが二等星ぐらい。そのほぼ正三角形に並ぶ3つの星のだいたい中心が天の北極である。ちなみに私がいるのは北半球。まあ地磁気逆転が起こっていればその限りではないが。
「南北の位置を測るのか。しかしそれにしても奇妙な仕掛けだな。見たことがあるものでは錘が垂れていたはずだが、それがない」
「鉛直方向を基準にしようとすると揺れる船の上では難しいでしょう?なので海面を使うのです」
「なるほど。ただ、水面が見えぬときや陸の近くでは難しいな」
「陸の近くであれば場所が大まかにはわかるでしょうからね。これは目印がない時用です」
鏡で天極三星の中心を捉えたので六分儀を少し振るように動かす。見分けがつくようになった水平線のちょっと下を天の北極が下回るように動いたので、少し鏡と水平面のなす角度をきつくする。たぶんこれぐらい。
「針路は東であっていますよね?」
「そうだ。このまま海峡へと向かい、その後陸伝いに北へと進んでいく」
「わかりました。なら南北方向の位置は今日の昼ではそう変わらないはずですね」
「おそらくな」
さて。最小目盛りを心の目で十分割して測定結果を読み取る。
色々なものを広げているので人が集まってきている。船長まで様子を見にやってきた。
「空間を伝わる波を拾うためにこのような形状をしているのです」
好奇心からくる視線をケトが説明で私からそらしてくれている間に作業を進めよう。西の方、つまりは図書庫の城邦の方角に向けているのは宇田
「……来た」
時報として、図書庫の城邦での南中時間が近づくほど細かくなるようなペースで通信を送ってもらっている。作っておいた雑な砂時計の一つをひっくり返し、計測を開始。理論上、南中時刻の差が経度の差になるはずなのだが果たして。
今までに行った数回の測定から、曖昧ではあるが南中時刻があと2刻後だという推定はしてある。正確な時間差は図書庫の城邦の送信機の前で水時計を頑張って管理している人たちの合図を参考にしよう。
「……あと3刻で、向こうは正午」
六分儀を構えて、再度測定。太陽高度の変化が小さくなっている。上手く行けば、電波を利用した時差の測定に成功したこの世界初の例になるかもしれない。
「聞くの代わって」
私は観測に集中するためにケトにスピーカーを渡す。
「今」
私が言うタイミングで、ケトは別の砂時計をひっくり返した。これは参考用。1刻で砂が落ちきるので、その度に上下を逆にすれば簡易的な測定ができる。
「あと半刻で向こうは正午です」
ケトがそう言うとほぼ同時に砂が落ちきる。つまりはこの場所での南中時刻から1刻が経っていたわけだ。時差は1.5刻。こういう時に角度と単位が対応してくれていると嬉しい。
「……南中が過ぎたのを確認した。さっきの時にちょうどだったはず」
私は六分儀を下ろし、記録を取る。ここでは
「で、結局どれだけ船が動いたことになるんだ?」
観客の一人から声がかかる。
「ケトくん、大地球の円周の240分の一ってどれぐらい?」
「ええと……」
単位換算したケトの言葉を更に翻訳して、ということを重ねて数字が船員に伝わったらしい。
「少し大きすぎないか?」
「あそうか、もう少し短くなります。ええとここは赤道上ではないので……」
計算で得られた値を緯度で補正。2割引きだ。
「まあ、そんな所だろうな」
案外驚きは大きくない。まあ当然か。ここはまだここの船員にとっては馴染みのある海域だし、私が出した数字がそこまで正確なわけでもない。それでもまあ、私からすれば案外悪くない結果である。