「……昼のほうがマシだけど、駄目だな」
私はそう言って電池から伸びる電線を外す。
「昼のほうが聞こえるんですか?」
重い鉛蓄電池を持ち上げてケトが私に聞く。
「まあね。上空にある電波を反射する層が太陽の影響を受けているんだと思うんだけど、正直覚えてない」
「……キイさんがそういう事を言うのは、少し珍しい気がします」
「そう?すぐに限界が来ているから他のことを色々やっているだけで、別に私自身は万能の天才ではないよ」
「……僕以外には言わないほうがいいですよ」
「どうして?」
「そういう特別な人間だということを想定している人がいるからです」
「そうかねぇ。長髪の商者も、トゥー嬢も、ハルツさんも、なんなら煩務官だって私を全知全能だとは思っていないでしょ」
「なんでここで図書庫の城邦でも数えるほどしかいない特別な人間を出してくるんですかね?比較対象がおかしいですよ」
……そうかもしれない。この世界の上澄みだけに触れてきたせいで、多くの人間は印象だけで語るし流されやすいし物語を好むということを忘れかけていた。
「そうだね。とはいえ私が表に出て何かをしたいわけではないし、裏で地味なことやっていたいからそういう印象を持たれたくはないんだけれども」
六分儀の鏡の角度を確認しながら言う。どうしても歪みが出ているので、フロート法で作った
「そろそろ昼食ですね」
「ケトは今日当番だっけ」
「そうです。とは言っても酒粥でしょうが」
そう言って少し嫌そうな顔をするケト。
「苦手?」
「煮た酒の味がちょっと……」
脱水を防ぐためにアルコールを飛ばしつつ、熱で病原菌を殺している酒粥はなかなか面白い考えだと思うのだがケトの口には合わないらしい。まあ水は大半が腐ったので今の主な飲み物は酒である。塩素消毒もされていない生水なのによく持つなと言ってもいいかもしれない。気化熱を使って冷ます容器に入れているから多少はマシになっているのかな。
「次の港に寄るのは3日後ってところのはずだから、それまでは辛抱だね」
「はい……」
とはいえケトがこの手の感染症にかかると船の中では打つ手がない。荷物の中に蒸留器はあるが、燃料がそこまであるわけではない。抗生物質や抗菌薬を作るのも無理。まあ、船の民はこれを日常的にやっている所を見ると案外行けるのだろう。
「とはいえ十日ごとに港に寄れてもこれか……」
必要な資源がこの惑星のどこにあるかはっきりしない以上、何らかの形で博物学的調査隊を送り込むようなプロジェクトを立ち上げたいが今では無理だ。水と食料と通信を揃えるのにはどんなに速くともあと数年はかかる。
「どうしようもなくなったら、瓶に詰めてあるの食べていいから」
「……もう少し、我慢します」
「無理はやめてね」
「わかってます。それでは、食事の準備をしてきますね」
ケトはそう言って歩いて行く。まあ、明らかな脱水とかは起こっていないししばらくはなんとかなるだろう。
「さて、と」
私は測定結果をまとめていく。昼食までに終わらせておきたいところだ。正確な時間はわからなくとも、太陽や主要な星や惑星の高度、それに特徴的な地形の方角といったものを記録しておけば後から面倒な計算を行えば移動経路を割り出すことができる。前に見た学会でこうやって過去の船の経路を再算出しているのがあったので、それを参考にした。まあでも測定機器の精度が精度だ。南中時刻の測定は調子が悪いと結構ズレが出ることがわかったのでどうやら最初の昼の観測はそれなりにいい「当たり」だったらしい。
今まで通った点を座標に起こしていく。使っているのは正距円筒図法。つまりは雑に緯度と経度を補正もなく直交座標系に突っ込んだもの。そうか、地図の投影法も考えないと各所で集めたデータの集約が面倒になってくるな。たぶん世界地図を作るにあたって船の民の協力は必要不可欠だが、世界中に散らばる人々に行き届くほどの精密測定機器と通信機を用意しなければならないのでそれなりに大変そうだ。ああ、考えると将来的にやりたいことが多く出てくる。
夜明けのタイミングやら緯度やらを組み合わせて、なんとなくで海岸線を描いていく。図書庫の城邦を出て海峡を西に行き、そこから陸沿いへ北に進んでいる。形としてはジブラルタル海峡とその北のスペインに近いな。その後また別の北にある海峡を通り、東に進むと目的地だというのでそういうルートを指でなぞる。やはり地図がないのは怖いな。片道で一月というのは、慣れるまで行き来したころにはそれなりの年齢になっていることを意味する。ああ、だからそういう専門の集団がいたことで海上交易が効率化し、高い造船技術と長距離の航海が可能となったのか?正直元の世界のそういう分野の知識は相対的に少ないのであまり断言はできないが。
貝笛の音がして、甲板の上にいた人たちが動き出す。ご飯の時間だ。自由時間はある程度あっても陽の下では体力が持っていかれる以上、食べなければ動けないのだ。